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優しい副流煙

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コンクリートを削るドリルの音と、鉄パイプがひしめく鈍い音が街の至る所から響いて止まない。
夏の、身を溶かすような暑さに加え、劈く建築工事の雑音に、黙々と歩く人々は苛立ちながらも額の汗を拭い、無言の倦怠感を周囲に放出していた。
近々、大手電気機器メーカーがこの街に大型店舗を構えるらしい。
主婦層が「遠出せずに済む」と、地元愛で生き残っている喫茶店で、ケーキや珈琲を啜りながら中身の無い談笑に耽っているのを最近よく見かけるようになった。
この街には苦しまずに自殺できるほどの高さを持つビルもなければ、土に映える緑色のキャベツが成る農地はあれど、その殆どは場末の風景の中で息をするのみである。
都会と田舎の境に位置するこの街にとって、有名大型店舗の進出はちょっとした話の種になっているのだ。

その中、白昼堂々と歩く一人の男が、一切の人目を気にせず、慣れた手つきで咥えた煙草に火を付けた。
所々擦れて色変わりした緑のモズコートのポケットにライターをしまい、ゆっくり煙を吐いた。右手の煙草から出ている副流煙とともに煙は彼の後ろ上方へと流れていく。
迷惑防止条例違反であるにも関わらず、周囲に悪びれる様子もなく彼は歩きはじめた。

エコ精神に反する人間を糾弾するこの御時世、彼のしていることは例に漏れず路上喫煙禁止条例違反なのだが、不思議なことに、彼に軽蔑の目を向ける者たちは皆、彼とすれ違った途端、
急に安らかな表情になり、何もなかったかのように、咎めることなく素通りするのである。
それは警察だろうと自警に努める市民団体だろうと同じであり、彼が直接的に注意される様子というのは見たことがない。

しかし今日、ようやくイレギュラーが現れた。
男が路地裏に入ると、背後から付いてきた若々しい女子高生がはっきりとした強い口調で彼に止まるように言った。
私、路傍に咲くたんぽぽはそれを見て、聞いていた。
「あなた、いつもこの辺りで歩きタバコしてますよね。悪いことだってわからないんですか?」彼女は言う。
それに対して男は煙を吐きながら、首を傾げ、腕を組み、難解なパズルを解いているような顔をして彼女を見つめている。
「このタバコ、嫌か? 煙の匂い、好きじゃない?」男が言う。
支離滅裂な返答に、彼女は苛立った声で言う。
「罪の意識がないんですか! もういいです、現行犯逮捕です現行犯逮捕、交番までいきますよ!」
女は男の腕をぐっと掴み、ぐいぐいと通りへと引っ張っていく。
男もそれに渋々と準じ、女と同じスピードで歩を進める。
どうなるのか気になって私(たんぽぽ)は、綿毛を男のモズコートに飛ばせて付着させ、今後彼らのの行く末を見守ることにした。
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