０３．賞金を求めて
交易街ニュー・インでリオ・フリージア・ターナーが学んだのは「友達というものは思っていたよりもなかなかできない」ということだった。
ストレート・クロスでの苦い初体験から反省し、服装をガスパーたちのようなアウトロー風のものにすべて買い替え、自分用の帽子もアランに買ってもらった。鏡の前で一丁前に荒革のジャケットの襟をうなじに叩きつけていれば信頼が買えるなら牧師だってそうする。その真理にリオは気づいていなかった。
リオは学んだ。
つまり、人間関係というものは『流行』である。それも内輪の中でこそ発揮される流行り廃りこそがティーンエイジャーたちの美徳なのだ。だが悲しいかなムーン・ライト・リヴァーを超えて交易街までやってきた田舎娘には少々荷が重かった。帽子屋のせがれのアレックスと酒場の看板娘ナタリーがとうとう真夜中の厩舎の中で結ばれたという猥談を隠語にスラングを織り交ぜて話された日には、リオの耳にはアレックスとナタリーが身体全体で干草まみれの厩舎を端から端まで掃除したという奇天烈な話にしか聞こえなかったし、話の腰を折りまくって質問した挙句には酒場の仲良し五人組テーブルから締め出されるのも仕方のないことだった。
酒場から追い出されたリオは青空に誓う。狙うなら友達のいないやつだ。友達のいないやつなら、自分と同じようにフレンドシップに枯渇して今にも貧血を起こしそうになっているはずで、まさか友好の握手を交わせないはずもない。
リオはそう信じて真新しい帽子のつばを黙って下げた。
深呼吸をあと二回だけしたら、元気になろうと決めた。
○
リオが酒場の若者相手に途方もない戦いを挑んでいる間、アランはバーテン相手に賞金首の情報を集めていた。それも単独のやつをだ。ごろつきの寄せ集まりやギャング団は頭数が多いために賞金は稼げるが
、一人で相手をするのには少々骨が折れる。殺し切る自信はあったが、今のアランにはリオがいる。守り切れる保証はない。ストレート・クロスでのごろつき掃討戦では血の濃さを信じずにはいられない奮闘ぶりをリオは見せた。これが息子だったら鼻を高くして自慢しているところだ。だが、リオはアランによく似たタフな男ではなく、まだ十五の少女なのだ。ゴロの巻き合いでいくらかの素質を見せられたところで、それを喜ぶ親父はいないだろう。
この旅の間、リオと戦闘を隔離しておかねばならないとアランは堅く亡き妻に誓っていた。神との誓いよりも重いとアランは思っている。
「なあ、頼むよ」
「……勘弁してくれないかな」
若いバーテンはアシがついて自分に追求が及ぶのを嫌がり、なかなか口を割らなかった。何度も視線で壁に貼ってある執行官の太鼓判つきの手配書を見やり、情報を得るのは壁からにしてくれと何度もアランの目に訴えてきた。壁なら穴が空いても塞げるが、俺の身体はそうじゃないんだぜ、ミスター。
「そこをなんとか頼んでるんだ。ナマの情報が欲しいんだよ。ここでグラス磨いていればどこの誰がどこへいくなんていうのは寝ぼけてたって耳に残るだろう。そしてきっとあんたの耳なら、一匹狼の独り言だって聞き逃がさないはずさ」
「ミスター、その褒め方はどうかと思うな。俺はバーテンなんだよ。酒を注ぐのが仕事だ」
「ああ、知ってる。だからできるだけ、最後の手段は使わないよう、お願いしているんだ」
「最後の手段？」
「これさ」
アランは辛気臭い顔で、秘密でも打ち明けるようにテーブルにきっちり添えた一ドル札を三枚出してみせた。バーテンの顔に苦笑が走った。
「そうとも、俺はバーテンさ。バーテンは夢を見ない、銃を持たない。――金でしか動かない」
あかぎれひとつない手で札を引くと、バーテンは語り始めた。その目がアランを見つつも、周囲に耳をそば立てているやからがいないかと光っている。
「レイジィ・ブルー」とバーテンは言った。
「先住民上がりのガンマンだ。歳は二十、身長は一七〇センチと四分の三。ネイティヴ特有の肌をしてるが、肉質は細身だ。髪は黒、だが常に櫛を入れていて紳士ぶってる。顔に青い馬の刺青。育ての親ごと自分の部族を捨ててアウトローになった卑劣漢さ」
「腕は」
「立つ。クイックドローだ。鮮血のリチャードと嘆きのマッコイが蜂の巣にされてココナッツ・ストリート脇に埋められた。まだ二月前の話だ」
「道理で聞いたことのない名前だと思った」
「あの二人の名前を知らないとは、あんた、ヒヨッコか？ やめといた方がいいぜ、教えるには教えたがね、レイジィ・ブルーは単独行動の一匹狼だが、俺なら馬鹿しかいないギャング団の方を狙うよ。そっちの方が稼ぎもいいし楽だ」
「ありがとう。だが、こっちも早撃ちには自信がある」
「みんなそう言うんだ。――ブルーは『ラスティ・グレイブ』に向かったらしい。やつにはなじみの旅籠町だ、しばらく滞在する気だろう」
アランはバーテンに苦みばしった笑みを返して、酒場を出た。途端に西部の嫌がらせにしか思えない真昼の日差しが頭から降り注いできた。何年経ってもこの暑さにだけは慣れない。この灼熱が若者たちの脳を焼いてしまって、アウトローやガンマンなどという悪夢を生み出してしまったのではないかとアランは半ば本気で信じている。
「……パパ」
店の前で、リオが待っていた。俯いている。背中で様子を聞いていたからアランにも様子はだいたいわかっている。あの場のリオに残されたカードは戦略的撤退しかなかった。
アランはぽんぽんとリオの頭を叩いた。
「気を落とすな。この町は都会かぶれした子が多いんだろう。昔から、あまり素朴な関係を作るのには向いていない町だった」
リオはすがるような顔をした。
「パパもそうだった？ パパも酒場で相手されなかった？」
「うん――」
本当は猿山の大将のように威張り散らしていたのだが、娘の前で過去の汚点をひけらかすわけにもいかない。
「まァ、パパを好きになってくれるような人は、この町にはいなかったね」
「そっかあ、じゃあ仕方ないね。パパみたいなステキな人でも相手にしないなんて、この町ヘンだよ」
「うん――そう？ パパってステキかい？」アランの口元がひくひくとにやけている。
リオはひまわりもかすむ笑顔になって、
「うん、ステキ！ わたし、パパより格好いい男の人って会ったことないよ？」
「そうか……そうかあ」
「自信持って、パパ！」
「ありがとう、リオ……ん？」
いったいどうして自分が励まされているのか、アランは話の流れが読めずに小首をかしげた。
その額が最近、広くなってきていることをリオは自分の胸にだけ秘めて言わないことにしている。
「それで、パパ、次の目的地は？」
「ああ、ラスティ・グレイブという宿町だ」
「へええ――ねえ、そこには噴水ってあるかな？」
「噴水？ おそらくないと思うが――どうして？」
「見てみたいの、まだ、絵本の中でしか見たことがないから」
「ああ、そうか――」アランは遠い目をして頷いた。
「そうだな、おまえはまだ見たことがないものがたくさんある。この旅は、必ずしもいいことばかりじゃないかもしれないが、リオ、パパはきみにいろんなものを見て、成長していって欲しいと思うよ」
「じゃあ、いつか噴水のある町に連れてってくれる？」
「もちろん」
リオはアランの袖を引っ張った。アランが身を屈めると、その頬にちゅっとキスをした。
「ありがと、パパ」
アランはその日、とても長い日記を書く羽目になった。