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カオリとしいたけ

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拳をまるめてみた。そうして、机のうえに、手の甲を上にして置いてみる。
“ねこパンチの型”である。こたつの天板の、ひやりとした温度が指につたわる。
私の拳のほうがおおきい―――カオリはにやりとした。

カオリのまるめたその拳よりひとまわりちいさいそれを、こんどは掌をひろげてその上にのせてみる。ちいさいそれからは、しかし、あたたかな体温をかんじた。手がじんわりとあたたまるにつれ、なんともいえない幸福感がカオリを満たした。

カオリの掌上の彼は、ハムスターの「しいたけ」である。もちろん、せなかの模様の、しいたけに似た茶色と黒がその由来となるところである。
さいしょハルカがその名を発案した時、カオリは猛反発したものだった。しかし、家族じゅうでカオリのほかに反対するものがいなかったために、強行採決によって「しいたけ」は誕生する。
カオリは「しいたけ」にたいして、憐憫をかんじた。あわれな君よ、よりにもよって「しいたけ」だなんて…
もっとまともな名前を考えてやれなかったばっかりに、こんな気の毒としかいいようのない宿命を負うことになったのだと、カオリは自分を責め、その日はまくらを濡らした。みんな命をなんだと思っているの?

そのつぎの朝、しかしカオリは、「しいたけ」の負う宿命はもっと大きなもので、みずからの関知するところではなかったのだと思い知らされた。わたしはなんて思いあがっていたんだろうと、恥じいる思いであった。
カオリに背をむけてまるくなった「しいたけ」は、しいたけそのもので、おそらく「しいたけ」の横に実物のしいたけを並べても、どちらのしいたけが「しいたけ」であるか判別するのは困難にちがいない―――カオリには、すくなくともそう感じられた。
あまつさえ、ちいさなせなかに呼びかけると、顔をあげ、けなげにも全身をつかってこちらをふりかえるのである、そのまるく潤んだ瞳で。
ああ、この子は、「しいたけ」としてなるべくして生まれたのだわ。そしてそれは、わたし個人の感傷ていどのもので干渉しうるものではないんだ―――カオリはなんだか分からない何かを悟った。

そうして、「しいたけ」が完全にそのアイデンティティを確立したのが1年前。いまや世話はカオリの仕事になってしまった。
ハルカは初めこそ「しいたけ」をかわいがったものの、1か月もしないうちにあきて、いまでは見向きもしない。たまにカオリが「しいたけ」をてのひらにのせて楽しんでいると、つられてふらふらやってくるていどである。
父と母にいたっては、ハムちゃん呼ばわりである。多数決で賛成票を投じておきながら、このありさま。わが両親ながら、あきれたものね、じぶんというものがはっきり無いのかしら。


「しいたけ」は呼ぶとやってくる。たいてい信じてもらえないが、本当なのだ(ただし、えさは必須である)。かけよるさまはかわいらしく、いつでもカオリの目じりをさげさせる。そして掌のうえでちょこんとまるくなる、いわゆる“しいたけポーズ”をとると、はあぁという吐息がこぼれた。
たまに動きまわると、そのちいさな手足がちくちくと快い刺激をカオリに与えた。たまらなくなってほおずりすると、やはりあたたかく、カオリはたいそうご満悦なようすだ。
辛抱たまらず、文字には書き表せないような嬌声をちいさく発しながら、なおほおずりを続けていると、背後で物音がした。見やると、ハルカが気まずそうな顔をしている。
―――見られていた。
背中がひやりとして、ついで全身が熱くなる。

「えーっと、そ、その…かわいいよね…しいちゃん」
かおりは「しいちゃん」をケージにそっと戻すと、うん、とみじかく返事をして、それきりだんまりを決め込んだ。
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