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 皮

 ある朝、僕の学校に転校生がやって来た。それは大層雅やかな姿の少女だった。
「岩手のとある小学校から来ました。不束者の私ですが、どうかよろしく御願致します」
 その口調は姿と変わらず非常に美しいものだった。風韻を漂わせた言葉遣いや風貌、全てがこの教室に真新しく心地の良い風を吹かせていた。それは僕の心にも平等に吹き込んできて、気付くと僕は彼女の美貌や言動の全てに惚れてしまっていた。
 彼女はすぐに皆と馴染み人気者になった。生徒達と接するときはいつも笑い輝いていた。でも、何故か僕はその大好きな笑顔は本物なのかと疑ってしまうときがあった。
ある日の下校途中、僕は彼女を見つけた。友人と既に別れて一人だった僕は、なんとなく彼女の後をつけてみた。
 微妙に賑わった商店街を抜け、車の全く通らない田圃道を通り、青い空が黄金色に染まり始めた頃、辿り着いたのは人気のない森の入り口だった。一体、彼女は何の目的でここまでやってきたのだろうか……。
 しばらく観察をしてみると、彼女は木々の下に置かれている小さなダンボール箱に近づいていった。そして、何かをしたかと思うと、微笑しながら軽やかなステップで森の奥のほうへと歩いていった。
 僕はそのダンボール箱をそっと覗いてみた。そこには無残で凄惨な光景が広がっていた。僕は驚き尻餅をついてしまった。四足全てが綺麗サッパリ切り取られた子猫がグッタリと寝転んでいたのだ。当たり前のように切断面からは赤い血がひたすら流れ出ていた。また、何故か切り取られた足の皮は全て剥がされていた。僕は勢い良く胃液が逆流してくるのを感じた。そして、抵抗することなく内容物を外界へと吐き出してしまった。
 この嫌悪感は醜悪な姿だけが原因ではなかった。猫の被った皮を完膚なきまでに削ぎ落としてやる、という彼女の意思が僕に容赦なく襲いかかってきたからであった。何故、彼女はこのようなことを……。
 恋心と恐怖心とを併せ持った奇妙な感覚が僕の中をグルグルと回っていたある日、商店街の店先で油揚げを買おうとしている彼女を見つけた。学校で見せる天使のような笑顔で店員と話していた。
 僕は彼女に話しかけてみようと思い、彼女の肩にゆっくりと触れた。すると、彼女は驚いた声を上げ、しゃがみこんでしまった。
「あ、ごめん。そんなに驚くとは思ってなくて……ん、あれ、それ……」
 僕はしゃがみこんだ彼女のスカートの中から何かが飛び出ているのを見つけた。それは狐色で先端が少し白くなっている長い尾だった。
 彼女は僕の驚愕した反応に対して、えっ、と不思議そうな声を上げ、後ろを振り向きながらその尾を手で触れた。そして、ぎょっとした顔をしたかと思うと、尾を見えないように仕舞い、その場から走り去ってしまった。夕焼けの光はどこか哀しげに彼女を照らしていた。何故、彼女は……。
 翌日、彼女は学校へやって来なかった。その次の日も、その次の週もずっとやって来なかった。先生は転校したと一言言っただけだった。
 僕は家の居間で埋まるはずのない穴を必死に埋めていた。彼女が人間ではなく、狐が化けた姿だったのがとても信じられなかった。どこからどう見ても彼女は美しく、可憐で、清純で、そして人間だった。だから、僕はそこに惚れた。そんな人間だから惚れた。それなのに、僕は化けの皮を剥がすような行為を二度もしてしまい、転校させてしまった。
僕含め誰もが決して明かされたくない秘密を持っている。その秘密は醜い皮によって守られている。それは如何なる理由があろうと引き裂いてはいけないのだ。
 突如、居間に母が現れ、僕の目の前にやってきた。母は買い物に行っていると思い込んでいた僕は、突然の登場に心臓が飛び上がる思いになった。
「もうすぐ夕飯だから待ってなさいね……あら、あんた、しっかりと仕舞いなさい。人様にばれたらどうするのよ。まあ、でも、そこまで心配する必要はないわね。学校含めこの辺一体は、みんな同じ秘密を共有しているんだから」
 僕は母の注意を受け、はみ出た尾をそっと仕舞った。あの時の彼女のように。
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