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僕の後ろでは爆発は起きない/夜汽車

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それは長い長い黄色い街道だった。この道をまっすぐゆけばエメラルドの都が在ると不審な宣託を受けたものの、実のところそんなことを信じて歩き出した訳ではない。ほかに道らしき道は見当たらなかったのと、陽光を浴びて蜂蜜色に光る砂を踏む音が少し気に入ったのが、僕の不毛な旅の理由だ。
黄色い砂のせいで僕の足音は不思議な鳴り方をした。しゃ、と、ぎょ、の、中間くらいの音。強く足を踏み下ろすと、しゃらんとん、と響く。僕はそれが面白くて、人目がないのをいいことに出鱈目なステップなど踏んでいるうちに随分遠くまで来てしまったのだった。

街道添いの風景はさまざまだったが、何処まで行っても人の気配は乏しかった。海辺であれ農村であれ大平原であれ、美しくはあるのだが常に閑散としている。世界を一巡りした後に疲れて吐いた溜息のような風が、絶え間なく路上の砂を巻き上げているせいかもしれない。僕はその揺蕩う砂煙が嫌いではなかったが、行き交う人々や暖かい寝台のある大きな街にはついぞお目にかかれず、それらは何処か他の街道上にあるようだった。
次の街でゆっくり休もう、或いは誰か通りすがる人に他の道を尋ねよう。そう思っていた僕のあては大きく外れて、だから今も変てこなステップを半ば自棄になって踏みながら、何となく先へ先へと歩を進めている。先へ先へ先へ。振り返れども砂煙が遮って来し方は殆ど見えない。たぶん僕が歩いて来た場所はとっくに風化してしまったのだろう。未踏の地は踏まれた瞬間に黄色い砂に還り風に吹き散らされるだけなのだ。ところどころ気まぐれに立ててきた旗もとうに見えず、だから僕はもう振り返ることもやめてしまった。

行く先の光景はますます荒涼の度合いを増していくようだ。西日、膝を少し越す高さの草が風を受けて波状に光る大平原、その先に黒々とした岩陰が数を増やしてゆく。鋭利なシルエットの岩山に、夕日を受けた道がひとすじ光る線を引いている。そのラインは長すぎる蚯蚓の苦悶とでも名付けたくなるような代物だ。あの山道を越えるのかと思うと心底うんざりするが、それでも地平に島のように聳える奇岩の群れは美しかった。
そう、僕が歩いているのはエメラルドの都を目指しているからではない。歩いてさえいればいずれ変わる景色、次の風景、誰も居なくても音を立てて波打つ草や最後にここに来て眠るだけの風や時折出会う生き物の命の気配、青の深さで時を刻む空、水を含んだ空気の匂い、それらを美しいと思ってしまう業が僕の足音を奇妙に響かせている。降りたい降りたいと嘆きながら、ろくな荷物も持たずにいつか眠る寝台を探す旅。

砂と朽ちて風に混ざるだけの僕の後ろでは爆発は起きない。

振り返る契機を見つけられないから、僕は振り返らずに往く。


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