「君の力はね・・・頑張って宇宙にまで出てきた人間に対する神様からのご褒美なんだよ」 皆から所長と呼ばれる大男は語る。
「きっと皆が幸福になれる。そのための力なんだ」
私とエリカは頷いた。
湖畔から白鳥が飛び立っていって、わたしたちはそれに目を惹かれた。
私とエリカの関係は、研究員と被験者だ。エリカはサイド5の戦災孤児だったのを、PHの才能を認められて研究所に来たのだ。研究員などと言っても私は彼女のPH能力を引き出す教育係みたいなものだった。
エリカの部屋のドアを開けて腕組みする。
「エリカ、そろそろ出番だよ」
「運動嫌い。出たくない」
ベッドの上で芋虫みたいにうずくまっている布団の中から抗議の声が聞こえてくる。
「無理無理無理無理」
「そうもいかないんだって。所長に怒られちゃうよ」
「うー・・・」
エリカが布団から顔を出して長い前髪の隙間から黒い大きな瞳を覗かせる。
「所長怒ってる?」
「怒ってる」
いや怒ってるか知らないけど、エリカに出てこさせるために嘘をついた。
エリカはしぶしぶ部屋から出てきた。
この子は私と2人3脚の競技に出場しなくてはならないのだ。
快晴。まさに運動会日和。簡素な作りの運動場にはいくつかのテントが張ってあり、その中で総勢200名以上の研究員と被験者が、今では運動会参加者という名のもとにごっちゃになって次の競技に備えたり、疲れを癒したり、アイスバーを売ったり食べたりしていた。「運営委員会」と描かれたテントの中では放送機器がひしめき、普段から元気のいい研究員が今この瞬間は熱血アナウンサーと化してマイクを握りしめている。
『さー!いよいよ中盤を迎えましたPHオークランド研究所大運動会ですけれども!今年はどうですか所長!?』
『んーむ。今年は赤組がずいぶん優勢だよねぇ。白組の後半の奮闘に期待です』
『はい!ありきたりなコメントありがとうございまsいててててあだだだだやm』
TITANSが台頭してくる前のPH研究所はこんな平和なものだった。まぁここまで平和なのはウチの研究所くらいだったかもしれないけれど。年に一度の運動会。
「キミらもPHの諸君もね。頭ばっかり使いすぎなんだよ。肉体のことを思い出す機会っていうのは大事じゃないかね」
というのは体躯のいいテニスが趣味の研究所所長の言だ。
えー・・・所長が合法的に勤務サボって運動したいだけなんじゃないっすかー・・・という思いを内面にひた隠して、我々運動のニガテな所員は毎年運動会を運営・参加している。 とはいえ確かに体を動かしていると楽しくなってくるから不思議のものだ。
いっちに!いっちに!
いっちに、いっちに
二人で掛け声をかけながらトラックを走っていく。
1で外側の足を前に。2で結びつけた内側の足を前に。
エリカの歩幅は私より狭いようだ。私はエリカに合わせようとする。
いっちに、いっちに
この2人3脚は結構距離が長くてグラウンドを1周回る。
今は1周500mの半分を過ぎたところだ。
普段の運動不足からか2人とももう呼吸が荒くなってくる。
そういえば、呼吸の荒いエリカを見るのは初めてだ。
なんとなく、走りながら呼吸の速度をエリカと合わせてみた。
エリカはこんな呼吸で、こんな歩幅をする人間だったのか。
エリカの方でも、なんだか私の走り方に合わせる方法を見つけたようで、後半の250mはスイスイと走ることができるようになる。
ゴールテープを切った瞬間にも、このままふたりでどこまででも走っていける気がした。
エリカと所長が死んだときの話は、研究所を出てから誰にも話したことがない。
10年間のあいだ、誰にも話したくなかった。
「でもアリス、あんたには言っておきたい」
アリスが、白い機械の巨人を従えて佇んでいる。コロニーの中はサイレンが鳴り響いている。外では廃コロニーが迫ってきているし、中では目の前の白い巨人が暴れまわったせいだ。
「エリカは実験中の事故で死んだ。慎重にやれば防ぎたはずの事故だった。軍からの圧力がかかっていたんだ。所長はその後軍に逆らって殺されたよ。私はつくづくうんざりして研究所を抜けたんだ。エリカや所長を殺したやつらの下で働くなんてまっぴらごめんだし、イザコザに巻き込まれて大事な人を失うことにうんざりしたんだよ」
「アリス・・・行かないでくれ・・・!」