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04.酒泥棒と看板娘

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 ヴェルニースの街の中心から少し離れたところに、この街の酒場はある。
 酒場は夕の刻にも関わらず、ザナンの兵士たちによる連日の盛況にあり、エーヴィヒたち二人の入店には店員の誰もが目もくれないだろうと思われたが、意外なことに一人の若娘が両手にたくさんの空のグラスを抱えたまま、二人の元に歩み寄ってきた。

「イーリスさん! やっと働くことを決めてくれたんですね!」
「いや、悪いが違う。どちらかと言うとその件は断りに来た」
「えー、わたしとイーリスさんの二大看板なら、パルミア一の酒場になることも夢じゃないのに……」

 この酒場の従業員と思われる娘は、イーリスに親しく話しかけてきた。どうやら二人は顔見知りらしい。イーリスが仕事を誘われたというのも、ここで働くことだったのだろう。

「そちらの方は……?」

 酒場の娘が、イーリスの隣に立っていたエーヴィヒを見て、不思議そうな表情を浮かべた。娘は人目を集めるほどの美人というわけではないが、その染み付いた笑顔は誰にでも愛着を感じさせた。また、大変いい尻をしている。

「こいつはエーヴィヒだ。さっき偶然再会した」
「ああ、昨日言ってた連れの方! ヴェルニースに来てたんですね!」
「まったく、しぶとい奴だ」
「それ仲間に言うセリフじゃないよね……」
「わたしはこの酒場で働いてるシーナです。それにしても、合流できてよかったですね! 昨晩ここで話した時、イーリスさんすごく心配してたみたいでしたし」
「えっ、そうなの?」
「ば、ばかっ! やめろっ」

 とりあえず二人はギリギリ空いていたカウンターの席に腰を下ろした。
 酒場は旅の者たちの情報交換の場でもある。いまはザナンのの兵士の姿が多く見られたが、中には行商人や情報屋、冒険者らしき姿も見られた。
 エーヴィヒはシーナが色々な客にお尻を触られているのを見てここはそういう店なのかと思ったが、そんなことをイーリスに話すと無言でみぞおちに肘を入れられた。さっき食べたパンが口から出てきそうだ。

「シーナ、忙しいかもしれないが少しだけ話がある。いいか?」

 イーリスは少し店の注文がおさまってきたのを見計らって、シーナを呼び止めた。

「はい、大丈夫ですよ」
「昨日、お前が言ってた盗賊の件、わたしたちにやらせて欲しい。まだ掲示板などに依頼はしてないんだろ?」
「ええ、まあ……」
「盗賊って?」

 気になったエーヴィヒは訊ねてみた。

「さいきんバーの酒樽が度々盗まれて、困ってるんです。盗みを働いてる輩の目星はついてるんですけど……」
「たしか釣具屋の裏の地下だったな」
「はい。そこがあいつらの拠点です。たぶん盗まれた酒はもう尽きてるでしょうから、取り返せとは言いません。せめて懲らしめてくれれば……」
「ふむ、わかった。報酬はどれくらい出してくれる?」

 そんな感じでイーリスとシーナが仕事の話を進めていると、それを後ろで聞いていたザナンの兵士がおもむろに立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。どう見たってひどく酔っ払った様子だ。エーヴィヒは少しだけ嫌な予感がした。

「おいおい、あんたら冗談だろ。お嬢ちゃんみたいな可愛い娘と、このもやし野郎だけで盗賊を倒すってのか? 怪我するだけだぜ」

 一人の兵士がそう嘲笑するように言うと、後ろに居た他の兵士たちも一斉に笑い出した。
 エーヴィヒは自分がもやし野郎と言われたこと自体に対しては、特に腹を立てなかったが、彼らがイーリスの恐ろしさを知らないことを可哀想に思った。

「嬢ちゃん、装備だけは一流だな。でも、そんな大槌、ちゃんと扱えるのか? 俺がもらってやってもいいんだぜ」
「邪魔だ、酔っぱらい。向こうで呑んでろ」
「おいおい、随分と生意気な口利いてくれるじゃねーか。お嬢ちゃんよ!」

 声を荒らげた兵士が、イーリスの肩を掴みにかかった。そして、その手がイーリスに触れた途端、一瞬にして信じられないようなことが起き、酒場は静まり返った。

「邪魔だと言ったろ。酔っ払って歩けないなら、わたしが酒場の隅まで放り投げてやろうか」

 兵士の体は、宙に浮いていた。
 イーリスは一瞬にして背中に掛けていた大槌を手に取り、その大槌の先に兵士の体を引っ掛けて宙にぶら下げたのだ。それも片手で持ち上げているのだから、信じられない。この狭い酒場では、兵士の頭は天井へぶつかりそうなくらい持ち上げられている。

「な、なんだよ、これ、お、おろしてくれー!」
「ちょっと、イーリスさん、店内で荒事は……」
「……すまんな」

 程無くしてイーリスは兵士を乱暴に床へ落とした。そのような一連の後では、他にちょっかいをかけてくるようなものはいない。

「イーリスさん、本当に強いんですね」
「なんだ、疑ってたのか?」
「うーん、正直。だって見た目は本当に可愛らしいんだもん」
「う、むぅ……」

 シーナに少しからかわれたイーリスは恥ずかしそうな表情をした。
 そんなところに、今度はエーヴィヒたちから数席離れたカウンターの席で呑んでいた赤髪の男が立ち上がり、イーリスに話を持ちかけてきた。“ザナンの紅血”ロイターである。

「君、なかなかの腕だな。俺の部下が無礼をしたようで申し訳ない」

 彼がこのザナンの兵士団の長であると理解したエーヴィヒは、少しだけ警戒をした。それはイーリスも同じであった。さきほどの一連を見ておきながら話しかけてくるということは、それなりの手練であるということなのだろう。少なくともそこらへんの下級兵士よりは。

「随分と躾が下手なようだな」
「これは失礼。あなたのような女性に無礼をはたらくとは、これほどの不名誉はない。以後気をつけるよ」

 そう言うとロイターはわざとらしく謝辞をした。。

「俺はロイター。ザナンの仕官だ。君ほどの腕をこそ泥退治程度に使うのは勿体無い。よかったらサイモア様の警護のため、我々兵士団に力を貸してはくれまいか」
「わたしに貴様の部下になれと?」
「報酬は十分に出す。そんなコソ泥退治の何十倍もの報酬をな」

 一緒に聞いていたシーナは一瞬ムッとした表情をした。しかし、彼はここ数日大量の利益をこの酒場にもたらす兵士団の長でもあるから、下手に言い応えはできないのだろう。
 エーヴィヒはそんな会話を隣で聞きながら、これは遠まわしに口説かれてるんじゃないかと思った。相変わらずモテるなぁ、イーリスは。というかこのロイターとかいう男は、彼女の隣にいる俺の姿が見えてないのだろうか。いや、別にイーリスとは特別なアレというわけではないのだけれど……。

「おい、エーヴィヒ、行くぞ」
「え、いきなりなんだよ……お、おいっ」

 イーリスが突然席を立つと、エーヴィヒはそのまま彼女に首元を掴まれ、引きずられるように引っ張られた。

「おいおい、つれないな」
「悪いが、同じ赤髪でも先約の連れがいるんでな」

 イーリスがそう言うと、ロイターはようやくエーヴィヒのことを注意深く見た。
 エーヴィヒは少しだけ彼に勝った気分になった。



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