第4話 邂逅
全国高校生デュエル大会地区予選。
東西南北で4ブロックに分かれ行われるその大会には、全国から集まった強豪決闘部が集まり、たった4枠――各地区優勝4校――の全国大会本戦への出場権をかけて各々が全力をぶつけ合う。
玄たち神之上高校決闘部が出場するのは東ブロック。8月1日・2日の2日間で互いの鎬を削りあう。
個人戦というものは存在せず団体戦のみがある。つまり大会に出るためには必ず団体戦の規定人数に達する部員数がいなくてはならない。今年の規定人数は6人。神之上高校決闘部はぎりぎりでその条件を満たしていた。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将に分かれ5戦を行い、先に3勝したほうが勝ちぬけていくトーナメント戦。それだけならば5人で十分だが、今年のルールでは中堅戦はタッグデュエルとなっているのため、参加するには6人必要なのだ。
「去年は団体戦は5人でだっからねー。去年もぎりぎりだったのよ」
パソコンを開きながら、ネットで参加申し込みをしつつ、真子が口を開く。ちなみに学校に備え付けられたパソコンではなく、真子の私物。
「へー、毎年ルールが変わるんだな。あ、それエンドサイク」
真子の言葉に耳を傾けつつ、デュエルをしているのは鷹崎。セットされたカードをエンドフェイズに破壊。
「むっ、また《王宮のお触れ》が。鷹崎くん《王宮のお触れ》打ち抜きすぎ」
対戦相手は美里。現在12戦目で美里が4勝5敗、鷹崎が5勝4敗中である。このデュエルは今のところ鷹崎が優位に立っている。デュエルディスクは体力を消費するので今は机に座りながらやっている。
「そうだね。僕は今年で3度目だけど、毎年ルールが変わってる。1年生の時は5人で勝ち抜き戦だったね。そして去年は同じく先鋒、次鋒と5戦して先に3勝したほうが勝ち。それで今年は6人だ」
椅子にも座らず2人のデュエルを眺めている音無が説明を始める。
「もう卒業した先輩の話だと、僕たちが入学する前は3人で勝ち抜き戦だったとか。来年にはどうなっていることやら」
「ま、私たちは卒業しちゃってるけどね。はい、申込み終わりっ」
ッターン、と無駄に音を出しながらエンターキーを押す。
「そういえば……鷹崎くん、美里ちゃん。玄くんと璃奈ちゃんは?」
まだ部室に訪れていない玄と璃奈。玄はいつも遅いが、璃奈はほぼ毎日1番乗りで来ている。そんな2人が未だに部活に顔を出していなかった。
「ああ、早川が2人でどっか行くとか言ってた気がするな。《ヴェルズ・ウロボロス》でダイレクトアタック」
「うん、玄くんも。今日は璃奈ちゃんとデートとか言ってたね。《バトルフェーダー》の効果発動。通さないよ」
会話を進めながらもデュエルへの集中は切らさない。
「え? デート? なになに、あの2人って付き合ってるの?」
食いつく真子。顔をニヤつかせながら小指を立てており、妙に楽しそうだ。
「真子先輩こういう話好きだよね。まぁ玄くんの冗談だと思うけど。《邪帝ガイウス》をアドバンス召喚。効果で《ヴェルズ・ウロボロス》除外」
「それにしても2人でどこに行ったのかな? 確かに気になるね」
そう言って近くの椅子を手繰り寄せて腰を下ろし、音無が呟く。
「そうか? どうせデュエル関係だろ。あいつらの事だし。気になるなら電話でも掛けたらどうだ、部長。リバースカード発動、《聖なるバリア-ミラーフォース-》」
「残念だったね、2枚目《王宮のお触れ》。《聖なるバリア-ミラーフォース-》は無効で、《邪帝ガイウス》の攻撃が通ってあたしの勝ち」
「ぬ……伏せたのは両方とも《王宮のお触れ》かよ。えげつねぇ」
鷹崎VS美里。これで丁度5勝5敗。まさに五分五分だ。
「鷹崎君の言うとおり、電話でもかけてみようかな」
7月12日。地区予選まで残りおよそ3週間。
そんな中、玄と璃奈は2人でカードショップ「MAGIC BOX」を訪れていた。
「うー、日差しが暑かった分、エアコンがしみますねぇ」
「今日は今年一番の暑さらしいな。そろそろ夏か。夏なんて嫌いだ。消え去ればいいのに」
「クロくん、それ絶対冬にも同じこと言うでしょ?」
「もちろん。俺は暑いのも寒いのも嫌いなんだよ」
春と秋がループし続ければいいのに、と愚痴をこぼす。
他にも適当に会話しながらカードの束を漁る2人。何度もここに来ているせいか、2人とも慣れた手つきだ。
「今日は璃奈のデッキをパワーアップするべく、「なんかいいカードないかなー」という適当な考えかつ微妙な精神でここに来たわけだけど、どうして突然そんなこと言い出したんだ?」
「ここの所私負けてばかりですからね。決闘部のみんなは私よりずっと強いからなんですけど、自信なくしちゃいまして……」
「入部試験の時に真子先輩に勝っただろ」
「あれは偶然みたいのもです。それにあの後だって全然勝ってませんしね」
軽く俯く。顔は笑っていたが、どこか作り笑いをしているようだった。
「そうか……」
(そういえば、真子先輩とのデュエル……か)
これは、玄が入部したての時の話。時計の針は3ヶ月ほど巻き戻る。
「ねー、玄くん。ちょっと質問」
「はい?」
夕方の部室。部員はほとんど帰宅してしまい、玄も帰ろうというところで真子に止められた。夕焼けで赤く染まった部室には玄と真子しかいなかった。
「入部試験の時にね、最後の瞬間だけ璃奈ちゃんの雰囲気っていうか、その場の空気そのものが変わったような気がしたのよ。玄くん、璃奈ちゃんがそういう風になったの見たことある?」
「抽象的すぎてわかんねぇけど、鷹崎だって音無先輩相手にそんな感じを味わったって聞いたぜ? それと似たようなのじゃないのか?」
「それは音無くんが本気を出したからよ。でも間違いなく璃奈ちゃんは最初から本気だったわ」
そんな余裕があったとも思えないし、と小さく付け足した。
「っていうか、俺よりも美里に聞いたほうが早いんじゃねぇのか? あいつら幼馴染なんだろ?」
「もう聞いたのよ。分からないって言ってたわ。うーん、私の気のせいだったのかしら?」
(雰囲気……空気が変わった。まさかあるとは思えねぇけど……)
以上、回想終了。
(あれから璃奈のデュエルを注視してはいたけど、特におかしなところもなかった。まぁ、真子先輩の勘違いってのが濃厚か)
「クロくん、どうかしましたか? ボーっとして」
「ん? ああ、いやなんでもないよ。とりえず何枚か良さそうなのを見つけたけど、どうだ?」
数枚のカードの束を璃奈に手渡しする。
「うーん? どうなんでしょうね?」
と、言うことで試しにデッキに投入し、少し構築を変更してデュエルすることに。デュエルスペースのテーブルに座り、何度か玄とデュエルしてみる。
結果。
「悪くはないけど……」
「よくもありませんねぇ……」
強化というには程遠い。玄が再び立ち上がる。
「もっかい探してみるか」
カードを漁りに行こうとした丁度そのタイミングで、プルルルルルルルルルルルルルと鳴り響く電子音。音源は玄の右のポケットの中。携帯が鳴っている音だ。
「音無先輩からだな。なんだろう? ちょっと出てくる」
「はい。私はここでちょっと休んでますね」
「分かった。なるべくすぐ戻る」
そう言って店の外へと小走り。
対する璃奈は背もたれに体を預けてリラックス。
「……何かいい案はないものでしょうか」
その状態から、今度は上半身を机の上に預ける。
「はふぅ……」
意味もなくため息を漏らす。意味のあるため息があるのかは分からないが。
すると。
「あの、スミマセン」
突然、声をかけられる。驚いた璃奈はガバッと突っ伏していた体を起こし、椅子から腰を上げ声のしたほうを振り向く。
「は……ふぁいっ! なんでしょう!?」
(なんだかいつぞやのデジャヴ……)
璃奈が真っ直ぐと前を見つめると……誰もいなかった。
と思ったら、視線を落とすと小柄な少女。綺麗で可愛らしい顔立ちの少女だった。
真子よりも未発達で、まるで人形の様な体躯。輝いているのかと錯覚してしまうほど美しい銀色の髪は結んでおらず、璃奈と同じくらいの長さまで伸びている。そして海のように綺麗な青色の瞳は真っ直ぐと璃奈を見つめていた。
(外国人さんです……)
「お姉さんはデュエリストですか? もしよかったらデュエルをしたいんです。最近こっちに留学してきて、いろんな日本の人とデュエルをしたいんです。だからデュエルしても、いいですか?」
ほぼ問題のない上手な日本語。相当練習したのだろう。
「はい、私でよければ」
「わー、ワリガトー!! 私、アンナ! アンナ・ジェシャートニコフ!」
デュエルを受諾したことでアンナと名乗る少女の顔はパァッっと明るくなる。
「私は、早川璃奈って言います。よろしくお願いしますアンナちゃん」
「うん! よろしくね、リナ!」
璃奈は、アンナの希望に従ってデュエルディスク用のデュエルスペースへと案内する。その間2人は会話によって信仰を深める。
その内容によると、アンナは1ヶ月前からロシアの決闘留学生として日本に来ており、璃奈と同じく15歳の高校1年生。日本には前々から興味を持っており、留学の日を楽しみにしていたとのこと。留学先の高校の生徒とは一通りデュエルをしたらしく、学外の人間ともデュエルをしたくなって町をうろついていたところ、ここに着いたらしい。
会話に花が咲き、途中まで敬語だったアンナの口調は親しい友人と話すときのそれになっていた。
「へー、日本にもお知り合いが何人かいるんですね」
「うん。その人たちから聞いて、日本に来てみたくなったの。アンナね、日本大スキだよ。優しい人いっぱいだし、おいしい食べ物もいっぱいだし、デュエリストもいっぱいだから大スキ!」
(素直ないい子だなぁ。可愛いし)
と、ゆっくり話ながらもデュエルスペースに到着。璃奈が初めて玄とデュエルした場でもある。
「あ、ここですよ。デュエルディスクは持ってますか?」
「持ってるよ!」
背中に背負っていたリュックからデュエルディスクを取り出す。日本では見ない型のデュエルディスクだ。おそらくロシア製のものなのだろう。コンパクトに収納されていたが変形し、日本のものと比べて一回り大きくなる。
「では、デュエルと行きましょう」
「うん! 手加減無しだよー!」
「はいっ」
アンナが自身の小さな腕にデュエルディスクを装着。アンナの体の大きさとデュエルディスクの大きさが不釣り合いのようだが、ちゃんと装着できている。見た目ほどは重くないのか、問題はないようだ。
(あ、そういえばクロくんを置いてきてしまいました。まぁ、大丈夫でしょう)
知人よりも目の前のデュエルに集中する。決闘者とは往々にしてそういものである。
「いっくよー!」
「「デュエル!!」」
「先攻はアンナだよ! ドロー!」
デュエルはアンナの先攻で始まり、不釣り合いなデュエルディスクからカードを1枚引き抜く。
(外国の人とデュエルするのは初めてです……アンナちゃんはどんなデッキを使うのでしょう?)
決闘留学生ということは、それなりにレベルの高いデュエリストであるということだ。可愛らしい見た目に油断していてはあっさりと負けかねない。
「モンスターとスペルを1枚ずつセットして、エンド!」
1ターン目は変哲のないプレイング。
第1ターン
アンナ
LP:8000
手札:4
SM、SC
璃奈
LP:8000
手札:5
無し
「私のターン、ドロー!」
(結構いい手札ですね)
手札を一瞥すると、《E-エマージェンシーコール》を発動させ、《E・HERO エアーマン》をデッキからサーチする。
「そして《E・HERO エアーマン》を通常召喚。効果でデッキから《E・HERO プリズマー》を手札に加えます」
「リナは「HERO」を使うんだね」
「はい。かっこいいですよー」
そんなたわいない会話しつつも、璃奈はそのままバトルフェイズへ入る。
「《E・HERO エアーマン》で裏守備モンスターに攻撃です!」
守備モンスターは破壊された。だが、そのリバース効果が発動する。
「《ライトロード・ハンター ライコウ》の効果を発動だよ! 相手のモンスターを破壊して、私はデッキトップを3枚墓地に」
《ライトロード・ハンター ライコウ》の効果で《E・HERO エアーマン》が破壊され、アンナのデッキトップから3枚のカード――《BF-精鋭のゼピュロス》、《ボルト・ヘッジホッグ》、《ゾンビキャリア》――が墓地へ送られる。
(全部墓地で真価を発揮するモンスターですか。運が良すぎるのでは……?)
バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2へと移行する。モンスターがいなくなったのをカバーするために、場にカードを忍ばせる。
「カードを2枚伏せて、ターン終了です」
第2ターン
アンナ
LP:8000
手札:4
SC
璃奈
LP:8000
手札:4
SC×2
この時、璃奈が場に伏せた2枚のカードは《サンダー・ブレイク》と《奈落の落とし穴》。これで大型モンスターが現れても、それによる大ダメージを防ぐことができる。
(アンナちゃんがどんなデッキかは《ライトロード・ハンター ライコウ》で落ちた3枚のカードでだいたいの見当がつきました。この2枚で十分に対応できるはずです)
だが。
「スタンバイフェイズ、《トラップ・スタン》を発動! このターン、このカード以外のトラップの効果を無効にしちゃうよ!」
これで《サンダー・ブレイク》も《奈落の落とし穴》も使えない。アンナの展開をみすみす許すことになってしまう。
「リナには悪いけど……終わらせちゃおっかな?」
(あれー? これは……とてもまずいのでは?)
《トラップ・スタン》をスタンバイで発動させたという事が示す至って明瞭な答え。それは、1ターンキル。
召喚を無効にする《神の宣告》や《神の警告》などのカウンター罠を発動されては《トラップ・スタン》をチェーンすることはできない。故に、チェーンする形ではなく最初に発動することでそのすべてを封殺する。しかし魔法の発動ができるため完璧とは言えないが、それでも現在璃奈の伏せカードの中に魔法はない。璃奈はもはや動くことはできない。
「まずは《太陽風帆船》を特殊召喚! このモンスターは自分のフィールドにモンスターがいないときに特殊召喚できるよ。そして《ジャンク・シンクロン》を通常召喚して、効果で墓地から《ゾンビキャリア》を特殊召喚!!」
自分フィールドにモンスターがいないときに特殊召喚できる《太陽風帆船》と、召喚時に墓地からレベル2以下のモンスターを蘇生させる効果を持つチューナー《ジャンク・シンクロン》。この2体のモンスターでレベル8のシンクロモンスターの召喚に成功する。
Synchro Summon――
「そして、シンクロを成功させたから、《シンクロ・マグネーター》を特殊召喚だよ! そのまま手札に戻して《BF-精鋭のゼピュロス》を墓地から特殊召喚!」
《BF-精鋭のゼピュロス》は自分フィールドの表側のカード1枚を手札に戻し、400のダメージを受けフィールドに特殊召喚できる。
アンナ LP:8000→7600
「まだまだ! 自分のフィールドにチューナーモンスターがいるとき、《ボルト・ヘッジホッグ》は墓地から特殊召喚できるよ!」
レベル4の《BF-精鋭のゼピュロス》、レベル2の《ボルト・ヘッジホッグ》、と《ゾンビキャリア》でシンクロし、再びレベル8のシンクロモンスター。
Void――
そして。
「もう1回、《シンクロ・マグネーター》を特殊召喚! その特殊召喚に反応して《TG ワーウルフ》を特殊召喚だよ!」
今度はレベル6のシンクロモンスター、《天狼王 ブルー・セイリオス》をシンクロ召喚に成功。
「さらに、手札1枚をデッキトップに置いて、《ゾンビキャリア》を特殊召喚!」
蘇生効果を持ったチューナーモンスター。再びチューナーと非チューナーが並ぶ。《天狼王 ブルー・セイリオス》とチューニングし、再びレベル8のシンクロモンスターを場に出す。
これでアンナのフィールドには3体の――。
――Ogre Dragon!!!
《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》の姿があった。
手札が0枚の時、相手の使魔法・罠を1ターンに1度だけ無効にすることができる効果を持つレベル8のシンクロモンスター。もちろん、アンナの手札は0枚だ。
しかし、無効効果があるとはいっても璃奈の伏せた2枚の罠はすでに《トラップ・スタン》によって封じられている。どちらにせよ璃奈の動きは完全に止められてしまっている。
「バトルフェイズだよ。《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》3体でダイレクトアタック!!」
《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》の攻撃力は3000。よって3体の合計は9000ポイント。攻撃を防ぐためのモンスターの存在しない璃奈がこの攻撃を受ければ負けてしまう。
(くぅ……こうなったら!!)
「リバースカード、《サンダー・ブレイク》を発動です! 手札を1枚捨てて、フィールドのカードを1枚破壊!」
「……? 《トラップ・スタン》で無効になってるのに、なんで?」
もちろん、《サンダー・ブレイク》の効果は無効となっているためアンナの《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を破壊して攻撃を止めることは不可能だ。
だが、その発動コストを払うことはできる。
「私は墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果を発動! 攻撃を1度だけ止めます!!」
《サンダー・ブレイク》でカードを破壊するのが目的ではなく、防御札である《ネクロ・ガードナー》を墓地へと送ることが真の狙いだった。
「すごいすごいっ! そんな方法でアンナの攻撃を防ぐなんて! でも、あと2体の《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》の攻撃は残ってるよ!」
もちろん、その攻撃は受ける他ない。
「きゃああああっ!!」
璃奈 LP:8000→5000→2000
(入れておいて正解でした……クロくんに感謝ですね)
《ネクロ・ガードナー》は先ほど玄が璃奈に勧めたカードの内の1枚。そのおかげでなんとか生き延びる。
「それじゃあ、ターンエンドだよー」
フィールドに3体の《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を残したまま、アンナはターンを終える。
第3ターン
アンナ
LP:7600
手札:0
《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》×3
璃奈
LP:2000
手札:3
SC
「私のターン、ドロー」
(気のせいでしょうか……最近私、速攻が得意な人とばかりデュエルしている気が……)
某同級生と某副部長を思い浮かべる。が、すぐに目の前の状況に集中する。
(うーん……《H-C エクスカリバー》あたりを出せれば最高だったんですけど、この手札じゃ無理ですね)
冷静に状況を判断し、今できることとできないことを明確にする。
(でも、まだ戦うことはできます)
「私は、《E・HERO プリズマー》を通常召喚。効果で《E・HERO ネオス》を墓地に送って名称を変更します」
そして。
「カードを1枚伏せて、ターン終了です」
動かずに、待ち構える。
「ふーん、何かを狙ってるのかな?」
「それはなってからのお楽しみです」
第4ターン
アンナ
LP:7600
手札:0
《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》×3
璃奈
LP:2000
手札:2
《E・HERO プリズマー》、SC×2
璃奈の伏せたカードは2枚目の《サンダー・ブレイク》。そして、手札には《オネスト》のカード。
璃奈の作戦は、ドローフェイズのドローによって手札が0枚でなくなるタイミング、《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》の効果が使えなくなるタイミングを狙って《サンダー・ブレイク》で《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を1体破壊しようというもの。しかしそれでもまだ2体の《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》が残るが、そこでアンナが攻撃してくれば《オネスト》の効果で《E・HERO プリズマー》の攻撃力を上昇させ《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を返り討ちにしようという作戦。そうなれば残る《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》は1体。それだけならば璃奈にも十分に勝機は出てくる。
「アンナのターン、ドロー」
「そこです! リバースカード発動!」
「ううん、ストップだよリナ。ここで、えーっと日本だと……そうそう、「優先権」を使うよ」
優先権。それは璃奈の作戦を破る唯一の懸念材料だった。
優先権とは、カードを発動する権利はそのターンプレイヤーのほうが早い、と言うもの。つまりこの場合、ターンプレイヤーであるアンナのほうが璃奈よりも先にカードを発動できる。余談だが、少し前まではモンスターの起動効果にも「優先権」があったが、それもルール改編で完全に消滅してしまった。
(と言うことは、《ゾンビキャリア》でデッキトップに戻したあのカードは……速攻魔法の可能性が高いですね)
そうなれば先にカードを発動され、アンナの手札は0枚になり、璃奈が《サンダー・ブレイク》を発動させても《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》に無効化されてしまう。しかし、それでも璃奈の手札にある《オネスト》の発動は防げない。1体倒し損ねるが、それでも《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》の数は減る。
はずだった。
「速攻魔法発動。《月の書》」
「つ、《月の書》……!!」
《E・HERO プリズマー》がセット状態に変更される。裏側守備表示では《オネスト》は使えない。これで、璃奈は《オネスト》の効果によって《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》を迎撃することができなくなった。
「これでセットカードはまた封殺だよ。それに、これじゃあ手札のそれも使えなさそうだね」
(ばれてます……!?)
「バトルフェイズ、《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》でセットモンスターを破壊して、リナにダイレクトアタック!!」
1体目の《煉獄龍 オーガ・ドラグーン》に裏側守備表示の《E・HERO プリズマー》は破壊され、がら空きのフィールドに強烈なダイレクトアタックが止めを刺す。
「煉獄の混沌劫火(インフェルニティ・オーガ・バースト)!!」
「きゃあああああああああああっ!!」
璃奈 LP:2000→0
既視感。いや、既知感とうものを璃奈は感じた。一度行ったようなデュエル。一度味わったような敗北。そして、一度見たような、あの色。
(また……また見えました。あの……黄金色の……)
あの時はただの目の錯覚だと思っていたものが、再び璃奈の瞳に映る。あの時と違うのは、それは濁ってなどおらず、澄んだ黄金色だったということだ。
「楽しかったー! リナ、今日はホントにアリガトウ!」
「いえいえ、こちらこそ。アンナちゃん強いんですね」
デュエルが終わり、両手を握り合って楽しげにしている。デュエル中は敵でもそれが終わればただの友人だ。
「エヘヘ、まぁね」
(やっぱり、決闘留学生って強いんですねー。いい経験になりました)
そこでアンナが携帯の画面を開き時間を確認する。
「あっ、もう6時だ。そろそろ帰らないと。それじゃあまたね、リナ!」
「はい、また今度お会いしましょう!」
手を振り、アンナの後ろ姿を見送る。
と、そこで。
「なんだ、こんなところにいたのか」
玄が話しかける。
「あ、クロくん。すいません、場所はなれちゃって」
「いや、こっちも電話で結構話し込んじまったからいいけどよ」
「何を話してたんです?」
「何をしてるんだーとか、公序良俗を守れよーとか。あとは、また美里の具合が悪くなって保健室に行ったとか」
「またですか。今月2回目ですね」
知り合って最初の内は玄も心配していたが、病弱少女美里、出会ってから3ヶ月の保健室行きが多すぎたためもはや日常茶飯事となり、玄も鷹崎も心配するようなことはなくなった。
「それより、誰かとデュエルしてたのか?」
さっきまで微かに見えていたアンナの姿はもう見えなくなっていた。おそらく角を曲がって行ったのだろう。
「はい。さっきまで決闘留学に来た女の子とデュエルしてました。すっごく強いんですよ、その子」
「へぇ、決闘留学生。この近くってことか。じゃあ、栖鳳(せいほう)学園か、得栄(とくえい)高校か」
「栖鳳って言ってましたよ、アンナちゃんは。あ、そうそうその子アンナちゃんって言うんですけど……」
そこで、玄の目の色が変わった。
「アンナ……? アンナってもしかして、アンナ・ジェシャートニコフの事か? 銀髪で碧眼で、そんでもって超小さい」
その姿を見てすらいないはずの玄が、アンナの特徴どころかフルネームまで鮮明に答えた。
「クロくん……知ってるんですか? アンナちゃんのこと」
(そういえば、こっちに日本人の知り合いがいるって……)
「知ってるよ。3~4回程度だが会ったことがある。あいつ……来るとは知ってたがまさかこの近くだったとは。しかも決闘留学だと?」
途中から小さな声で呟き始め、聞き取りずらくなっていたが、璃奈の耳にはきちんと入っていた。
するとその時、玄は璃奈のほうを向き、真剣な表情で口を開く。
「うん、そう……だな。いい機会だから教えとくか」
何をですか? と璃奈が言う前に、玄は口を開いた。
「あいつは、『黄金決闘者(ゴールド・デュエリスト)』だ」