突然だが俺はこの物語の主人公である。
そういうわけで俺には物語が用意されていて、尚且つその物語通りに進行するならば、俺はリアルときめく未来が訪れるはずである。
スペック的には問題ない。顔も普通。能力値も普通。人付き合いも人並み。
さぁ来い俺の恋。さぁ来い俺の恋人。
待つべき時はすぎた！ 行動だ！ 攻略本には書いてあるぞ、書いてあるぞ攻略ルート。
まずは君に決めたさやかちゃん！
○第一話「きっとあなたもメタメタン」
さやかちゃんは普通の家に生まれ、両親に惜しげもない愛情を注がれすくすく育った。曲がったところが嫌いな、ちょっと面倒なクラスメイトでオレの幼馴染。
それがさやかちゃんだ。
幼馴染と言う名の通り、攻略ルート的には幼馴染ルートと言ったところで、ある意味他のヒロインに圧し潰されてしまう微妙なポジションに居る可哀想な女の子だけど、でもまぁ、一番最初に攻略するなら一番身近な子がいいお！ ってこの攻略本にも書いてあるしとりあえず「さやかちゃん！」を攻略してみることにした。
お決まりパターンとして朝一緒に行くことくらいか？ 攻略本にルートの始まりみたいな感じで、そんな事書いてあるしやってみるしかねえっつても、ここ数年一緒に学校なんて行ってないし、むしろ隣の家に住んでいるならまだしも、さやかちゃんの家から俺の家まで結構な距離があるし、んまあ、そこは仕方ない。朝から張り込みをするしかない。
まだ夜が明けぬ内に家を出る。ぶっちゃけまだ寒い。かなり寒いし、眠い。でも仕方がないこれは幼馴染ルートなのだ。だからまずはきっかけと言う名のフラグを立たせなければいけない。やるぞ俺！
さやかちゃんの家の前で二時間ほど張り込みをしていると、ようやく日が出てきた。すばらしい朝日だ。そんなことを思いつつ、ここに来る前にコンビニで買っておいたアンパンと牛乳を口の中に突っ込む。
うめえ、うますぎるぜアンパン×牛乳。
さやかちゃんの家の前でさやかちゃんの部屋の窓を見つめる。まるで何かが始まる恋の始まりそして出会いのはじまりが再びな予感がしてたまらない。そういえば小さい頃に『大きくなったら私と結婚してね！』なんて言われたことが無い。さみしいな、さやかちゃん！
電信柱の影に隠れると、まるで自分が電信柱の影になったような気がするだけで実際は電信柱の影になんか慣れるわけ無く、そもそも犬畜生の散歩をしているご婦人に白い目で見つめられつつ、ランニングをしているお兄ちゃんに睨まれつつ、さやかちゃんとの再開を待つこの祝福のひとときはまさに快感快楽極楽上等!!
さやかちゃんまだかな？ さやかちゃんハァハァ。五年前、最後に見た時のあのツインテール姿を未だに忘れられないよう、さやかちゃん。攻略本には「甘酸っぱい青春を過ごした後、少し脱皮したさやかは髪をばっさりと切り、今ではショートヘアー際立つ美人！」って書かれてあるよこれもうフラグの乱立すぎでしょさやかちゃん！
左腕につけた時計は七時半を示している。そろそろだろう。家を出るのはそろそろだろう。ワクワクが止まらない。このために買っておいた食パンを加えてアタックするよ、さやかちゃん！ そしてさやかちゃんにアタックした俺はこう言うんだ。
「っいってー……って、さやか！ あれ？ あー！ 久々！ おうおう久々だな。っていうかここに住んでたんだ。うん。家ここだから。えーまじかよ。全然知らなかった。なにいってんの？ 小さい頃よく遊びに来てたじゃん。あれ、そういえばそうだったけ……ってこんな時間。さやか時間大丈夫？ ……うん大丈夫だよ？ あー、なら駅まで一緒に行かね？ おけおけー行こうー。あ、あと携番とメアド教えてくれない？ あー赤外線でいい？ 全然オッケー。うおおおおおおおこれはフラグとかその前にもうこのルートの攻略終わっただろ！ マジデ俺ぱねえ俺すげえ！」
震えるからだ震える気持ち。そして俺が見た物は――。
「行ってらっしゃい、あなた」
「ああ、行ってくるよさやか」とさやかちゃんにキスをする見たこともない男。
「もー！ おかーさんばっかりずるーい。私もー！ わたしにもー！」と謎の野郎にキスを迫るさやかちゃんに似た幼女。
「もう仕方ないなー」
「わーい！ パパー大好きー」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「ああ行ってくる」
後に母からこんな話を聞いた。
三年前さやかちゃんは既に外資企業に務めるイケメン男性と結婚。しかもその外資企業に務めるイケメンは何を思ったのか、さやかちゃんの家に婿入りしたとのことだった。
攻略本に書いてあった「甘酸っぱい青春を過ごした後少し脱皮したさやかは髪をばっさりと切り、今ではショートヘアー際立つ美人！」は確かに本当のことだったが、そこにはそれ以上先の事は書かれていないことを思い出しながら、俺はベッドの中でシーツをかみながら悔し涙を流した。
「さやかつぁあん……」
「なにがさやかちゃんよ！ 仕事行け！ このクズ息子！」
「かああちゃーん！ 俺にもキスしてー！」
「気持ち悪い。さっさと仕事に行け！」
しかし俺はまだ諦めていない。この攻略本にはまだ俺の知りあった女性のことが書かれている。さぁ、この通りに動けば、俺は俺は俺は！