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――冬佳嬢の心情事情

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「昔、何故歩のことを気に入ってるのか聞いてきたことがあったでしょ」
「うん」
 忘れ得もしない。あの一言を最後に冬佳はあたしの前から忽然と姿を消した。
「こんな……こんな浅薄な思いだったのよ」
 以降、あんまり出てこないものだからもう二度と会えないものだと思っていたら、数年の月日を経て一枚の紙切れがあたしの元に届いたのだった。
 蓋を開けてみれば冬佳は人妻、あたしは大学生。そんな二人が結婚式二次会会場で感動のご対面である。ホテルの宴会場から何個か伸びているベランダで涼んでる自分たちの姿を、当時のあたしと冬佳に言い聞かせてやりたい。きっと予想外すぎて信じない。
「なるほどね。あたしは遊ばれたわけだ」
 事の顛末を聞いて導き出されるのはそんなしょうもない一つの結論。縁談なんてまともに聞くのが嫌だから貴方を盾にしてましたと後日談で明かされてみるといい。こんな残念な気持ちになる話はない。いくら好きだったと言われてもさ。
「思い違いしているようだけど、そんなつもりではなかったわよ」
「ほぅ」
 ウェディングドレスも早々に脱ぎ捨て、黒と紫を基調にした随分アダルティなパーティドレスを着てスパークリングワインを傾けつつ、言い訳のように訂正する冬佳。妙に似合うのは日頃ああいう服装に仕草を重ねた賜物であろう。イメージっちゃイメージだけど、当時のまだ未成年さを残していた彼女を最後に急にそんな姿を見せられるとギャップを感じざるを得ない。
 対しあたしはと言うと、結婚式場にその格好かと言われそうなカジュアル装備である。適当なジャケットにジーンズ、片手にはワインの代わりにピアニッシモ。全部大学で覚えました。
「自由人自由人て馬鹿にしたくせに」
「そう聞こえた? 最大限の賛辞だったのだけど」
「そーかよ」
 御免こいつやっぱ冬佳だわ。
「好きだったわよ。本当に。少なくとも今回の相手よりは断然」
 当時は一度も言わなかった単語をこの後に及んで平然と吐き出す。きっと片手にあるグラスのせいだろう。飄々とした物言いはいつもの冬佳だが、酒の勢いをどこまで酌していいのだか。
「信用できない」
「でしょうね。まず私たち女同士ですものね」
 自嘲的にくつくつと笑う冬佳。オイいいのかよ新婦が人格壊れるぐらい酔っぱらって。
「そこはまぁ……冬佳ならありえるってことでまだいいのさ。どうしてあたしだったのかも女相手がよかったのかも理解できる」
 あたしが真に理解できないのは、
「こんな都合いい相手を、何で捨てちゃったのかな、って」
「家の事情で、では逃げられないかしら」
「当たり前だろあんだけ両親嫌ってあたしんとこに転がり込んでたくせに」
 とは言え、聞く限りそれも原因の一つではあるんだろう。親の会社が潰れるのなんて、進学志望校から模試結果でE判定もらうことよりは断然ヤバイはずだ。だってE判定、努力したら何とかなったし。したし。
 ただ努力すれば何とかなるのと同様、自分が身を捧げれば何とかなる問題であると考えるなら同列なのかもしれない。あたしだってそんな立場になったら仕方ないと思いつつウェディングドレス着るわ。
 飽くまで、あたしなら。
「確か、歩を家に連れ込もうとしたこともあったわよね」
「必死で嫌がったんだっけ」
「えぇ。どうかしてたのね私。全部本気だったのよ」
 会社設立者の娘として、社長令嬢として生きてきた冬佳だからこそ、別の運命を辿った可能性もある。
「貴方を囲い込んで家に置くことも、もしかしたら私と貴方だけ逃げ出してくることだって考えてたし、実行もできた」
「それ、実行ってところに拉致含まれてないよね? 合法圏内での話だよね?」
 つーかあたしの意思。口振りからして加味一切なしだろ。
「……気付かされたのよ。貴方の、あの時の一言で」
 完全無視の上、昔を振り返るような黄昏っぷりでしたりと冬佳さん。そこで最初の台詞に戻るわけだ。
「自分の都合のため人を愛して、自分勝手に動かそうとして。やってること、あいつらと変わらなかったのよ」
 その一言は、流石に重く聞こえた。
 この親にしてこの子あり、の極まった事例が今目の前にいる。長年両親から後ろで糸手繰られていた冬佳なのだから、人に使われることがどれほど苦痛か一番よく理解しているのだ。
 それをまぁ、どういう意味でかは依然不明だが、仮に好きだと言っている相手をいつの間にか同じように扱っていたと気付いてしまったときの自己嫌悪と言ったら、ない。開き直って恣意的ならともかく、きっと無意識だったはずだ。
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