永遠の闇

「ううーん・・・・はっここは」
　目が覚めるとそこは地獄だった。
「なんてことだ！　地獄に落ちてきてしまった」
「仕方ないわ」
「誰だお前」
「私は女神・・・」
「死ね！」
「いきなりなんてことを！」
「お前みたいなやつがいるから世の中がくそったれなんだ」
「そうね・・」
「死ね」
「いやですー」
「いやか」
「はい」
「そうか」
　沈黙が流れた。
「つまんねー」
「そうですね」
「生きてても仕方なくねえ？」
「そうですね」
「人の話はちゃんと聞けよ！」
「そうですね」
「そのふざけた態度が許せない！」
　俺は女神をびんたした
「ごめんなさい。私が悪かったです」
「人の話はちゃんときけ」
「その通りです。私が間違っていました。ああ、私はなんて愚かなんでしょう。あなたほどの天才の賢さに気づけないなんて」
「そうだろうそづあろう」
　俺は女神をひとしきりぶつと自己嫌悪に陥った。
「ほんとはこんなことしたくないんだ」
「わかってますよ」
「世の中がくそったれなのが悪いんだ」
「そのとおりです」
「ああ、つまらない。なんてつまらないんだろう」
「かわいそうに・・・あなたが世界で一番可哀想なひと・・・どうしてみんなわかってくれないのでしょうね・・・・きっと馬鹿なんですね」
「ああ、違いない。みんな馬鹿なんだ。馬鹿ばっかりだ」
　俺はがんがんアタマを撃ちつけ始めた。
「ううううー」
「しっかりして！　自己ダメージはよくありません」
「あうあー」
「がんばって！　やる気出して！」
「うううううー」
　俺はその場にひざまずいた。
「眠くないんだ。そしていつも眠いんだ。予定があると眠くなるんだ」
「わかりますよ」
「もうどこにもいきたくない。何もしたくない」
「ええ」
「二週間くらい時間をもらえればいいんだ。そしたらきっともう二週間くらいは動けるようになるのに・・・どうしてみんなわかってくれないんだ。どうして俺が鳴ってほしくないときに電話が鳴るんだ。俺はただ迷っただけなのに。迷うことも許されないのか？」
「それが仕事というものです」
「なら俺はもう働きたくない。俺の論理が通用しない世界になんか興味ない。おまえが働け。金儲けなんて下っ端の仕事だ」
　俺は女神を突き飛ばした。
「俺が金を使ったか！？　俺が散財したか！？　俺は家もクルマも服も欲しくない。ゲームだってもう買ってない。俺はネット環境があって、本があって、ご飯が食べれればそれでいいんだ。それがそんなに悪いことか？　それがそんなに難しいことか？　絶対違う！　絶対違ううううううう」
「わかります、わかりますからしっかり」
「誰も俺の言うことを聞いてくれないんだ。聞いてくれさえすれば、嘘でもいいから「俺が正しい」って言ってくれればいいのに、誰も言ってくれないんだ」
「あなたは言ってもらっても信じないでしょう」
「そんなことはない」
「信じれば、それが弱さになるから、あなたは誰も信じない。そして本当に弱った時、気づけばあなたのまわりにはもう、あなたを支えてくれる人がいない」
「知ったようなことを言うな！　そんなことはない！」
「そうですね、そうですね」
「くそ・・・・くそ、くそ、くそ！」
「あなたは忠実さを求めている。あなたには悪気がないから。でもいいですか、そんなものゴミ同然なのです。あなたには無用なのです・・・」
「うるせえ・・・もういやだ。もうこんな世の中にはいたくない」
「嘘ばっかり」
「本当だ！！」
「あなたには時間が必要なだけです。他の人よりも膨大な時間が。それにトップ前線にいる人たちよりあなたが遅いからといって、一般人と比べればあなたは速い。速すぎるくらいです。何をそんなに恐れているんですか？　何がそんなに怖いんですか？」
「おれは・・・畜生、怖いんだ、怖いんだよ！！！！！！
　何もかもが怖いんだ・・・・怖くて仕方ないんだ・・・電話が鳴るのが・・・」
「なら、もう取らなくていい。仕事もやめなさい」
「・・・」
「ほら、見てごらんなさい。あなたは言って欲しい言葉をかけてもらっても「うん」とは言わない。そんな人を誰が励ましますか？　あなたは励まされたがっているんじゃない。ただ時間が過ぎて欲しいだけ。そして自分の弱さを追求して観察し、そこからまた別の「強さ」を弾き出そうとしているだけ。ええ、励ましますよ。いくらでもあなたの欲しい言葉をかけてあげましょう。私だけがあなたを理解していますから、いくらでも？　大学もバイトもやめておしまいなさい。予定もすべてキャンセルして向こう十年何もしなければいい。あなたは絶対それに耐えられない」
「もう働きたくない。畜生、どうして人は年を取るんだ」
「働けなくなったら、誰からも必要とされなくなったら死ねばいいだけです。あなたを愛してくれる人なんていないんですから。誰も愛さず、愛せず、愛を求めただけの愚かしいあなたのことなど」
「・・・・」
「私の言っていることが正しい、ということがわかるくらいには冷静なようですね」
「・・・・・」
「あなたには愛は必要ない。あなたは愛という名の身勝手がほしいだけ。そんな人には愛される資格がない」
「・・・・」
「だから進みなさい。あなたはあなたの道を。一歩ずつでいいから。少しずつでいいから。何があってもそこへいきたいと思える道を進みなさい。きっとその道を歩いていけるのはあなただけ。誰にも愛してもらえないあなただけ・・・それを強さと呼んでほしいなら、ほかの誰でもない、この私が認めてあげましょう。あなたは強いと。私は、あなたが誇らしいのだと」
「・・・・」
「雨が、止みましたね」
「・・・・」
「じきにここも崩れます。あなたは永遠の闇へ落ちていくことになる。それでもいいではないですか？　言って欲しいんでしょう、言ってあげます。あなたには、ひとりぼっちが似つかわしい」
　俺のいた場所の床が抜けた。墨汁をぬたくったようなてらてらとした闇の中に俺は落ちていった。
　どこまでも、落ちていった・・・・・