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サイコロステーキ

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 特にやる事も無いので、とりあえず少しだけ寝る事にした陽が目を覚ますと
部屋の中は真っ暗で窓からは月明かりが差し込んでいた。それを見た陽は
現在時刻を確認するため、蛍光塗料のほのかな明かりが示す時計の文字盤を覗き込む。

「……10時かよ。やべぇ、寝過ぎた」

 由江との約束があるのにも関わらず、こんな時間まで寝てしまったのはまずい。そう思い
陽は焦ったが、よく考えたら寝ていたとはいえ自分はずっと部屋にいたわけで、既に
由江が部屋を訪れていたら彼女の性格から考えて自分の事を起こさないわけがないので、そう
考えるとまだ由江は部屋を訪れていない。という推察に
少し時間が経ってから陽は辿り着いた。

(何だよ、別に慌てる事ねーじゃん)

 自身の推察からそう考えるに至った陽は、ゆったりとした動きでベットから起き上がると
窓のカーテンを引き、真っ暗な部屋に電気を灯す。すると、いきなり
目の前に椅子に座ったまま足を組んだ由江が姿を現した。

「うおお! ……何だよ、びっくりすんだろ!」

 思わず叫びながら後退りする陽。一方の由江はいつもの様に無駄に偉そうで、それでいて
どこか冷めたような口調で陽に話す。

「ようやく起きたのか。待ちくたびれたぞ」

「居るんなら待ってないで起こせよ……」

「色々試したい事があったからな」

 そう言って不敵に笑う由江。その笑みに得体の知れない
気持ち悪さを感じた陽は、由江を問いただす。

「……何か変な事してないだろうな」

「もうっ、エロゲーじゃないんだからいやらしいコト期待しちゃダメよ♪」

「はいはい、すいません。で、用件は?」

 陽は由江のふざけた返しを軽く受け流す。出会ってから二日目にして
早くも彼女の扱い方が分かってきたようだが、当の由江は
軽く流された事が不満なようで、表情が険しくなる。

「面白くない奴だ。そういうユーモアが無いからイジメられるんだぞ」

 陽からそっぽを向き、吐き捨てるように言い放つ由江であったが、由江自身も
遊んでいる場合ではないようで、すぐに陽に向き直り用件を告げた。

「これが何に見えるか答えてみろ」

 そう言うと由江は陽の学習机の上から何かを手に取り、陽に見せる。

「……サイコロステーキ?」

 由江の手の平に乗っていたものは長さ2cm、厚さ1cmほどの
サイコロステーキらしき物体であった。

「ほう、そう見えるか」

 陽の言葉に対して由江は感心したような声を上げると、何やら手帳にメモを取る。

「てか、どっから持ってきたんだよそれ」

「そんな事より、それを食べてみろ」

「生で食えるわけねーだろ」

「……じゃあ、台所で焼いてきてやるから待ってろ」

 由江の要求を拒否した陽に対して、あっさりと譲歩し解決策を講じる由江。
 いつもなら文句の一つは言うであろう由江の妙に素直な対応に違和感を感じる
陽であったが、そもそも何故机の上にサイコロステーキがあって、それを
わざわざ自分に見せるのかという事の方が気に掛かったので、感じた違和感に関して
深く考えることもせず、ただ台所に向かう由江を見送った。
 それから少し経ってから部屋に戻ってきた由江は小皿を手にしており、小皿の上には
熱せられて油の浮いたサイコロステーキが乗っていた。

「焼いてきてやったぞ。さっさと食え」

「え~、マジかよ……」

 机の上にあったサイコロステーキって衛生面は大丈夫なのか? などと考え
陽は躊躇するが、それに構わず由江は小皿を陽に突き出す。
 それを見てようやく観念したのか、陽は小皿に乗ったサイコロステーキに刺さった
つまようじに手を伸ばし、恐る恐る口に運ぶ。だが、予想外にも舌先に乗せた肉からは
溢れ出した肉汁と食欲をそそる香ばしい匂いが立ち上っており
それに釣られて陽は思わず肉を咀嚼する。

「ん! 何だこれ、すげぇ弾力あんだけど」

「そうか、まぁそうだろうな」

 陽の言葉に由江は妙に納得した声で頷くと、満足気な様子で陽に言う。

「おかげで大体の事は分かった。もう今日は終わりでいいぞ」

「いや、終わりでいいぞってここ俺の部屋だし。終わったなら出て行けよ」

「分かった分かった。じゃあ、お休み」

 陽の不遜な態度にも由江は笑顔で応え、足取りも軽く部屋から出て行った。一方の陽は
何やら狐につままれたような気分になると共に、口の中にあるサイコロステーキから
先程までは感じなかった違和感を感じた。
 噛んでもただ弾力があるだけで噛み切れず、そのうえ肉からはまるで
肉汁が出て来ないのである。もはや口に入れた時の肉汁と香ばしい匂いはそもそも肉から
出ていたのかすら疑わしいレベルである。
 何だか気持ち悪くなった陽はティッシュを引き抜くと口に当て、サイコロステーキを
吐き出す。口に入れたのは果たして本当にサイコロステーキだったのか、目視して
確認する事にしたのだ。
 しかし当然であるが、吐き出した物体は確かにサイコロステーキであった。
 だが、不思議な事に噛んだのにまるで形を変えておらず、それを見てますます
気分が悪くなった陽は、そのままティッシュを丸めるとごみ箱に投げ込む。
 いま口の中に入れたのは本当にサイコロステーキだったのか? 似せて
作った食い物ですらない物ではないだろうか?
 だが、そんな事いくら考えても明確な答えが出て来る筈もない事を
学習しつつあった陽は、深く考える事を放棄するしかなく、いっそのこと寝て忘れて
しまおうと思い、階下の洗面所で歯を磨くと明日に備えてさっさと床に入る事にした。

 翌朝、目が覚めた時に特に体に不調をきたした訳でも無かった陽は、昨夜の事を
寝たら忘れてしまったのか、まったく気に掛ける様子も無く何時ものように
朝食を食べ、何時ものように登校し、何時ものように授業を受けていた。

「なぁ、このネルスキュラとかいうの倒せねーんだけど協力してくんね?」

 授業中にも関わらず陽に3DSを差し出す誠、そしてそれに対して困惑する陽。
 誠が授業を真面目に受けないのはいつもの事なので、その様子を特に
気に留める事もない級友達であるが、教師にとってはそう簡単に割り切れる事ではないようで
うんざりした顔で陽と誠のやり取りを眺めていた。
 その視線を感じ取った陽は、迷惑そうに誠に言葉を返す。

「おい、いま授業中だろ」

「え? それがどうしたん?」

 まるで悪びれる様子もなくそう答える誠。それを聞いた陽は、これは自分が
何を言っても無駄だと思い、授業を行っている教師に話を振った。 

「先生、授業中にゲームなんてダメですよね?」

 常識的に考えて当たり前の事を聞く陽。だが、教師から
返って来たのは陽が期待した答えとは違っていた。

「……まぁ、時と場合によるんじゃないか」

 引きつった顔でそう答える教師。その胸中には複雑なものがあるのであろう。だが、そんな
教師の心中などまるで気に留めない誠は、無駄に明るい声で陽に対して話を続ける。

「先生がいいって言ってんだからやろうぜ」

「……分かったよ。でも、今やってる問題終わらせてからな」

 そう言って机に向かう陽であったが、問題を検算するうちに計算が間違っている事に気付き
消しゴムを探すが見付からない。誰かに借りようにも借りれるような人間は……。

「……あのさ、消しゴム貸してくんね?」

「ん? いいよ。取ってくるわ」

 消しゴムを取りに自分の机に戻る誠。誠がいなくなると、隣の女子がうざったそうに
陽を見るが、陽にとってはいい迷惑である。陽がいる所為で誠が近くに来て
うざい思いをさせているのだから全く非が無い訳でもないがある意味で
陽自身も被害者なのだからとんだとばっちりである。

「ほい、消しゴム」

「ああ、どうも」

 誠から放り投げられた物を片手でキャッチする陽。だが、陽が手を開いた時目にしたのは
消しゴムではなかった。

「なんでサイコロステーキなんだよ!」

「は? 何が?」

 思わず突っ込みを入れる陽であったが、誠の反応は陽にとっては白々しいものであった。

「何がじゃねーよ! どこに隠してたそんなもん」

 昨日の由江といいこいつといい、サイコロステーキ押しで笑いを取ろうとでも
考えているのか? と、陽は考えたが、それよりも授業中に大声で突っ込んでしまったので
ただでさえ冷たい周囲の視線がますます酷くなるのではないかと気になった。

「大声を出すな大谷、授業中だぞ」

 案の定、教師に注意される陽であったが、自分だけ注意されるのが納得が行かなかった陽は
教師に向かって反論する。

「でも先生、ふざけて生肉なんて持って来るのは食べ物を粗末にしてると思いませんか?」

「……生肉なんて誰が持って来てるんだ?」

「持って来てるでしょう。ほら、これですよ」

 陽はそう言って誠から受け取ったサイコロステーキを頭上に掲げ、先生に見せる。

「ただの消しゴムじゃないか。ふざけてるのか? 大谷」

「いや、何言ってるんですか先生」

 教師からの思わぬ返答に困惑する陽。教師がとぼけているのかそれとも
自分がおかしな事を言っているのか判断がつかず、思わず周囲の様子を窺う。

「え、あいつなに言ってんの? なにがサイコロステーキなの?」

「なんかのネタじゃねーの? 滑ってるけど」

 聞こえてくる級友達の反応は酷く白けたものであり、その反応を見た陽は
自分以外の人間にまた何かが起こっていると確信し、改めて注意深く周りの様子を窺う。
 するとそこで、周りの席の級友の机の上にもサイコロステーキが置いてある
のを発見する。見間違いかと思わず二度見するが、間違いなくサイコロステーキであり
さらに周囲をよく見ると級友達はみな机の上にサイコロステーキを置いている。

(……またあの女の洗脳か?)

 真っ先にその考えが陽の脳裏に浮かんだが、由江の行動は自分の予測を遥かに
上回っているので、正確な所は考えても分からない。なので直接問い質した方が
良いだろうと思い、授業中にも関わらず陽は教室を出て行こうとする。

「何処に行くんだ大谷。席に戻れ! まだ授業中だぞ?」

「すいません。急用ができました」

 そう言い残して陽が教室を出た時に、まだ後ろから教師の声が聞こえたが、正直言って
何を言っても教師が納得する説明ができないような気がしたので陽はあえてそれを無視した。
 しかし、そうやって勢い良く教室を出たまでは良かったのだが
時間が経つとだんだん冷静になってきて、陽は色々と思い悩む羽目になる。

(もしかして、俺もすでに洗脳されてる?)

 いくら予想外の出来事があったとはいえ、授業中に大した理由も無く
教室を抜け出すのは非常識であるし、陽自身も今までこういった事をした経験はない。
 そんな大胆な行動を何の躊躇も無く実行に移すあたり、確かに今までの自分とは
変わってきていると言わざるを得ない。しかし、そもそも由江の行動自体が非常識すぎて
それに感化されて一般常識に対する認識が麻痺してしまっている可能性もあり、結局は
自分自身の主観的な視点からの自己分析ではよく分からない。

 それに、勢いで教室を飛び出したはいいがそもそも授業中は由江も
他のクラスで授業をしている筈だし、問い質した所で何時ものように適当に
あしらわれて終わりか、それともまた何かしらの条件を付けられるか、考えれば考えるほど
うまく行きそうに無くて気が重くなってきてしまう。
 素直に教室に戻って先生への謝罪の言葉を考えようかと思い始めた矢先
陽は後ろから声を掛けられる。

「あら陽くん、授業中なのにどうしたの?」

 奇遇? にも声の主は、陽が探していた由江であった。
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