第11話 それからとこれから
全国高校生デュエル大会本戦決勝にて神之上高校決闘部が優勝を果たしたその30分後。表彰式も無事に終了し、控室に戻ろうとした時の事だった。
「あの、すいません。私ちょっと行きたいところがあるので先に行っててください」
璃奈は急に立ち止まると、そう言って別方向へと体を向ける。
「トイレなら控室の横にあるだろ」
「違いますっ! その、宮路森高校の控室に行こうと思ったんです」
「ん? 何か用事でもあるの、璃奈ちゃん?」
「ああ、いえ。用事と言うほどの事でもないんですけど、十時さんたちに挨拶もしたいですし、喜多見さんにも美里ちゃんのことでお礼とかも言いたいですし、それにせっかく仲良くなれたのでメアドも交換したいなーって思いまして」
「喜多見さんの所に行くなら私も着いていくよ。お世話になったのは私なんだし……けほっ」
「美里ちゃんは安静にしててください。美里ちゃんの連絡先も伝えておきますから」
「ううっ……それじゃお願いね……」
「じゃあ俺たちは先に戻って帰り支度を済ませとくよ」
「はい、お願いします」
十字に分かれている通路を璃奈は右に曲がり、残り5人は左に進んだ。
事の始まりは、ここからだったのかもしれない。
ここで二手に分かれたことがいけなかったのか、璃奈が別行動をとったのがいけなかったのか、もしくはこの大会に優勝してしまったことがいけなかったのか、はたまたこの大会に参加してしまったことがいけなかったのか、開催日が今日だったことがいけなかったのか……。ここまで言ってしまっては切りがなくなってしまうが、そもそも何もいけない事など無かったのかもしれない。
もしも運命と言うものがあるのならば、これは避けようのない定められた結果だったのかもしれない。しかしながら白神玄はこれから起きる事に対し。
「人が決められた運命通りにしか生きられないとは思はないし思いたくもないし思ったこともないけど、きっと「あいつ」はどんな未来にでも……どんな運命にだろうと当たり前のように割り込んできただろうぜ。何がいけなかったのかって言うなら、どう考えたって、どんなに考えたって悪いのは「あいつ」だよ」
と言ったに違い。
兎にも角にも、これから起こる事態……と言ってしまうのは大袈裟かもしれないが、そう言ってしまいたくなるほどに、とある2人の来訪者の登場は神之上高校決闘部一同の運命を大きく左右することになる。
11 ― お願い ―
「あ、クロー!! 優勝おめでとうなんだよーっ!」
控室へと向かう途中、偶然にもアンナたち栖鳳学園決闘部と鉢合わせた。
「アンナ……なんだ、みんな来てたのか。全然気づかなかった」
「応援しに来たんだけどねー、遅れちゃって最後の方しか見れなかったんだよ」
そう言いながらきょろきょろと首を忙しなく動かす。
「んー? リナがいないんだよ?」
「ああ、璃奈ならさっき針間先輩たちの所に行ったよ。世話になった挨拶だとよ。律儀だよなー」
「早川さんって良い子よね。一家に一人欲しいわ」
「いいでしょー。あげないわよ?」
そんな他愛もない会話をしているうちに控室の前に到着する。
「控室はそんな広いわけでもないからアンナたちは部屋の外で待ってろよ」
「はーい!」
そして玄がドアノブに手を掛け、鍵を取り出そうとポケットに手を入れた瞬間、ガチャとドアノブが回転しドアが開いた。
(ん? 鍵が掛かってない……? 掛け忘れ……はないはずなんだけどな)
疑問に思いながらもドアを開けると――。
「なんだ、存外来るのが遅かったじゃないか」
「!?」
誰もいないはずの控室の椅子に一人の男が足を組んで座っていた。
手には一冊の本、近くのテーブルの上にはマグカップ(中身はコーヒーのようだ)が置かれており、まるで自分の部屋かのようにくつろいでいる。
「まったく、暇潰しに本を持ってきておいて正解だったよ。読書でもしていなかったら今頃飽きて帰っていたかもしれないね」
そう言いながら男は立ち上がり、パタンと本を閉じた。
中性的な顔立ちに、肩のあたりで切り揃えられた金髪が地毛のようであることや顔の雰囲気から、その男が外国人であることはすぐにわかった。
「ん? おいおい、何を絶句しているんだい? 僕は自分の事を美形だとは自負しているけれど、言葉を失うほどのものではないだろう? なぁ、クロ?」
そう言って玄の方へと視線を移す。
「玄くんのお知り合い?」
「まぁ……な。おいエル、てめぇがなんでここにいるんだよ。つーか、どうやって鍵を開けやがった」
「僕の財力にかかればあの程度の鍵はあってないようなものだよ」
その手には見たことのないような小型の機械が握られていた。先端の尖った様子を見るに、おそらくピッキングのための機械なのだろう。
「ちっ……まぁそっちに関してはこの際どうでもいい。それより、どうしててめぇがここにいるかって聞いてるんだよ」
「ああ、それは……」
「クロー? 中に誰かいるのー?」
と、そこでアンナがドアからひょこっと顔を覗かせた。そして次の瞬間にはドアは全開となり、アンナの小さな両手を覆うようにして男が握りしめていた。
「おおっアンナ!! こんなところで会えるなんてなんという行幸! ああ運命を感じてしまうよ!」
「うっ、ええっ、なん……なんでエルがこんなところにいるの!? びっくりなんだよ!?」
そんなアンナのリアクションも聞こえていないのか、エルと呼ばれたそのと男は恍惚の表情を浮かべていた。
「ちょっ、ちょっと、あなたさっきからやりたい方だだけど、いったい誰なのよ!」
痺れを切らせた真子が男に向かって声を張り上げる。すると男は真子を横目で捉え、目をカッと開いた。
「これはこれは……僕の瞳がアンナだけを見つめてしまっていたせいで気付くのが遅れてしまったけど、なんて可憐な少女だ」
アンナの手を握りながらも顔を真子の方へと向け、賛美の声を上げた。
「え、えっと、そう言われると照れるわね……」
すると男は照れる真子の右手をおもむろに取り、手の甲に自分の唇を当てた。
「「「!!?」」」
「ひゃぁっ!? なっ、何すんのよぉー!?」
手を振り払い猛スピードで音無の後ろに隠れる真子。よく見ると小刻みにカタカタと震えている。男の突然の行動に理解が追いつかず怖かったのだろうと想像できる。
「ただの挨拶だというのに……。おっと、申し遅れたね。僕の名は……」
「エルメネルビド・モンテシーノス。アメリカの資産家、モンテシーノス家の一人息子で、子供の玩具からダイナマイトまで作ってるモンテシーノスコーポレーションの現社長だ。歳は……確か25だったかな」
「僕の台詞を取らないでくれよ。まぁ、いいか。改めましてエルメネルビド・モンテシーノスです。気軽にエルと呼んでくれるとうれしいね。まぁ立ち話もなんだし、座るといいよ」
「いや、ここ俺らの控室なんだけどな……」
一先ず、外に待たせている栖鳳学園のメンバーも控室に招き入れ、椅子が足りないので女性陣は座り、男性陣は立ってエルの話を聞くこととなった。
「それで、肝心の要件はなんなんだよ」
「その前に、僕を紹介するにあたって、重要なことを説明し忘れてるんじゃないかい?」
確かにそれもそうだな、と玄は神妙な雰囲気で口を開いた。
「こいつ重度のロリコンだから、気を付けろよ真子先輩」
あー、とその場にいる全員が納得したように声を漏らした。これでアンナと真子に対する態度の意味が分かった。
「いや、違うよね!?」
「いやいや、お前はロリコンだろ」
「そういう意味じゃなくてほかにもっと重要な情報あるよね!?」
「ん? お前からロリコンを除いたらただのタンパク質の塊だろ。他に説明のしようなんてないぞ」
「だから、僕が『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』第9位、ピスケスの称号を持つデュエリストってことを説明し忘れてるってことだよ!!」
数瞬の静寂が訪れる。だが、それは驚きと言うよりは拍子抜けの感情からくる静寂だった。
「……なんか、みんな反応薄いね。ここはもっと驚くべきシーンだと思うんだけど……」
「えっと、エルさん……でいいんだよね。何と言うか慣れたと言うか……」
「正直、白神君とアンナちゃんの知り合いという時点で若干予想できていたしね」
「つーか、9位ってことは宮路森にいる2人よりも弱いってことだろ。そりゃ反応薄くもなるよな」
この4ヶ月間で玄を含めればすでに4人の『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』と出会っている神之上高校決闘部。今さら5人目が出て来ようとも大した驚きにはならなかった。
「…………………………本題に入ろうか」
何か諦めたようにエルは話を戻した。元々脱線させ続けていたのは彼自身なのだが、その当たりは誰もつっこまないでおいた。
「実は君たちを僕らが主催するデュエル大会に招待しようと思ってね」
(また大会かよ……)
「これから2週間後、8月29日から31日までの3日間、決闘島(デュエルアイランド)で開催されるGDCS(ゴールド・デュエル・チャンピオン・シップ)の参加者を募っていてね。君たちで大体300人目くらいかな」
300という膨大な数値に驚く一同だったが、それ以上に興味を引くワードがあった。
「デュエルアイランド……って、もしかしてあのデュエルアイランド……!?」
決闘島(デュエルアイランド)――モンテシーノスコーポレーションの子会社であるデュエルカンパニーが5年の年月をかけて作り上げた人工島だ。
日本海南部に作り上げられたその島には、年間5000万近い人が訪れ、今からチケットを取ろうとすると2年先までお預けをくらうっていう話である。
高速型デュエルアトラクション「デュエルジェットコースター」や恐怖型デュエルアトラクション「デュエルホラーハウス」、反射型デュエルアトラクション「デュエルミラールーム」など、100を超えるアトラクションが設置させれている。
また入場者参加型イベントは家族や友人、恋人と一緒に楽しみながら運営から出されるデュエルミッションを攻略し、上位入賞者にはレアカードが商品として与えらる。
そしてデュエルアイランドでのみ販売されているオリジナルパックでは絶版になったカードや、一般販売では手に入らないレアリティのカード(公式には許可を得ている)が封入されており、初心者からコレクターまで多くの人が楽しめるものとなっている。
あまりにも膨大な量のデュエル施設が存在するため1日では回りきれない。しかし観光客へのサービスは万全で、宿泊施設や小型のデパートにフードコート、終いにはデートスポットなんてものも完備されており、島内だけで一ヶ月以上暮らせてしい、デュエリストならば一度は行ってみたい場所として名を挙げられる。
「それで、300だとかアホみたいな人数集めて何するつもりだよ? どうせまたなんか企んでるんだろ?」
「企むとは心外だね。それに、最終的には当日参加も含めて合計で800人程度を考えているよ。今も僕の部下や仲間が世界各国から様々なデュエリストを集めてくれているはずさ。それに……この大会には大きな目玉があってね」
「大きな目玉……? 豪華な優勝賞品でもあるのかよ?」
「確かに賞品も豪華なものを用意させてもらってるよ。でもある意味ではそれ以上の豪華なサプライズ……現在行方が掴めない3名を除いたすべての『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』が参加する予定なのさ……!」
「なっ……!?」
元々『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』は12名のデュエリストがチームを組んでいたもので、多くの状況で全員が行動を共にしていることが多かった。
しかし、「ある事件」をきっかけに団体行動することを止め、元よりコネンクションの深いもの同士でもない限り会うことはほとんどなくなっていた。その彼らが一堂に会すと言うのは中々に起こりえない事態だった。
「エル……まさか「あいつ」も……来るのか?」
「「あいつ」……? ああそうか彼か。そういえば君は彼と因縁があるんだったね。いるよ、もちろんね」
「そうか……」
僅かに俯いた玄がそう呟いた。その表情は、座っていてなおかつ角度的にも美里だけが唯一明確に確認することができた。
(玄くんの雰囲気がちょっと変? 楽しそうにも見えるし、悲しそうにも見えるし、怒ってるようにも見えるし、怖がってるようにも見える。璃奈ちゃんならこういう雰囲気もうまく感じ取れるんだろうけど……)
と、そこで不意に思い出す。
(そういえば、璃奈ちゃん遅いなぁ……)
璃奈と別れてからかれこれ30分は経っている。向こうの控室までは5~6分程度で往復できるはずだが、きっと話が盛り上がっているんだろうと美里は思考をやめた。
「『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』全員ってことは、針間先輩とミハイルの所にもこれから行くのか?」
「いいや、彼らの所へはもう一人が向かってるよ」
視点を変え、時間25分ほど巻き戻す。
早川璃奈は未だに宮路森高校の控室に到着していなかった。道に迷ったわけでもなく、何かアクシデントに巻き込まれたわけでもない。ただ、璃奈の目の前に一人の女性が立っているだけだった。立ち塞がっているわけではないし、そもそも10m近く離れているところにポツンと立っているだけだった。
綺麗に整えられた茶色いロングヘアーに、まるで宝石を思わせるかのようなエメラルドグリーンの瞳。身長はおそらく170㎝程度。顔のつくりからも考えて外国人……ヨーロッパ系の人だろうと璃奈は予測を立てた。そして1分ほど前から、10mも離れたその距離から、その美しい瞳は璃奈だけを捉えていた。口元は薄く笑みを浮かべている。
そして何より――。
(――この人は、『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』です……!)
ここ数か月で『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』とは浅からぬ関係となり始めた彼女の目には、間違いようもなく黄金のオーラが映っていた。
(私の『自殺決闘(アポトーシス)』は、どんな理由であっても「私が追い込まれていると感じると発動する」スタイルです。それはデュエルに限った話ではありません)
つまり現在璃奈は、理由は分からずとも、得体が知れずとも、この女性と向き合っているだけですでに追い込まれていると無意識的に感じてしまっているのだ。
(アンナちゃんのように何にも染まっていないような純粋な黄金でもなく、ミハイルさんのように一点の曇りもない黄金でもなく、針間さんのようにまるで見透かしているような黄金でもなく、クロくんのように全部を混ぜ込んだような黄金でもありません……)
しかし、彼女が纏っている「黄金」と今まで自分が見てきた「黄金」の違いを言葉にできるほど、璃奈には経験も、感性も、知識というものもあまりにも足りず、眼前のそれはあまりにも異様だった。
するとその女性は、一歩、また一歩と璃奈の元へと歩いてきた。何とも言えない危機感に璃奈は身構えるが、そんなことは意にも介さずゆっくりと距離を詰めていく。そして2人の距離は僅か50㎝足らずとなり、ゆっくりと口を開いた。
「あなた――」
外国人とは思えないほど流暢な日本語の透き通った声が璃奈の耳を突き抜け、ほんの一拍置いて続きを口にした。
「結構おっぱい大きいわね」
「何を言ってるんですかっ!!?」
完全に想定外の一言。たった一言で、璃奈がここまで細々と心の中で描写したすべてを台無しにしてしまった。
「いやね、さっき観客席からあなたのデュエルを見てた時はもうちょっと小さいかなー、と思ったのよ。でも実際に会ってみたら案外膨らみが大きくてね。それにしても服越しとは言え結構整った形してるしその上」
「いやどうして当然公然の場で初対面の外国人さんから第一声として私の胸の感想を述べられなければならないのかを聞いてるのであって、別に詳しい説明を求めてるわけじゃないんですよっ!! と言うか私が真面目にデュエルしてる時に何を見てるんですか!! ってもしかしてさっきもずっとこっちを凝視してたのも私の胸を観察してたんですかですよねそうなんですねっ!!?」
「あははー、あなたよく舌咬まないわね? それで、カップ数の話だったかしら?」
「せめて人の話ぐらい聞いてくださいよ!」
ぜぇぜぇと肩で息をする。次々と頭に浮かんでくるつっこみを自分でもびっくりするくらいすらすらと口にして体力が相当持っていかれていた。
「ねぇ、私とデュエルしない?」
「……あなたは脈絡と言う言葉を知らないんですか?」
しかし、実はこの唐突な提案は璃奈にとってそれほど悪いものではなかった。と言うより、彼女から誘ってこなければ自分からデュエルを申し込もうと考えていたのだ。相手は『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』で間違いない。おそらく勝つことはできないだろう。
(それでも、決闘者なら強い人とデュエルしたいと思うのが当然の筈です……!)
「いいですよ。このスタジアム内にはデュエルディスク用の個人デュエルペースもあるはずですし、そっちに向かいましょうか」
見取り図を確認し、1分程度でデュエルスペースに到着した。
「さぁて、始めましょうか」
「えっと……その前に一つ良いですか? あなたは『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』……何ですよね?」
「あら? わかるんだ? ふぅーん、あなた面白いわね」
その割には驚いたようには見えない。そして、何か思いついた様に口元を釣り上げ笑みを浮かべた。
「ねぇねぇ、せっかくだからちょっと賭けをしない?」
「賭け……ですか?」
「あー、賭けって言ってもお金とか物を賭けるわけじゃないわ」
「も、もしかして私の体が目当てですか……」
さっ、と一歩後退し警戒を強めた。
「あーそれもいいかもだけど、もっと単純なので、勝った方が負けた方のお願いを1つだけ聞くって言うのはどうかしら?」
前半部分は聞かなかったことにして、璃奈は警戒を緩めた(警戒を解いたわけではない)。
「別に強制力があるわけじゃないから、負けたってホントに嫌なら反故したって構わないわ。ちょっとしたお遊び感覚でいいわよ」
「お願い……ですか」
「そう、お願い。聞きたいことがあるなら答えるし、やってほしいことがあるならやる。その程度よ」
(聞きたいこと……一つ、たった一つだけあります。今さっき思いついたばかりですけど、それでも確かに一つ)
白神玄の過去に何があったのか。璃奈はそのことについて聞こうと考えていた。
(アンナちゃんや針間さんとの会話から、クロくんの過去に何かあったのは間違いないはずです。クロくんはあまり自分の事を話そうとしてくれませんし、聞いても多分はぐらかされます)
相手は『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』。勝ち目は無いと言ってもいいほどに薄い。しかしそれでも璃奈は試してみたい思った。
「分かりました。その申し出、受けます!」
「それじゃあ今度こそ……」
「「デュエル!!」」
先攻後攻を決めるターンランプは相手の女性のものが点滅した。
「私の先攻ね。ドロー」
一瞬の隙も、一分の油断も許されない相手。その一挙手一投足を見逃すまいと、璃奈は彼女の全身をしっかりとその両目で捉え、気合を入れなおすようにグッと拳を握りしめた。
「モンスターをセット。ターンエンドよ」
第1ターン
女性
LP:8000
手札:5
SM
璃奈
LP:8000
手札:5
無し
(ミハイルさんのように洗練された動作なわけでもありませんし、針間さんのように威圧的なわけでもありません。むしろ他の誰よりも凡庸にすら感じられます。だからと言って、侮ってはいけない相手には変わりありませんし、私が全力を尽くさない理由にもなりません! 最初からフルスロットルで行かせてもらいます!)
「私のターン、ドロー!」
6枚の手札を入念に確認する。
(《E・HERO エアーマン》、《冥府の使者ゴーズ》、《ミラクル・フュージョン》、《聖なるバリア-ミラーフォース-》、《リビングデッドの呼び声》。そして今ドローしたのが《O-オーバーソウル》。初手としてはほぼ完璧と言っていいくらいですね)
「《E・HERO エアーマン》を召喚! その効果でデッキから《E・HERO プリズマー》をサーチします!」
璃奈の行動に迷いはなかった。即座にバトルフェイズへと移行し、《E・HERO エアーマン》でセットモンスターに攻撃宣言をした。
「破壊されたのは《極星獣タングリスニ》。戦闘破壊されたとき《極星獣トークン》2体を特殊召喚する。この効果にチェーンして手札から《極星獣タングニョースト》の効果を発動するわ」
このカードは自分のモンスターが戦闘破壊され墓地へ送られたとき手札から特殊召喚できる。女性は守備表示で特殊召喚し、続いて《極星獣トークン》2体がフィールドに現れた。
(【極星獣】ですか。大丈夫……この程度のことならまだ全然。怖いのはここからです。次のターンには「あのカード」が出てくるはず……ですが、どうしようもないと言うわけじゃありません! ここは冷静に、一つ一つ処理させてもらいますよ)
「カードを2枚伏せて、ターン終了です」
第2ターン
女性
LP:8000
手札:4
《極星獣タングニョースト》、《極星獣トークン》×2
璃奈
LP:8000
手札:4
《E・HERO エアーマン》、SS×2
早川璃奈はこれまで4人の『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』を見てきた。
白神玄、アンナ・ジェシャートニコフ、ミハイル・ジェシャートニコフ、針間戒。
彼らを見て璃奈は「すごい」と思った。皮肉などは一切なく、ただ単純に「すごい」と思ったのだ。もちろんその評価は正しい。
しかし、唯一間違いがあるのだとしたら、璃奈はそれを『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』のすべてだと考えていたことだった。
アンナの実力は確かなものだが、他の者に比べればまだまだ発展途上である。ミハイルや戒は変則的なデュエルのせいで十全にはその実力を出し切ってはいない。玄に至っては、理由は不明だが自分自身のデュエルスタイルの効力をかなり失ってしまっていると言っても過言ではない状態である。しかしその状態でも彼らのデュエルは常人からすれば十分に「すごい」ものである。
故に彼女の間違いは、彼女の勘違いは誰も攻めることはできないし、それについて璃奈自身が恥じるようなことでもない。
そして、その勘違いはここで正されることとなる。
「私のターン。まずは《極星獣タングニョースト》を攻撃表示に変更し、効果を発動するわ」
《極星獣タングニョースト》は守備表示から攻撃表示となった時、デッキから《極星獣タングニョースト》以外の「極星獣」を特殊召喚することができる。
「私はレベル4チューナー、《極星獣グルファクシ》を特殊召喚!」
(来ますか……!)
「レベル3の《極星獣トークン》2体に、レベル4の《極星獣グルファクシ》をチューニング! 雷を纏いし戦の神よ、その剛腕を以って全てを蹴散らせ! シンクロ召喚! 大地を揺らせ――」
Thor, Lord of the Aesir!!!
《極神皇トール》。レベル10のシンクロモンスター、高攻撃力、自己蘇生効果といった共通項を持つ「三極神」の1体。加えて《極神皇トール》には敵モンスターの効果をすべて無効化する効果がある。
(でも逆に言えばそれだけです。無効効果はプレイヤーターンのみですし、蘇生には専用チューナーをコストにしないといけません。強い手は言っても弱点はあります……これくらいなら――)
「――って、これで終わりなわけないですよね」
璃奈は聞こえないような声で自嘲気味に呟いた。『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』がこの程度で終わるわけがないのだから。
しかし、だからと言ってこれから起こる事態までは流石に予測できなった。
「魔法カード、《手札抹殺》を発動! 4枚捨てて4枚ドローよ」
「っ……! 私も、4枚捨てて4枚ドローです」
かなり好形だった手札も捨てられては役割を果たせない。気を落としながらも、次なる手札を確認した。
(《オネスト》、《E・HERO アナザー・ネオス》、《R-ライトジャスティス》、《奈落の落とし穴》。よしっ、これでも十分に強力な手札です!)
「捨てられた《ライト・サーペント》の効果を発動。このモンスターが手札から墓地へ行った場合特殊召喚することができるわ」
フィールドに白く光る蛇が姿を現す。ギミックさえあればタイミングを逃すことなく出てくるため優秀だが、デメリットとしてシンクロ素材には使えない。狙いがエクシーズ召喚であることは明白だった。
「レベル3の《極星獣タングニョースト》と《ライト・サーペント》でオーバーレイ! エクシーズ召喚! 《虚空海竜リヴァイエール》!!」
除外されているモンスターを敵味方問わず場に特殊召喚する効果を持っているが、現在互いのカードは一切除外されていない。
(つまり除外ギミックを利用してまだ展開する気ですね……)
「墓地の光属性モンスターをゲームから除外することで、《霊魂の護送船》を特殊召喚! さらに《虚空海竜リヴァイエール》の効果を発動!」
《虚空海竜リヴァイエール》 ORU:2→1
「除外されているレベル4以下のモンスターを特殊召喚するわ。帰還しなさい……《極星天ヴァルキュリア》!」
「《極星天ヴァルキュリア》!? まさか……!」
「そのまさかよ。さらに、《極星天ヴァルキュリア》の特殊召喚をトリガーに《TG ワーウルフ》を特殊召喚!」
5体のモンスターがフィールドを埋め尽くす。そして……。
「レベル3の《TG ワーウルフ》とレベル5の《霊魂の護送船》に、レベル2の《極星天ヴァルキュリア》をチューニング! 天を覆いし隻眼の神よ、その智を以って全てを薙ぎ払え! シンクロ召喚! 頂の神――」
Odin, Father of the Aesir!!!
「もしかして、あなたのデッキは【三極神】……!?」
彼女は答えない。答えないが、璃奈の気付いた結論は紛れもなく真実だった。
そして彼女は、もう1つあることに気付いた。
(あっ……この人まだ)
通常召喚権すら使っていない。その事実に璃奈は「なんとなく」だが予感があった。そしてその予感はやはり的中することとなる。
「《サルベージ・ウォリアー》をアドバンス召喚!」
用を終えた《虚空海竜リヴァイエール》をリリースし、新たなモンスターを展開する。
「このモンスターがアドバンス召喚に成功したとき、墓地または手札からチューナーを1体引っ張ってくるわ。私は墓地の《極星霊デックアールヴ》を特殊召喚!」
3体目の「極星」チューナー。それは「神」が揃うことを意味した。
「《サルベージ・ウォリアー》のレベルを1つ下げて、《レベル・スティーラー》を特殊召喚」
これで条件は満たされた。再びモンスターゾーンが埋まり……「神」が一堂に会する。
「レベル1の《レベル・スティーラー》とレベル4となった《サルベージ・ウォリアー》に、レベル5の《極星霊デックアールヴ》をチューニング! 闇より出でし非道の神よ、その邪悪を以って全てを嘲笑え! シンクロ召喚! 掻き乱せ――」
Loki, Lord of the Aesir!!!
北欧の三大神。トール、ロキ、そしてオーディン。数々の偉業と伝説を残す神々を元としてデザインされ、その全てが名に恥じない強力な効果を持っている。
その3体が並んだ。たった1ターンの内に、なるべくしてなったかのように、全てのピースがぴったりと嵌り、今ここに顕現している。
「神様なんて言っちゃっても、こんな簡単に並んじゃうんだから形無しよねぇ。あなたもそう思わない?」
璃案は返事をしなかった。いやできなかった。これだけのことを簡単と言い放った彼女は、全く別の世界の人間なのではないかと疑ってしまうくらいに、違い過ぎた。
「《極神聖帝オーディン》の効果を発動。このターンスペルの影響を受けなくなるわ。それじゃ、バトルフェイズ! 《極神皇ロキ》で攻撃! ヴァニティバレット!!」
「く……っ! と、罠カード、《聖なるバリア-ミラーフォース-》!」
「無駄よ。《極神皇ロキ》の効果を発動! バトルフェイズ中に発動したスペルを無効にする!」
光の壁は無残にも蹴散らされ、《極神皇ロキ》の魔弾が《E・HERO エアーマン》の体を貫いた。
「きゃあっ!」
璃奈 LP:8000→6500
「続いて《極神皇トール》の攻撃! サンダーパイル!!」
「もう1枚の罠カードを発動です! 《リビングデッドの呼び声》!」
「なるほど……《極神皇ロキ》の効果は1ターンに1度だけ……《聖なるバリア-ミラーフォース-》は囮ってわけね」
(墓地のモンスターで攻撃力が1番高いのは《冥府の使者ゴーズ》。これならライフは1700残ります。でも……レベル10のモンスターが3体もいるんですから、きっと《超弩級砲塔列車グスタフ・マックス》を出されて負けてしまいます。それなら……!)
「対象は《E・HERO プリズマー》です!」
璃奈の手札には《オネスト》がある。打点の高い《冥府の使者ゴーズ》ではなく光属性の《E・HERO プリズマー》を蘇生させては手札に《オネスト》があると言っているようなものだ。
(でもこれでいいんです! このターン生き残ることができれば、向こうの手札はたったの1枚。逆転はかの……)
気付いたのは、まさにその時だった。彼女が握っているはずの1枚の手札が見当たらない。確かにさっきまでそこにあったはずのものが消えていた。それは彼女の手札だけではなく――璃奈のフィールドのカードもだった。
「《リビングデッドの呼び声》が……?」
「速攻魔法、《サイクロン》。詰まらない一手だけど許してね」
当然、《リビングデッドの呼び声》がなければ対象のモンスター――《E・HERO プリズマー》――も蘇えることはない。トールの大槌が璃奈を襲う。
璃奈 LP:6500→3000
「あっ……うぁ……」
「《極神聖帝オーディン》の攻撃……ヘブンズ・ジャッジメント!!」
璃奈 LP:3000→0
デュエルはあっさりと終わりを告げた。
「ありがとう……ございました」
力の抜けた声で璃奈が呟くと、その女性は璃奈の耳元で「お願い」を囁いた。
「えっ……?」
とても小さな声だったが、璃奈は聞き逃さなかった。
「お願いね」
そう言って彼女は踵を返し、段々と遠ざかって行く。しかし璃奈は消え入りそうな声で引き止めた。
「どうしたのかしら?」
「あ……あのっ、お名前をまだ……聞いてませんでした。教えて頂けませんか」
「そうね、楽しくってすっかり忘れちゃってたわ。私の名前は、ゲルトルート・フォン・ザクセン。みんなはトゥルーデって呼んでくれるから、あなたもそう呼んでちょうだい」
「はい……私は、早川璃奈って言います。また……またお会いしましょうね」
「ええ。またね、リナ」
今度はお友達も一緒にね、と言い残し、今度こそゲルトルートことトゥルーデはその場を去った。
それから2~3分が経ち、璃奈もデュエルスペースから出ると玄たちと鉢合わせた。
「クロくん……それにアンナちゃんたちまで……」
「璃奈……こんなところで何やってるんだ?」
「ああいえ、ちょっと色々ありまして。詳しいことはあとで話します。それより今は帰りましょう、ね?」
何か璃奈の様子がおかしいのはその場の全員が察したが、あえて口にはしなかった。
「そうか……まぁこっちもいろいろとあったからな、お前にも説明しないとだ」
今日は色々なことが起き過ぎた。休息や、整理する時間も必要だろう。彼らは静かにその場をあとにした。
(トゥルーデさんのあの言葉……一体、どういうことなんでしょう……?)
(クロの「過去」については、自分から話そうとするまでは聞かないであげてね)
璃奈の心を読んだかのような台詞。その真意については分からないが、「お願い」されたのだからしっかり守ろうと璃奈は思った。
第ニ章 黄金再生編 終