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第1話 vs 坊主

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虚言で大衆を惑わすことなど、真実を正確に伝えることに比べれば此れはるかに容易い
哲学者:ジャン=ポール・サルトル

これは或る一人の人間の真実の物語である。
この話は全て真実であり、この者は確かに存在する。

・・・ ・・・

今よりも少しだけ科学がすすんだ近未来、
ラーメン二郎は食品の域を超え、一つの文化として世界中の老若男女に愛されるようになっていた。

二郎を愛するものはジロリアンと呼ばれ、
特にその中でも二郎を使ったバトルを生業とするものを人々は尊敬と軽蔑の念を込めてこう呼んだ。

ロットファイターと・・・ ・・・



ラーメン大龍 武之柄店
ここは二郎インスパイア店、地元に二郎がない人々のために有志が経営をはじめた店である。
所詮インスパイアというなかれ、ここではロットファイター達が日々腕を磨き、時に熱いロットバトルが行われる。

そして、此処にもカネシに心を奪われしロットファイターが一人… …

「二刀天地返しッ!」

ワタシはそう叫ぶやいなや天高く積まれた野菜をひっくり返した。
野菜の回転とともに周りにニンニク臭のするスープが大量に四散する。


「グッ、天地返しとはそれも二刀… …、顔に似合わずヌシもなかなか古い技を使いよる。」

袈裟懸け姿の坊主が静かにつぶやいた。
言葉では平静を装いつつも、その顔には焦りの表情が見える。
だが、そこは歴戦の猛者、すぐに心を平常へと戻す。

「ヌシがそのような技をみせたのでは、こちらも一つ何かお見せせねばなるまい。」
「理倒流極覇奥義 鉄指通随破ッ!」

そう叫ぶやいなや、坊主は右手にもった割り箸を食券機横のゴミ箱に投げ捨てた。
目にも止まらぬスピードにワタシは思わず、その箸の行く先を追ってしまった。

「隙ありィッ!」

坊主はワタシの隙をつくと右手のひらをドンブリに突っ込み、素手でニンニクまみれの野菜を食べ始めた。
坊主の思惑に気がついたときには既に出遅れていた。

感覚でいえば0.2ロット差であろうか。
素人同士のバトルでは大した差ではないが、プロファイター同士では0.1ロットの差が勝負を決する。

「どうだ、幼き日より熱波湯修練で鍛え上げたこの指、インスパイア店のスープなどではビクともせんわ」

熱波湯修練とは江戸時代の豪傑、宮川清蔵が考えだした壮絶なる修行法である。
その修業は始め64度のお湯に手を入れることからはじまり、修行がすすむにつれ徐々にその温度をあげていく。
だが、この修行に耐えられるものは理倒流でも40人に1人程しかおらず、修行中に命を落とすものも少なくない。
熱波湯修練を極めた達人であれば120℃の熱湯にさえ耐えるといわれている。

「不熱!不腹!不食!
 心頭滅すれば、煮汁など熱くもなんともないわぁ!」

一つ一つの言葉がワタシの精神に追い打ちをかける。
そして、坊主が野菜と麺を仕上げ、いよいよスープを飲み干す体制にうつる。

「もう駄目か… …」

度重なる精神攻撃に精魂尽き果て、箸を置き、諦めかけたその時、
ワタシはあることに気がついた。

「煮汁… …」


敗戦間近からの逆転に気がついたワタシは静かにつぶやいた。

「おい、坊主 
 お前は一つ重大なミスを犯している。」

「なにぃ?言い訳をするのは勝負が終わってからにしてもらおうか?」

「言い訳などではない!一つ忠告をしておこう、お前は既に敗北している。」

「なっ、なんだと!」


坊主が動揺している隙にワタシは麺と野菜を平らげた。


「ワタシが勝負の始めに天地返しをしたのは覚えているか?」

「そんなことは覚えておる。あんなものは所詮、野菜を冷ますための児戯にすぎんわ」

「天地返しをただの野菜を冷やすための技だとは… … 理倒流が聞いて呆れる。
 ドンブリのスープを良く見てみよ!」

「なっ、これはッ… …」

両者ともに野菜、麺ともに処理を終えていた。
ただ、ドンブリを良く見ると
坊主のスープがドンブリ8分目ほど残っているのに対し、
ワタシのドンブリにはスープがほとんどのこっていなかった。

「オヌシ、はかりおったな… …」

そう、ワタシは始めの二刀天地返しを行った際にドンブリ内の
スープの大半を周囲に撒き散らすことでスープを飲むことなく処理していたのである。


坊主がスープの差に気がつき、ドンブリに手をかけた時にはワタシは残りのスープを既に飲み終えていた。
同時に坊主がドンブリに顔を突っ込んで倒れた。

「最期にオヌシの名前を聞かせてくれ」

「私の名前は」
「ヤサイマシマシニンニクアジコイメ」

ワタシはドンブリをカウンターにあげながら名前を伝えようとするもコールの声にかき消されてしまった。

「カネシと共に在れ」
ワタシの名前が聞き取れたのか、坊主は一言つぶやくと同時に命の灯火も燃え尽きてしまったようだ。

坊主の亡骸を背に店を出るワタシ。
勝負の始めに坊主にいわれた言葉を思い出す。

「止まるも地獄、行くも地獄、真(まこと)二郎とは修羅の道よ。」

二郎とは正に修羅の道、この先に待つものは何かッ!?
それは安息の道でないことは確かである。
だが、死すならば戦いの荒野で。

勝負を終えつかの間のやすらぎを得ようとするワタシ。




だが、全身から二郎の臭い漂わせつつ、遠くからワタシを眺める人間が一人
「二刀天地返し 一閃とは… …
 また、一人 ロットの世界に足を踏み入れたか… …」


つづく
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