売れない――それが社長の口癖だった。
私はそんな社長が興した音楽プロダクションに所属している。競争の激しいこの業界で私が今まで生き残ってこれたのは、吹けば飛ぶような売り上げと常に向き合う社長の元に居たからだろう。
経営の悪化に関しては、何もウチのプロダクションに限ったことではない。とにかく音楽CDが売れない――そんな時代だった。
どこもかしこも、新たにアーティストを育てる余裕など持ち合わせてはいなかった。様々な色のアーティストが咲いては枯れ、枯れては咲きの繰り返しだった。
音楽CD市場は斜陽化の一途を辿り、市場は徐々にデータ販売へと移行していくかに思えた。
だが、ある画期的な商法でそれを食い止めたグループがあった。CDを買えば買った分だけ、好きなアイドルと握手が出来る、という権利を売ったのだ。CDそのものを上回る付加価値を付けることで、CDの売り上げを急激に伸ばした。そのグループはえらくバッシングを受けていたが、それでも売れるのだから仕方ない。
売れるのだから皆真似をする。もちろんウチの社長も真似をした。各プロダクションはこぞって顔のいいアーティストを用意し、握手会を開催した。次第にそれが当たり前になった。そうなるとインパクトもありがたみも薄れ、効果が上がらなくなってくる。その次の付加価値については多種多様だった。
あるところは、アイドルとハグできる権利をCDに同梱して売った。あるところは、膝枕してもらえる権利。マッサージしてもらえる権利。脚をさすれる権利。
性欲に訴えるものが多かったが、中には食欲や睡眠欲を刺激するものもあった。
アイドルが素手で握ったおにぎりを食べられる権利。これをやったグループは、食中毒を出して解散した。
アーティストが録音した催眠音声をボーナストラックとして入れたCDもあった。これだけでは目新しくもないので、CD購入者の名前をアーティストが別途録音し、購入者毎に配布した。これにより、好きなアーティストが自分の名前を呼んでくれる催眠音声で眠りにつける。しかしこの商法は、売れれば売れるほど手間が増えるので、最後には名前の録音が適当になって飽きられた。
結局性欲に落ち着く。私も色々やった。キス会をやらされると聞いた時は、本当に嫌だった。アイドルを辞めようかとも思ったが、そんなことでは何も勤まらない。そんな時代なんだと割り切ってキスをした。
キス会にやってくる男なんて、引っ込み思案で異性とロクに触れ合ったことのない奴ばかりだ。だからちょっと唇が触れただけで満足する奴も多かったが、中には舌を入れてくる輩もいた。舌を噛み切ってやろうかとも思ったが、じっと耐えた。私はアイドルなんだから仕方ない。
CDの付加価値は更にエスカレートした。とにかく売れさえすればいいのだ。火が燃えているうちはどんどん薪をくべて、薪が燃えなくなったらもっと燃えやすいものをくべて、それで爆発でも起こったら儲けものだ。
キスの次は手コキをやらされた。もうここまでくるとただの風俗ではないか、と思ったが、私はあくまでCDの購入特典として手コキを提供しているのであり、風俗嬢とは違う。CD販売という大義名分がある。そう自分に言い聞かせた。そういう時代なのだから仕方ない。アイドルと風俗嬢を隔てる壁が一枚倒れただけだ。私はあくまでもアイドルなのだから。
手コキは握手やキスよりも余計に時間を要するが、出来るだけ回転率を上げなければならない。1人あたり5秒の制限時間を定めた。そんな短時間でどうこう出来るのかと疑問に思ったが、想いの外どうこう出来ていた。列に並ぶ男達が自分のモノを擦って予め勃たせる様は、さながら乳搾りを待つ牛だった。
あとは、まあ、色々やった。手コキ会を目の当たりにした私の親は泣いていたが、すぐに慣れて、私のアイドル活動を応援してくれるようになった。
私には関係のない話だが、最近は病気をもらってグループを脱退するメンバーが後をたたない。病気を隠してCD購入者に移しまくったアイドルも居たが、当然発覚し、そのアイドルが所属するプロダクションごと潰れた。
本当に私がここまで生き残ってこれたのは、社長の貪欲さ、そして私の運、それだけによるものじゃないだろうか。
今日もこれから仕事が控えている。今回の仕事は今までとは少し違う。異質だった。性欲に頼った商法ではいい加減売り上げが伸びなくなってきたようで、社長は、人間が持つ、他の願望に目を向けた。
本当に社長はどこまでも貪欲だ。ここまでくると、一種の狂気を感じる。考えれば考えるほど狂っている。
でも……どうだろう。社長や私が狂っているのではなく、ただ、そんな時代なのかもしれない。
私にはもう分からない。そろそろ仕事の時間だ。あとは私の運さえ尽きなければ、私はアイドルであり続けられるだろう。
CD購入特典『あなたの願望、あの人気アイドルが叶えます。あなたはこういった願望を持ったことはありませんか? 今すぐ死にたいと』