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1章「ザキャッチャーインザトウキョウ」

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 母親と息子は運命最初の両想いだというのを昔聞いたことがある。
母親に捨てられた俺にとって、それだけでモテナイのには十分な理由だ。
母に捨てられたことを寂しいと思ったことはないが、この惨めさは永遠に続くのだろう。
近頃は、オナニーした後に自然と涙がこぼれるようになった。

「…ウミガメかっつうの」

 俺は便座の上でそう呟いた。それくらい弱ってる。

―瞬間、何か知らんが俺のiphoneの電話が突然バイブしだした。

 それは男友達からの着信だった。

”あっ俺、俺。俺今東京に来てるんだよ。今度一緒に会わねぇ?”

 要約すると、就職で東京に来たから近況を報告したいらしいということだった。
俺は孤独だったので即OKした。
なんだか懐かしい。人とまともな会話をしたのは何時ぶりだろう。
大学卒業してから計算すると、うんやめとこう。

―こうして、俺はかつての友(桜井)と秋葉原で待ち合わせすることになった。

 俺は桜井を秋葉原の中央口に呼び出したのだが、アニメ観てたので余裕で15分くらい遅刻した。
俺と桜井の関係はそれくらいアバウトだ。
俺は早すぎもせず遅すぎもせず改札を抜けると、そこには灰色のパーカーと赤色のズボン、そして黒い
ハットを被った眼鏡の糞ダサイ桜井がいた。

「よう、元気してたか」
「桜井君、その格好はないわ」
 
 俺たちは笑いあった。平日の秋葉原で。
秋葉原(平日)の案内をしながら俺は桜井に近況を報告した。
会社を辞めたこと。三年くらいひきこもっていたこと。貯金が尽きて日雇いで肉体労働していること。
桜井は一通り俺の話を聞いた後、

「俺、今青山に住んでんだけど、お前もがんばれよ」

 と言いだしたので、

「うわぁ…がんばろう」
 
 と俺は言い返した。  

「いや、まじで住んでんだよ。お前、シェアハウスって知ってる?」

 お前という言葉に軽くカチンときたが、シェアハウス?
この糞眼鏡、最近定職に就いたからって調子乗りすぎだろ。

「シェアハウス?へー家賃いくらなの?」

「月で電気、光熱費 ネット込の5万だけど」

 ふむ。俺は家賃3万5千で住宅手当貰ってる底辺だが、まあそんなもんだろうなと
無意味に納得した。

「二階建てで男3人に女が二人で住んでるんだけどー…」

―合法的にかつ強制的に女と同棲する方法。
しかもたった月5万で、俺の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

「プレイにすると1時間69円て感じかー」

「え?何それ?」

「なぁ、今から桜井君の家行こうよ。見てみたいんだけど。」

俺は、桜井の家に行くことにした。合法的に行くことにした。

…つづく



「登場人物紹介」

桜井…男友達(上京してきたばっかでださい)
▽電車を乗り継ぐとそこは青山だった。

「へー駅からすごい近いし、閑静な感じでいいね。」

 俺は意味なくそんなことを口走っていた。
てかシェアハウスのことが気になって道もほとんど覚えていない。
まあ、帰りは桜井が付き添ってくれるだろ。

「ここだ。着いたぜ。」

 唐突に桜井が普通に一軒家に入りだす。正直シェアハウスを舐めていた。
普通に豪邸である。桜井は手慣れた手つきでドアロックの電子パスワードを
操作し…

「あれ?開かね。」

 …うん。死ね。

「まあ、高級住宅だからな。そういうこともあるんじゃない?」

 俺も何言ってんだろ。

「ああ。始めから開いてたのか。なるほどねー。」

 どうやら、ドアのロックをしていなかったらしい。
桜井がもう一度電子パネルを操作する。今度は普通に開く。
何のためのセキュリティだよ。つーか玄関広いな。

「おじゃましまーす。」

 俺は誰に言ったんだかわからない暗い挨拶をし、部屋に上がる。
やがて、桜井がリビングの部屋の扉を開けるとそこにはバランスボールに座る
イケメンがこちらを見つめていた。

「あっ。こいつ俺の友達。」と桜井は俺を指さし、

「あっ!そうなんですか!僕は辻です!よろしくです!」とイケメンは元気よく
俺に挨拶する。

 俺は自分でもよくわからないテンションで「若いなー!君!」と喋り、
そのまま桜井の隣に座りだす。こうして見るとイケメン(辻)は十代後半といった
ところか、声がハキハキした好青年でありかつ眼鏡キャラというできそうな男だ。

「じゃあ、第一住人発見てことで。」ハットを投げ置き桜井と辻が笑う。

ふいに、こいつら謎の友人や知人が来る度に一々自己紹介してるんじゃないかという
不思議な気持ち悪さを感じたがそんなことはどうでもいい。今はこの家を探検したい!

「広いー!この部屋!何部屋ぶち抜いてるの!?TVでけー!キッチンすげー!」
「なー!広いよなー」
「ですよねー」

 とにかくすごかった。こんな言い方しかできない俺はバカだが、5から6人は余裕で
住めるだろう。さすがにクローゼットや寝場所などは男女ごと一部屋にまとめているが
共有スペースがリッチで快適なので、プライバシーにこだわりがなければ十分だろう。

「どうやら、他には人いないみたいだぜ。残念。」

 辻君と別れ一通り家を探検した後、桜井はそう呟いた。いや、今日平日だし…
そう俺が喋ろうとしたまさにその時―

「どーーーーん!ちょっとみんな手伝ってほしいんだけど!」

 玄関から頭の悪い小学生のような女の声が2階まで轟いていた。

…つづく


「登場人物紹介」

桜井…男友達(ださい眼鏡)

辻…イケメン(できる眼鏡)

謎の女…頭悪そうなロリ声
2, 1

  

「とりあえず、行ってくるか―」と桜井が階段を降り始め、
「”みんな”て俺も含まれてるのかなー」と俺も後ろから続く。

 階段を降りるとリビングから出てきた辻君と廊下で合流し
三人そろって、玄関に向かう。玄関には大小様々な荷物に囲まれた一人の少女が

「お願い!こっちこっちー」と手を振り呼んでいた。

 背の低い童顔でモチモチした白い肌の美少女だが、おかっぱの髪型のせいか
受ける印象は少女というよりわんぱく小僧と言ったほうがしっくりくる。
てか服装がトレーナーにジーパンというのはどうかと…化粧もしていない。
まぁ、その必要もない感じの娘だ。

「今、車に荷物つんであるんで、一緒に運んでくれると助かるかなーて…」
車?よし、少女は撤回しよう。

「オーケーわかった。」
 桜井が若干、被り気味に言葉を遮り少女(小僧)と玄関を出る。
残される俺と辻君。

「全部、あいつ一人で…」俺がそう呟きかけると、
「僕らも行きましょう。」辻君が玄関の扉を開けていた。

―きたか。ついにこの時が。倉庫の日雇いで鍛えた力を見せる時が。

 外にでると桜井が車のトランクから白いクリアケースのチェストを出していた。
こいつを運ぶのか?たぶん桜井、てめぇには無理だ。

「桜井君さぁ、それ俺が運ぶわー」
「え?これそーとー重いぞ。一人で行けるか?」
「よゆー。まぁ。かしてみ?」

 ズシリと感じるいつもの重さのはずだった。だが持ち上げようとした瞬間
指に激痛がはしる。これは、体全体で支えていけるかどうかだろ。たまらん。
よし、一度放そう。

ボゴォン!

 トランクが沈む。何入ってんだよこれ…

「じゃあ、お前に任せるわ。俺達は他の運ぶから。」
 桜井は俺にチェストを丸投げし、他の荷物を家へと運ぶ。
辻君と小僧も俺に構わず、せっせと荷物を運び始める。…さいですか。

「こぉおおお…」
 呼吸を整え俺は力を溜める。

「容易いぞ!ここから家まで伝わる距離は!!クリアケースオーバードライブ!」
俺渾身の運搬疾走なら玄関まで届くはず。

――意外、それは階段。俺は玄関前の階段で諦めやっぱ放すことに決めた。
すると「あっ。私も持ちますよ。」と横から小さな声がする。
気の弱そうな、黒いビジネススーツの女性がそこにはいた。

「頼みます。」
 存在感が全くなかったこの女性と協力して、俺はなんとか荷物を玄関まで持ち込んだ。
玄関では、桜井、小僧、辻君がだらだらと佇んでいる姿が見える。

「おっきたきた。」と桜井。
「ごめんねー手伝わして。後はオレ達でやるから休んでて。」と小僧。
 小僧…お前、オレっ娘だったのか。
「なんか、すみません。」
 辻君は黒スーツの女に申し訳なさそうな顔をしている。
…まぁ、女性に持たせる荷物ではないよなあの重さは。

 ▽というわけで、俺と黒スーツの女はリビングに待たされる(放置される)ことに
なった。俺はバランスボールに座り、テーブルの向かいの黒スーツ女は椅子に座る。

――沈黙。黒スーツ女はまるで就職の面接に訪れた新卒のように背筋を通し、足を
揃えた上品な姿勢のまま、俺を見つめている。
バランスボールの柔らかさを確かめながら俺は、彼女を見つめる。
…この娘は薄化粧してるな。小僧とは違う影のある美人だ。

「私、サキちゃんの友達で水代といいます。サキちゃんの荷物を届けに来たのですが、
迷惑ではなかったでしょうか?」
 唐突にペコリと黒スーツ(水代)が俺に頭を下げる。
「いや。俺も桜井君の友達てだけで、別に気にしてないけど。」
「そうですか。よかった。叫び声を上げていたので少し気になって。」

 水代さんの顔が少し明るくなる。…俺の運搬疾走を警戒して不安だったのか。
なんかごめん。あの小僧はサキちゃんていうのか。へー。

「てことは、車は水代さんの?」
「ええ。そうです。」

 なんかこういう普通に、しかも良い感じの女性と会話するのはじめてかも。
日常会話てこんなに安らぐものだったのか。俺がそう感慨に耽っていると…

 ドタドタドタ…
階段を駆け降りる音が。誰かがものすごい勢いでこちらに向かってくる。

「ばーーーーーーーん!!無職なんだってね!」

「え?サキちゃん?」
水代さんが不安気な顔でリビングに飛び込んできた小僧(サキ)を見る。
…何言ってんだこいつ。サキがドヤ顔で俺に近づいてくる。
…やめろバランスが崩れる。俺に近づくな。

「桜井さんに聞いたよ!無職なんだってね!!」

――終わった。俺の青春。
さっきまで新卒にしか見えなかった水代さんが今は人事の面接官に見えるくらい
俺は絶望していた。バランスボールを降り、ソファーにドカッと腰かける。

「…そうだよ。クズっすわー」俺は答えた。

…つづく


「登場人物紹介」

桜井…男友達(チクリ眼鏡)

辻…イケメン(空気眼鏡)

サキ…オレっ娘(空気読めない)

水代…サキの友達(スーツ)

 …▽暗闇。あの頃―
 皆が寝静まった後、薄暗い部屋の中で幼い俺はただ扉を見つめていた。
その扉から漏れる微かな光を布団の中からじっと目をそらさず、母が現れることを
期待していたんだ。
扉が開き女が現れ、自分の前を通り過ぎる時「この人が僕のお母さん?」と何度も
ドキドキしながら想っていた。母は俺を捨てた。だが、顔くらいは一目覗きにくる
かもしれない。だからずっと、顔も声も名前もわからない母を感じたくて…

 暗闇の中で扉の光を眺めることがあの頃の幸福だった…
はずなのに、いつからか目を閉じ眠ってしまうようになったのは、
待つことに飽きたからか?惨めさに耐えられなくなったからなのか?今はもうわからない。
俺は…

「もしもーーーし!!もしもーーーーーし!!」
 子供の声がする。どこかで聞いたことあるような…ああサキちゃんね。
「こいつ、嫌なことあるとあるとすぐ現実逃避するからな。」
 何時の間にか桜井もいやがる。お前は本当ぐうの音も出ない畜生だな。
「荷物運びも一段落したことだし、自己紹介しようぜ☆」
 サキがへたくそなウインクをする。え?自己紹介?すりゃーいいじゃん。

「ええーと、まずオレから。朝田サキです☆夢はクリエイティブな仕事に就くこと
とお嫁さんになることです☆以上!!はい次!辻君!!」
「辻幸成です!このシェアハウスでは一番若い18才です!
夢は東京で独り立ちすることです!!」
 ふーん。そっかー。なんかテンションたけーな。
「はい☆シズちゃんも自己紹介して!」サキが水代さんに振る。
「私は、もう…自己紹介したて…いうか。水代静です。夢は特に…ないです。」
 あたふたする水代さん。これが普通の反応だよな。うんうん。
「次、お前の番だぞ。」と桜井。
 
「え?俺もするの?」
「当たり前だろ。このままじゃ無職のよくわかんねー奴だぞ。アピールしろよ。」
 桜井は励ましてるのかトドメを刺そうとしてるのか、俺を試しているのかこいつ。
「あー、安居最古です。よろしく。」
 とりあえず、俺は名乗った。夢なんかねーよ。
「え?何その名前。偽名?」
 サキがむむっとした顔で俺を疑う。めんどくせーな。
「バクマンにそういう名前いましたよね。たしか。」
 辻君がさらに話をめんどくさい方向に持っていく。偽名じゃねーから。
「ああ。こいつ安居最古(ヤスイサイコ)ていうの。本名だぜ。」
 桜井が二人に説明する。
「じゃあはい。アピールポイントは?」
 桜井が興味なさげに俺に振る。
「特には…強いて言うならパワーかな。」
「へー。じゃあ俺と腕相撲で勝負しろよ。」
 桜井が腕をまくりテーブルの前につきだす。こいつ俺を潰しにきてるだろ。
「面白そう☆オレがレフリーする☆」
 サキが楽しそうにレフリーをかってでる。やるしかないなこれは。
俺と桜井はがっつり手を握り締め、サキがその上から掌で蓋をする。
硬さと柔らかさの二つの感触が俺の手に伝わる。桜井、お前流れで負けてくれるよな。

「レディー…ゴー☆」
…始まった。そして桜井はガチだった。全力でいってるのにピクリともしない。
お前、空気読めよ。
「なぁ。俺、シェアハウスでは腕相撲の強さ何番目くらいだっけ。」
 そういうのいいから、お前負けろよ。
「ん?わかんない。」とサキ。
 俺と桜井以外はみんなポカンとしている。
皆が皆ジャンプネタ理解して乗っかると思うなよ!てめー!ぐぬぬ…動かねー!

…ぐしゃ!!俺は勢いよくテーブルに叩きつけられた。
「もう一回。」
「やんねーよ!!」
「いいのか?これじゃあ。夢は声優と結婚することになっちまうぞ?」
「いやもう、十分です。」
 これ以上は付き合っていられない。このままだと俺はなんだか色んなものを一度に
奪われていく気がする。もう帰った方がいいだろ。俺的に限界だろ。

「俺はもう、今日は帰るよ。桜井君の暮らしぶりもなんだかわかったし。うん。」
「え?もう帰んの?」桜井が白々しく答える。こいつ…。
「ねー夢は?」
 サキが子供の様にきょとんとした顔で呟く。いや、夢なんてないけど。
ここで何も言わずに帰るのも空気が悪くなるよな。なんか適当に言っとこう。

「そうだな。強いて言えば、東京というライ麦畑のキャッチャーになることかな。」
「ぶふぉ!」
 水代さんが噴き出す。水代こういうの好きか?
「お前が、崖から落ちそうになってるつうの。」
 桜井も笑う。あれ?お前もそういうの読むのかよ。

 ▽こうして俺はそそくさとシェアハウスを後にし、家に帰ることにした。
帰り際、ふと仄かな予感が俺を包む。
もしかしたら、桜井はもう俺に連絡をしてこないのでは―


「また来てね☆」
 不意にサキの明るい声がする。振り向くとリビングの扉から顔だけひょこっと
飛び出している。続けて「またなー」とリビングから桜井の声が漏れる。
「お、おう…」
 玄関からでると夕暮れの冷たい外気が俺を襲う。冬の寒さが身にしみる午後だった。

…2章へつづく。
4, 3

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