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■ プロローグ
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西暦2024年1月25日 東京都――
週明けから降り続いた雪がまだそこここに残っている東京の空には、灰色の雲が薄くかかり、夕方を前にして既に蒼然としていた。人々は年始からせわしなく動きまわり、それはここ、永田町でも同じだった。
通常国会の為、内閣総理大臣以下、多くの国会議員が召集されていた国会議事堂は、厳重警備がしかれていた。その議事堂正門前に、一人の男が現れた。男は見た目は普通だった。しかし、何故か異様な雰囲気を持っていた。
「日本の治安は流石だな。私の国では窃盗は日常茶飯事、警察機構はあってないようなものだ。犯罪率も下がらない」
「しかし、日本と決定的に違うことは――」
先程からブツブツと呟くこの男をさすがに不審に思ったのか、警備している警官が近づく。男は口を歪めながら国会議事堂を見据える。
「――政府が自身へのテロ行為に対する警戒心を持っていることだな」
その日、国会議事堂は燃えた。
そして2年後、様々な問題を抱えつつも、日本は国家としての面目を何とか取り戻しつつあった。
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■ 第1話
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2026年、福岡。
「国民は皆不安がっているのだ!このままでは日本という国そのものの存亡に関わる!」
「優秀な人間を数多く失ってしまった今、やはり国外から援助がなければやっていけん!」
2年前のテロ事件以降、首都機能の分散化が進められ、福岡にも政府のビルが建設された。そのビルの会議室では政府の要人たちが渋い顔を突き合わせていた。国会議事堂テロ事件から2年ほど経ち、テロ事件後の混乱が収束向かっているとはいえ、未だに日本の治安体制に対する疑問や、実行犯が全員死亡し、なかなか進まない事件の捜査に苛立つ世間の空気が彼らの精神を圧迫していた。そのストレスからか、自然と声を荒らげながら政治家たちが議論していると、
「まったく、いつまでギャーギャー喚いてんのかね?赤ん坊じゃないんだからさあ」
いつからいたのか、長髪の女性が部屋の入口に立ち、呆れ顔をしてそう言った。
「なっ!?」
「何を言っとるんだ!国家緊急事態なんだぞ!」
突然現れた見知らぬ女性に明らかに馬鹿にされ、全員が顔を赤くして怒号を発し始めた。
「だからぁー、こんな部屋に集まって叫んでても状況が良くなるわけじゃないでしょ?1億2千万人の国民を背負って立つ責任があるんなら、もっと建設的な話し合いをしましょう?」
政府の重役を前にして不敵な笑みを浮かべ、女性は言い放った。
「あぁ、申し遅れました。私は内閣情報庁特殊警務課課長、南原真弓と申します」
そう自己紹介するや、目の前の空席にどっかと腰をおろす。彼女の第一声に対して、一時感情的に怒鳴っていた政治家たちも、急な状況の変化に対応できず、ただ彼女の方を見つめていた。「一体何のようがあるのか」、「内閣情報庁など、聞いたことがない」、「彼女は何者で、何の目的があるのか」、そういった疑問が頭を駆けまわり、彼らの上げかけた腰を椅子に戻させた。
「で、一体何の様なのかね」
と、議長を務めていたらしき男性が、いち早く気を取りなおして問いかけた。過去にない状況に置かれ、対応に四苦八苦してきた疲労感を湛えているその年配の政治家は、じっと彼女――南原真弓の目を見据えている。
「我々情報庁は2年前のテロ事件で死亡した当時の郷原首相の肝いりで極秘裏に設置された機関です」
まったくの初耳に、会議室はざわめいた。この中には当時の首相に近しい議員たちもいたが、彼らですら「内閣情報庁」の存在など、露とも知らされていなかったのだ。
「急に現れて、何を言い出すんだね君は」
「そんなものが存在する証拠などあるのかね?私は全く知らなかったぞそんなものは」
「だいたい、あったとして、それが今我々に何の要件があるのだ」
口々に疑問を投げ抱える議員たちを、手を上げて制し、
「まぁまて、まだ私の質問に答えてもらっていない。そううるさくては彼女の声も聞こえん。少し静かにしたまえ」
と、議長席の男性が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
「なかなか冷静で居らっしゃるのね、吉崎代表」
南原はにこやかに、吉崎とよんだ男性を見返しながら言った。
「時間は取らせません。私がここに来た要件はただひとつ。郷原元首相の残した司令を全うするためです」
会議室の一同は、今や誰もが黙って彼女の発言に集中していた。
「第三次世界大戦を阻止せよ――」
「それが我々に残された最初で最後の司令です」
■ 第1話
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2026年、福岡。
「国民は皆不安がっているのだ!このままでは日本という国そのものの存亡に関わる!」
「優秀な人間を数多く失ってしまった今、やはり国外から援助がなければやっていけん!」
2年前のテロ事件以降、首都機能の分散化が進められ、福岡にも政府のビルが建設された。そのビルの会議室では政府の要人たちが渋い顔を突き合わせていた。国会議事堂テロ事件から2年ほど経ち、テロ事件後の混乱が収束向かっているとはいえ、未だに日本の治安体制に対する疑問や、実行犯が全員死亡し、なかなか進まない事件の捜査に苛立つ世間の空気が彼らの精神を圧迫していた。そのストレスからか、自然と声を荒らげながら政治家たちが議論していると、
「まったく、いつまでギャーギャー喚いてんのかね?赤ん坊じゃないんだからさあ」
いつからいたのか、長髪の女性が部屋の入口に立ち、呆れ顔をしてそう言った。
「なっ!?」
「何を言っとるんだ!国家緊急事態なんだぞ!」
突然現れた見知らぬ女性に明らかに馬鹿にされ、全員が顔を赤くして怒号を発し始めた。
「だからぁー、こんな部屋に集まって叫んでても状況が良くなるわけじゃないでしょ?1億2千万人の国民を背負って立つ責任があるんなら、もっと建設的な話し合いをしましょう?」
政府の重役を前にして不敵な笑みを浮かべ、女性は言い放った。
「あぁ、申し遅れました。私は内閣情報庁特殊警務課課長、南原真弓と申します」
そう自己紹介するや、目の前の空席にどっかと腰をおろす。彼女の第一声に対して、一時感情的に怒鳴っていた政治家たちも、急な状況の変化に対応できず、ただ彼女の方を見つめていた。「一体何のようがあるのか」、「内閣情報庁など、聞いたことがない」、「彼女は何者で、何の目的があるのか」、そういった疑問が頭を駆けまわり、彼らの上げかけた腰を椅子に戻させた。
「で、一体何の様なのかね」
と、議長を務めていたらしき男性が、いち早く気を取りなおして問いかけた。過去にない状況に置かれ、対応に四苦八苦してきた疲労感を湛えているその年配の政治家は、じっと彼女――南原真弓の目を見据えている。
「我々情報庁は2年前のテロ事件で死亡した当時の郷原首相の肝いりで極秘裏に設置された機関です」
まったくの初耳に、会議室はざわめいた。この中には当時の首相に近しい議員たちもいたが、彼らですら「内閣情報庁」の存在など、露とも知らされていなかったのだ。
「急に現れて、何を言い出すんだね君は」
「そんなものが存在する証拠などあるのかね?私は全く知らなかったぞそんなものは」
「だいたい、あったとして、それが今我々に何の要件があるのだ」
口々に疑問を投げ抱える議員たちを、手を上げて制し、
「まぁまて、まだ私の質問に答えてもらっていない。そううるさくては彼女の声も聞こえん。少し静かにしたまえ」
と、議長席の男性が静かに、しかし有無を言わせぬ口調で言った。
「なかなか冷静で居らっしゃるのね、吉崎代表」
南原はにこやかに、吉崎とよんだ男性を見返しながら言った。
「時間は取らせません。私がここに来た要件はただひとつ。郷原元首相の残した司令を全うするためです」
会議室の一同は、今や誰もが黙って彼女の発言に集中していた。
「第三次世界大戦を阻止せよ――」
「それが我々に残された最初で最後の司令です」
2年前の議事堂テロ事件以降、臨時政府によって行われた首都機能分散化によって、ここ福岡にも日本政府の統治機構の一部が移転されていた。1年前に開通したリニア鉄道が通るこの都市では首都機能移転以前より交通量が増加し、海外からの行き来も多く、雑然とした雰囲気をより強めている。
そんな福岡の、政府機関のある都心部、の隅に築10年は経とうかという寂れたビルがあった。その2階にあるオフィスで、携帯電話がなったのは10分ほど前のことである。
「文句ばかり言うのはやめてくださいよ。そんなに嫌なら、長者原のオッサンに行ってもらえばよかったじゃないですか」
携帯電話を耳に当て、無精髭の男が苦笑交じりに言った。
『あの人は京都に行く用事があったから私が仕方なく行ってやったんだから!文句の一つや二ついう権利はあるわよ!』
電話の向こうの若い女性が怒ったように反論する。
「わかりました。愚痴はあとでちゃんと聞きますから、早く帰ってきてくださいよ、南原課長」
『わかったわよ!あと5,6分でつくから、全員集めといてよ!』
「了解です」
男は携帯電話を切ると、やれやれ、と肩をすくませた。
「姐さん、ジジイどもの相手させられてむかついてましたぁ?」
「ありゃほっといたら1時間は文句を言い続けそうだったな」
無精髭の男は、のんびりとした青年の声に振り返って答えた。
ビル内のオフィスに並べられた机に足を乗せ、椅子にふんぞり返って座っていた青年は口元に笑みを浮かべつつ足を下ろした。高校の制服をきた青年の胸には『徳川』と書かれている。
「でも、説得はできたんでしょ?やっと仕事が出来るってわけだ。少しは嬉しいんじゃないの、遠賀さん?」
「まあな、2年もかかってしまったからなあ」
遠賀、と呼ばれた男は無精髭を生やした顎をさすりながら少年の向かいの席に腰を下ろした。ポケットからタバコを取り出そうとして、思い直したのかポケットに仕舞いなおした。
「郷原内閣が壊滅してから、うちの性質上、政治的支援を得るわけにもいかず、現行政府とは完全に独立した形でここまでやらざるを得なかった」
「しかし、ここに来てやっと敵さんの尻尾が掴めたんだ。南原さんもあれで相当苦労してきたからな、我々もその努力に報いてやらんと」
呟く遠賀の顔を、頬杖をつきながら眺めていた徳川は、階下の扉が乱暴に開けられる音を耳聡く聞きつけた。
「おっと、うちの姫さまのお帰りみたいっすよぉ」
階段を足早に駆け上がる音が聞こえ、部屋のドアが壊れるかと思うほど強く開け放たれた。
「お早いお付きで、南原課長」
遠賀は、肩を上下させつつ乱れた長髪を整えようともしない上司に若干引きつつ言った。
「全員集めろって言ったじゃん!なんで二人しかいないのよ!?」
ギロリ、と遠賀を睨みつけると南原は手近にあったペットボトルのお茶をひったくるように掴んで飲み、ようやく髪を整えた。
「服部は部活、蘆屋は砥上さんに付いて京都に行ってますよ。だから今集まれるのは僕と遠賀さんだけっす」
「なによそれ、まったくふざけてるわねっ。服部くらい引っ張ってきておきなさいよ!」
「姐さん息上がってるんですから、もう少し落ち着いてくださいってば」
「その『姐さん』って呼ぶのいい加減やめなさいよね!まったく、人がむさいジジイ共と顔付きあわせてきたっていうのに、帰ってみればメンバーは2人だけって、なんなのよもう」
「そんなに怒ること無いじゃないですかぁ、姐さん」
「人の話を聞けよこの万年童貞野郎が」
一瞬椅子からずり落ちそうになった徳川は、なんとかバランスを取って座り直した。遠賀はそれを見て苦笑する。
「いいから、徳川、服部に電話しなさい」
徳川のリアクションを全く無視して南原は続けた。
「私がどうかしました?あれ、南原さん息上がってますね?大丈夫ですか?」
と、いつの間にか小柄な少女が壁際のソファに陣取っていた。それまで全く気配のなかった場所に、急に現れたのだ。
「あ、服部!お前また"能力"使ったな!前からむやみに使うなって言ってただろ」
「うるさいなあ徳川くんは。いいでしょー誰にも見られてないんだからー」
口を尖らせて徳川を睨みつけた少女、服部もまた徳川と同じく高校の制服を見に付けていた。
「はぁ……本当は厳重注意したいところだけれど、今回はいいわ」
やっと息を整えた南原が自分のデスクに座り三人を見渡す。
三人は心なしか緊張した面持ちになり、南原を見返した。
「それじゃあ、内閣情報庁特殊警務課の初仕事、さっそく説明するわよ」
そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべた。
そんな福岡の、政府機関のある都心部、の隅に築10年は経とうかという寂れたビルがあった。その2階にあるオフィスで、携帯電話がなったのは10分ほど前のことである。
「文句ばかり言うのはやめてくださいよ。そんなに嫌なら、長者原のオッサンに行ってもらえばよかったじゃないですか」
携帯電話を耳に当て、無精髭の男が苦笑交じりに言った。
『あの人は京都に行く用事があったから私が仕方なく行ってやったんだから!文句の一つや二ついう権利はあるわよ!』
電話の向こうの若い女性が怒ったように反論する。
「わかりました。愚痴はあとでちゃんと聞きますから、早く帰ってきてくださいよ、南原課長」
『わかったわよ!あと5,6分でつくから、全員集めといてよ!』
「了解です」
男は携帯電話を切ると、やれやれ、と肩をすくませた。
「姐さん、ジジイどもの相手させられてむかついてましたぁ?」
「ありゃほっといたら1時間は文句を言い続けそうだったな」
無精髭の男は、のんびりとした青年の声に振り返って答えた。
ビル内のオフィスに並べられた机に足を乗せ、椅子にふんぞり返って座っていた青年は口元に笑みを浮かべつつ足を下ろした。高校の制服をきた青年の胸には『徳川』と書かれている。
「でも、説得はできたんでしょ?やっと仕事が出来るってわけだ。少しは嬉しいんじゃないの、遠賀さん?」
「まあな、2年もかかってしまったからなあ」
遠賀、と呼ばれた男は無精髭を生やした顎をさすりながら少年の向かいの席に腰を下ろした。ポケットからタバコを取り出そうとして、思い直したのかポケットに仕舞いなおした。
「郷原内閣が壊滅してから、うちの性質上、政治的支援を得るわけにもいかず、現行政府とは完全に独立した形でここまでやらざるを得なかった」
「しかし、ここに来てやっと敵さんの尻尾が掴めたんだ。南原さんもあれで相当苦労してきたからな、我々もその努力に報いてやらんと」
呟く遠賀の顔を、頬杖をつきながら眺めていた徳川は、階下の扉が乱暴に開けられる音を耳聡く聞きつけた。
「おっと、うちの姫さまのお帰りみたいっすよぉ」
階段を足早に駆け上がる音が聞こえ、部屋のドアが壊れるかと思うほど強く開け放たれた。
「お早いお付きで、南原課長」
遠賀は、肩を上下させつつ乱れた長髪を整えようともしない上司に若干引きつつ言った。
「全員集めろって言ったじゃん!なんで二人しかいないのよ!?」
ギロリ、と遠賀を睨みつけると南原は手近にあったペットボトルのお茶をひったくるように掴んで飲み、ようやく髪を整えた。
「服部は部活、蘆屋は砥上さんに付いて京都に行ってますよ。だから今集まれるのは僕と遠賀さんだけっす」
「なによそれ、まったくふざけてるわねっ。服部くらい引っ張ってきておきなさいよ!」
「姐さん息上がってるんですから、もう少し落ち着いてくださいってば」
「その『姐さん』って呼ぶのいい加減やめなさいよね!まったく、人がむさいジジイ共と顔付きあわせてきたっていうのに、帰ってみればメンバーは2人だけって、なんなのよもう」
「そんなに怒ること無いじゃないですかぁ、姐さん」
「人の話を聞けよこの万年童貞野郎が」
一瞬椅子からずり落ちそうになった徳川は、なんとかバランスを取って座り直した。遠賀はそれを見て苦笑する。
「いいから、徳川、服部に電話しなさい」
徳川のリアクションを全く無視して南原は続けた。
「私がどうかしました?あれ、南原さん息上がってますね?大丈夫ですか?」
と、いつの間にか小柄な少女が壁際のソファに陣取っていた。それまで全く気配のなかった場所に、急に現れたのだ。
「あ、服部!お前また"能力"使ったな!前からむやみに使うなって言ってただろ」
「うるさいなあ徳川くんは。いいでしょー誰にも見られてないんだからー」
口を尖らせて徳川を睨みつけた少女、服部もまた徳川と同じく高校の制服を見に付けていた。
「はぁ……本当は厳重注意したいところだけれど、今回はいいわ」
やっと息を整えた南原が自分のデスクに座り三人を見渡す。
三人は心なしか緊張した面持ちになり、南原を見返した。
「それじゃあ、内閣情報庁特殊警務課の初仕事、さっそく説明するわよ」
そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべた。