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第一話「テーブルフェチの双子」

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 お姉ちゃんはずるい。どんなことでも私よりもずっと良くないと気がすまないんだ。
 ランドセルの色も、お姉ちゃんは綺麗なピンク色だ。私のはなんで緑なの?
 もちろん私が欲しがったから、私のは緑なんだけど。でも小学生になる前のことなんて知らない。今はお姉ちゃんのピンクのランドセルの方が可愛い。
 私の部屋よりも、お姉ちゃんの部屋の方が朝日が差し込んで気持ちがいい。
 お姉ちゃんはいつも早起きで褒められているけど、それは全部部屋のおかげなんだ。朝いっぱい日が差し込めば、私だってきっと早起きできる。
 同じ日に生まれた双子なのに、どうしてこんなにお姉ちゃんばっかりいい思いをするのかな。ただほんの五分早く生まれてきただけなのに。
 でも今はランドセルのことなんて大したことじゃない。問題なのは、テーブルなんだ。
 居間にある小さなテーブル。私達がもっと小さかった頃は、夕ごはんはこの上に乗っかっていた。
 小学三年生になった時には、そのテーブルには私達の夕ごはんは乗りきら無くなってしまってた。だから今はお父さんとお母さんと同じ、背の高いテーブルで夕ごはんを食べてる。
『おい、あのテーブル、もう捨てちゃってもいいんじゃないか。邪魔っけだろ』
『子供たちずっと使ってたからねぇ。捨てにくいのよ』
 私達の小さなテーブルは使われなくなってからもそこにあった。もうご飯は乗らないけど、私もお姉ちゃんもそのテーブルのことが大好きだったんだ。
 どちらかと言えば私のほうがそのテーブルのことを好きだったとは思うけど。
 私達二人はたまにそのテーブルを使って人形遊びをしたり、トランプをしたりした。テーブルはどちらのものでもない。大切な二人のものだった。
 どちらかと言えば私のほうが大切に思っていたと思うけど。
 それが変わってきてしまったのは今年に入ってからだ。
『あんたはもうこのテーブルに触っちゃダメ』
 お姉ちゃんは学校から帰ってきた私にそう言った。突然の言葉に私は驚いて、少し大きな声で言い返してしまう。
『なんでなんで!? このテーブルは二人のものじゃん! お姉ちゃんにそんな事言われる筋合いないよ!』
『とにかくダメなの。あんたが使うと汚いから』
 私はお姉ちゃんの言っていることがまるでわからなかった。なんでなんで、を連発したけど、お姉ちゃんは汚いからダメと言い続けるばかりだった。
 それからも、お姉ちゃんはだけはテーブルを使っていた。
 勉強をするんだ、と言って、テーブルの上いっぱいに本を広げていた。
 これまでは家で勉強なんかしたことなかったくせに。
 テーブルにお菓子とジュースを乗せて、友だちと一緒にずっとおしゃべりをしていた。
 これまでは友達を呼んでもゲームばっかりだったのに。
 私は何度もテーブルを取り返そうとした。だけどお姉ちゃんは自分がテーブルを使わない間は、それを私の知らないところに隠してしまっていたんだ。多分お姉ちゃんの部屋のどこかなのは間違いないと思うけど、鍵のかかったお姉ちゃんの部屋に入ることはできなかった。
 そんなある日のこと、私にチャンスがやってきた。
 すごく冷え込んだ日曜の朝、いつも早起きのお姉ちゃんがいつまでたっても起きて来なかった。お母さんが心配して様子を見に行く。その間も私はテーブルのことばかり考えていた。
 お母さんがお姉ちゃんの部屋から戻ってくる。
『風邪を引いちゃったみたい。熱があるから、また寝ちゃったわ』
 私はラッキーだと思った。今ならお姉ちゃんの部屋に入ることができるかもしれない。
『お母さん! お姉ちゃんつらくないかな!? 私、氷まくら作ったげる!』
 私がそう言うと、お父さんとお母さんはとても嬉しそうな顔をした。多分、最近私達の仲があまり良くないことを心配していたんだと思う。ちょっとだけ胸がチクリとしたけど、そんなことよりもテーブルだった。
 私は氷まくらを抱えて、お姉ちゃんの部屋の前に立った。
 これまで何度もここへ来た。夜中でも、朝早くでも、お姉ちゃんが家にいない時でも。
 その全部の時に、このドアは鍵がかかっていた。入りたくてもどうやっても入れなくて、私は叫びだしそうになるんだ。
 でも、今日は違う。違うはずなんだ。
 私はドキドキしながらドアノブに手を伸ばす。いつもは回らないそれが、力を入れるとすっと回った。
 部屋の中は私の知っている部屋のままだった。可愛らしいピンク色のランドセルが転がっている。窓のカーテンの隙間からは朝日が差し込んでいた。
 私は氷まくらを両手で持って、抜き足差し足忍び足でお姉ちゃんのベッドに近づく。お姉ちゃんには寝ていて欲しい。そう思った。神様にも祈ってしまったかもしれない。
 神様は思ったよりも優しいみたいだった。お姉ちゃんは小さな寝息を立てながら、顔を真赤にして眠っていた。
 一目見ただけでつらそうだとわかる。テーブルのことがなければ、すごく心配になってしまいそうな顔だった。
 でも今の私にはテーブルだった。水まくらを床において、私は部屋を探し始める。少なくとも目につくところにはテーブルはなかった。
 小さいといってもテーブルはテーブルだ。お姉ちゃんの部屋で隠せそうなところはいくつもない。私はもともと怪しいと思っていたクローゼットを開ける。
 やっぱりだった。テーブルはクローゼットに窮屈そうに収まっていた。私は思わずにやにやしてしまうほどに嬉しかった。久々にテーブルで遊べるんだ。
 そこからはもっと慎重になった。お姉ちゃんを起こしてしまっては、たとえ熱があるといっても私を部屋から追い出すに決まってる。
 音を立てないようにテーブルを引き出す。久しぶりに触るそれは冷たかった。
 私はテーブルの足を立てて、部屋の真ん中に置く。
 ドキドキが止まらなくなっていた。どれだけこれがしたかったかわからない。
 私は履いていたスカートとパンツを脱いだ。そしていつもこすっていたあたりにその部分をあてがおうとする。
 その時になって気がついた。
 その部分が前よりも明らかにすり減ってる。
 私は飛び上がるように振り返って、ベッドの方を見た。寝ていたはずのお姉ちゃんは、布団から目だけを出してこちらを見ていた。
 恥ずかしそうな、バツの悪そうな視線に、私は思う。
 このテーブルはどちらのものとも言えない、大切な二人のものなんだ。
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