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宴のあと

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 砂漠の丘の頂上にたどり着くと、はるか遠方に見た事もない巨大な街が見えた。思わずその大きさに感嘆してしまうほどだった。俺の住んでいた町の何十倍もの大きさはあるだろう。
 俺がずんずんと街に近づいていくと、違和感を感じ始めた。最初のうちは小さなものだったが,街に近づけば近づくほど、街が大きくなれば大きくなるほど、その違和感は大きくなっていくのだった。
 そして、歩き続けていくうちについに俺は違和感の原因に気づいた。建物の高さが異様に高いのだ。はっきりとは分からないが少なくとも俺の街の建物の十倍ほどの高さもある。一体どうやってあれほどの高さにしたのか? いやそもそもどうしてあれほどの高さにする必要があったのか。
 しかしながらまだ違和感は残っていた。何かがおかしい。と思いながらもいたしかたなく歩を進める。地面から伝わってくる熱で足が熱い。よりによってどうしてこんなところに街を建てたのだろうか? 
 二つ目の違和感に気づいたのは街に大分近づいたときだった。建物の一階、一階が異様に大きい事に俺は気づいた。俺の街の倍近くはあるだろう。いったいなんの為にこんなことをしたのだろう。これではさしずめ巨人の街のようだ。いや、もしかしたら本当に巨人達がここで暮らしているのかもしれない...。常識でははかれない事が次々おこっているのだ。大いにありえる事ではないか?
 
 巨人の街につくとそこには何故か誰もいなかった。そして建物は明らかに朽ち始めていた。巨人はもう絶滅してしまったのだろうか? それとも彼らには異邦人を歓待するゆとりなどないのだろうか?
 俺はとりあえず建物の一つに入ってみる事にした。外観通り建物の一部屋は広大だった。俺は大声をあげ,返事を期待する。が、返答はどこからも返って来なかった。俺は肩をすくめしょうがなく建物の中を捜索する。なぜか調度品はほとんどなかった。一階の部分を捜索し終えると二階に行ってみる事にした。階段は数多くあり、上るのも一苦労だ。巨人はこれで構わないのだろうが,ふつうの俺にはまったく困ったものだ。
 そんなふうにして次々と調べていったが何もなかったので俺は六階のあたりであきらめこの建物から出て行く事にした。気温が高い事もあり、建物から出て来た時にはくたくただった。

 もう、俺には他の建物を調べる気力などなかった。とぼとぼと街を歩く。これほど広大な街に俺一人しかいないのだろうか。だとしたら何の意味もない事だ。と豪華な建築物を見ながら思った。
 しかし、俺の期待は悪い意味で裏切られた。すなわち、この街には俺以外にも人がいたのだった。
 俺に対して呼びかける声がした。陽気な声だった。
「おいあんた、見知らない顔だな。他のとこから来たのかい」
 俺はそちらの方向を振り向いた。そこにはいたのは巨人...ではなく俺となんら変わらないただの人間だった。拍子抜けしつつ返答する。
「はい、そうです。ところで聞きたい事があるのですが」
 彼はそんなことは気にもとめないようにこう言った。
「まあ、まあとりあえず立ち話もなんだから俺の家にこないか。いいものもあるぞ」
 そして彼は酔っぱらっているのだろうか,ふらふらと歩いていく。そういえば顔が赤かった。こんな昼間から酒を飲んでいるのだろうか?

 彼の家につくと,彼の家族や友人達がいた。皆一様に驚嘆していた。ここに住人以外の人間が訪れるのは珍しい事らしい。
 俺は彼らと食事をすることになった。俺は彼らと一緒に食卓を囲んだ。ここの調度品もやはり豪華なものだ。準備の間にこれまでの疑問を次々と質問していく。
「どうしてこの街と建物はこれほど大きいのですか。私の街はもっと小さいのですが」
 だが
「それは分からんね。理由は別にないのではないだろうか」
 という彼らの一人の答えに俺は失望した。分からないのにどうしてここまで大きくしたのだろう?が、気を取り直して私は次の質問をする。
「失礼かもしれませんがあなた方はどうしてこのような昼間から働かずに家にいるのですか、またどうして人がほとんどいないのですか」
「ああ、それは先祖達が作ったものを利用して暮らしているのさ。なにしろ腐るほどある。といっても腐りはしないんだがね」
 とある人が言いにやりと笑った。そして続けて説明する。
「人が誰もいないのは他のところに行ってしまったからさ。もっと大きな街を作るためにはここではいけないんだとさ」
「さっきも聞きましたが、どうしてそんなに大きな街を作りたいのでしょうか」
 俺の質問に対し彼はこう答える。
「さあね。俺はここに残った側だ。そうすることの意味が分からないから残ったんだ。説明は出来ないよ。なにしろここには先祖達が残してくれたものがたくさんある。働く必要などないのだ。ここに暮らして遊ぶのが一番だと俺は思っているからね」
 その考えもどうだろうかと思っていると料理が運ばれて来た。
 
 その時突然轟音が轟いた。驚きのあまり椅子から立ち上がった俺を見て,彼らはくすくすと笑った。ばつが悪くなりながら、椅子に座り直し,彼らに質問する。
「今の音は一体なんなのですか」
「ああ、あれは建物が倒壊した音さ。古くなっているのでよくあることだが、客人には珍しかったかもしれんね」
 その返答の暢気さに俺はあきれてこう言った。
「どうして修繕しないんですか」
「倒壊しそうな建造物はだいたい分かるから、別に危険ではないんだよ」
「しかし、もったいない事でしょう」
 俺の質問に彼らはまるで俺が彼らに理解できない言葉を話しているかのような不思議そうな顔をした。一人がしばらく考え込んだあとこう言う。
「なるほど客人にとってはそうかもしれんな。だが我々にとっては建物の一つや二つなくなろうが大した問題ではないのさ,考えてみてくれ。建物など我々にとっては空気のようにあるのだ。空気を吸うのをもったいないなどという人はいるかい」
 その言葉に今度は俺が考え込まされた。なるほど確かにその考えには一理あるようにも思える。だが、しかし空気は最初からあったものだ。だが、建物はだれかが作ったものなのだ。それを無造作に扱ってはわざわざ作った意味がないではないか。それとも彼らは無造作に扱うためにあれほど多くの建物をこしらえたのだろうか? そうだとしたら馬鹿げている。
 
 俺が悩み込んでいる様子を見て,彼らは俺に酒や肉を勧めた。せっかくの厚意を無下にするわけにもいかないのでそれを口にする。それらはたしかに美味かった。ひょっとすると俺が味わった中で一番美味い食物、酒かもしれなかった。しかし何故か虚しかった。俺はその虚しさを埋め合わせるように彼らと一緒にますます口の中にそれらを流し込んでいった。
 
 いつのまにか俺は酔っぱらって寝てしまったようだ。起きて周りを見渡してみるともう誰もいない。ただ宴のあとが残されているだけだ。
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