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気晴らし5:「くずれ」

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 兄ちゃん、なに見とんねや。

 いやお前や、お前。おい、今さら目ぇ逸らしても遅いで、コラ。こっち向けや。なんや、わいの顔になんかついとったか、ええ?

 ナメとんのか! こっち向けや! おい!

 ……そう、それでええんや。安心しぃ、別にとって食うたりせんから。ハハ! お前みたいな雑魚ぶち殺してなにが面白いんや。せやろ? なあ? 大丈夫やって。そんなビビんなや。

 まあ、こっち来い。……ええからグチグチいっとらんと来いや!

 なあ、兄ちゃん。なんでこっち見とったん。怒らんから、言うてみ。なんか面白かったか? わいの顔。あ? なんて? もっと大きい声で言えや。勘弁するとかせんとか、そんなこと今聞いたか? 

 お前ナメとるんか? 

 わいの言っとること聞こえへんかったんか? 腹立つわ。めっちゃ腹立つわお前みたいなん。話が成立せえへん。なんやお前。スーツ着て頭よさそうなのに俺の言っとること分からんの? お前の耳なんなん? 要らんのならとったろか?

 なあ!

 そっか。怖かったんか。怖いお兄さんが隣でなんか飲んだくれとるから、ビビってチラチラ見とったと。なら最初からそう言えや! なんなんお前? まあええわ。言っとくけど、質問にマトモに答えられへんやつ、めっちゃ嫌いやねん。次やったら殺すからな。ええか? ……おう。はあ? なに言うとるん。放さへんよ。なんで? 放す意味あるか? なあ、ちょうど話相手欲しかったんよ。お前もわいんこと気になっとったんならちょうどええやろ。少しくらい話を聞いてけや。なあ? ビビんなや! 別になんもせんって。ホンマに。な? ええやろ?

 うん。実はな、俺、さっき人殺してきてん。

 ……ブッ。うはははははははははは!
 なんやその顔、めっちゃおもろい。いやァおもろいわ自分。そんなの嘘に決まっとるやろ! なに、人殺してきたような顔に見えたか? ええ? ビビりすぎやろ。アホか。

 まァな、さすがに殺しはせんかったけどな、喧嘩してきたんは本当やねん。ごっつ腹立つやつがおってな。おもっくそ投げ飛ばしてやったわ。え? なんやお前はっきり喋れや! あ? 血ィついてる? うわほんまや。どうしよ、これお気に入りのシャツなのに。あ~あ。これクリーニングで落ちる? お前知ってる? なんや、使えんのう。まァええわ。というか気付いとったんなら最初にいえや!

 でな。その喧嘩した奴っちゅーのがな、わいの元同級生やねん。高校のな。同じ部活仲間やってん。わい何部やったと思う? ……アホ。野球なんか誰がやるかいな。甲子園とかなんとか、あんなん、何が面白いんかわからんわ。ずっと昔からな。俺、高校野球も阪神タイガースも、全然見んよ。一回も応援したことない。どいつもこいつも、大阪と来たら野球・甲子園って、やかましいんじゃボケ! ってな。ハハ。

 わいがやっとったのは格闘技。柔道。わかる? まぁわかるか。これでもな、昔は凄かったんよ。中学のときは府大会に出て、個人戦でも全国まであと一歩ってところまでいってな。お前、わかるか? これ相当凄いことやぞ? なあ。お前なんか、中学の頃の俺でも三秒で殺せたわ。

 だからな、高校も特待生よ。受験勉強なんか、これっぽっちもせえへんかったよ。あんときゃ親兄弟も大喜びでよ。ウチの息子が柔道で特待生だっつってな。飲み屋で百ぺんくらい言ってな。もう全員暗記しよったくらいよ。

 でもな。それからがアカンかった。

 特待生って、まあ、要するにな、奴隷なんよ。わかるか? お前。学校にハクをつけるための奴隷。毎日毎日……ゲロ吐いて血ィ吐いて、それからやっと帰されて。疲労骨折なんか何べんしたかもわからんわ。地獄やぞほんま。

 んでな、何が悲しいってな、そんなかでもやっぱり、優劣っていうもんが出てくんのよ。生まれもっての才能の差っていうんかな。同じくらいキツい練習すればするほど、差はどんどん広がった。もちろんワイは劣のほうや。分かるか? この辛さ。どんだけ血反吐を吐いても、どんだけシゴキに耐えても、絶対に勝てん奴がおるんや。それも一人二人やない。何人も。何人もや! レギュラーに入れるかどうかさえギリギリやった。お前、分かるか? この絶望が。ええか。わいらは勉強なんかこれっぽっちもせえへんかった。諦めて普通の学生に戻るって選択肢すらなかったんや。勝てもしない。認められない。三年間、才能の差だけを目の前で見せつけられて。殴られて。蹴られて。メシ全部吐き戻して。分かるか? お前分かるかこの気持ち? 

 結局な。卒業してもわいには何にも残らんかった。残ったのは、なァんの役にも立たん柔道の技と、やたらと頑丈になった体だけ。学もねえ。女も知らん。働くしかなかった。日雇いやって、バイトやって。でもな、アカンのや。ずっと殺すか殺されるかみたいな世界におったらな。ちょっとでも嫌なことがあると、客でも上司でもすぐぶち殺したくなるんや。だってそうやったもん。今までそういう世界しか知らんかったんやもん。でもな、それはあの部活の環境でしか許されない価値観やった。ありえへんやろ? そしたらわいは、どうやってこれから生きてきゃええんや。わいらが延々と殺し合いやっとる間に、他の奴らは勉強して、普通の価値観みにつけて、なんなら恋人も友達もおって。そんな不公平ってあるか? わいは全部全部、嫌なことも我慢して、ここまでずっとやってきたのに!

 ……高校のときのレギュラーやったわ。さっき投げ飛ばしてきたの。

 あいつはな。凄かった。わいとは全然才能が違った。大学まで特待生で入って、そっから国体にも出て、オリンピックの強化選手にも選ばれてな。お前知ってるか? 田村柾人っていうやつ。……知らんか。ハハ。そうやろな。柔道知らへん奴にとったら、あんな奴、一般人とかわらんわな! ハハ!
 
 とにかくあいつは、肩で風きっとったわ。わいがな。コンビニのレジ打ちやっとるときにな。女連れて入ってきて、コンドームだけ何箱もバーンってレジに放り投げよってな。釣銭渡そうとしたら、「あれ、大橋?」ってな。わかるか? あんときの田村の顔。ほんまな、今思い出しても腹立つわ。あの馬鹿にしくさった顔。わいを虫けらかなんかみたいに見下す顔。「お前いまなにやっとんの?」とかな。分かっとるくせに聞きよるんよ。女もまたな、一緒になってニヤニヤしくさってな。わかるか? おい。お前やったらどうする? 我慢するか? 愛想笑いするか? それが普通やろな。だけどな、わいは普通じゃないからな。

 だからな。

「まぁ、頑張りや?」とか偉そうに言うて背ェ向けたあいつの襟首を後ろからこう、カウンター越しにとっ掴んでな。おもくそ引き回したろと思ってん。でもあいつの方が一枚上手やった。そらそうや! わいはもう柔道辞めとるけど、あいつはそうじゃないからな。あいつが振り返って、それからわいがあっと思ったときには、もう菓子パンの棚にぶち込まれとったわ。あったまチカチカしてな。もう、あかんかった。スイッチ入ってもうたんよ。だからな、気絶したフリしてな。あいつがそそくさと逃げようとしたところをな、業務用のカッターナイフ制服から取り出してな。背後から思いっきり――


 ――なんてな。


 冗談や、冗談。そんなことするわけないやろ。そんなことしたらお前、完璧に犯罪者やろ。こんなんなってもな、一応まだ、お母ちゃん泣かせたくないねん。だからまあ、泣き寝入りや。悔しいけどな。わいも大人やからな。ここは堪えんといけんなって、そう思ってな。だけど、もし刺してたらどうなってたんやろう? 今でもまだ思うんや。だってそうやろ。あいつを刺したら、あいつをぶち殺したら……わいは勝てるんや。高校んとき、一回も勝てんかったあいつに。わいが欲しかったもんを全部持って行って、わいを虫けらみたいに見下したあいつに。なあ。めっちゃ気持ちいと思わんか? 思うやろ? 思えや! あのな、まだ手に感触が残っとるんや。カッターの刃がな、あいつの肉にめり込んでいく感触がな。あ? だから冗談や。冗談やって。嘘に決まっとるやろ。だけど想像してみ? あんだけ強かった体がな、あんだけ道場の中では無敵に思えた体がな、ほんまにあっさりな、痙攣してな、ハハ! お前あれ、魚みたいやったわ! 今思い出しても笑える。あ? 冗談やっていってるやろ! なにビビってんのや、おい! 殺してやろうか? なあ、お前、殺してやろうか?

 ハハハハハハハハハ。なあ。お前。



 お前も殺してやろうか?
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