第14章 聖都潜入
「僕1人でやらせてくれ」
風の精霊シルフから決闘の申し入れを受け、僕は言った。シュジェが驚いて僕を見る。
「たしかに、決闘に勝利すれば精霊シルフの協力を得ることが出来るでしょうけど」
「‥‥シルフの助けを得ることは確かに重要だけど、そういうことじゃないんだ。これは、僕一人で乗り越えなきゃいけない試練だと思うんだ」
――僕が胸を張ってウェンディの夫と皆の仲間を名乗るには、僕一人で勝たなきゃいけない。これは僕の意地だ。
「それじゃあ、今日のところは教会へ戻って、決闘の作戦を練りましょう」
「3人はこのまま城内に侵入して、ヨハネスと合流してくれ。余り時間もないし。決闘は僕一人でやる」 僕はシュジェの提案を退ける。
ウェンディが驚いて僕を見る。 「わたしも‥‥?」
「うん‥‥」
僕の返事を聞くと、彼女は顔を伏せる。
「わかった。森の宝玉を持っていけ。風の精霊相手なら有利に闘えるはずだ」
そう言って、ガルーザは碧色の宝石を僕に手渡した。
「‥‥ありがとう。必ず返すよ」
シュジェがため息をつく。 「仕方ない。保証はできないけど、この前島で渡した痺れ薬も、シルフ相手なら有効なはずよ」
僕は頷く。ウェンディを見ると、彼女は不安そうに俯いている。僕は彼女の手を握る。
「不安にさせてごめん。でも、必ず無事に戻るから、心配しないで」
アンリが1人教会に引き返すと、ガルーザ達は上層への階段を登る。
すると、ウェンディが心許なげな様子で後ろを見ている。
「アンリを信じてやれ、ウェンディ。あいつは頼りないところもあるが、お前を残して一人で死んだりしないさ」
彼女はガルーザの言葉を聞いても暫しためらっていたが、決心をしたように階段を登った。
かなり長い間階段を登ると、やがて上層の監視塔が視界に入った。100メートル程前方に、左右にそれぞれ1棟ずつ建っている。 光の筋が円を描くように周囲を照らす。
「やはり、気付かれずに進むのは難しいか‥‥?」
「私が行くわ」
ガルーザが思案していると、シュジェが言った。
「私なら気付かれずに監視塔まで行ける。警備兵を片づければ、騒がれずに先に進めるわ。2人はここで待ってて」
彼女は足音を殺し、監視塔へ向かって壁伝いに疾走る。
――手前に1人、後方に2人ね。
半分ほど距離を詰め、彼女は監視塔の状況を確認する。
――あれは‥‥ウルフ!?
警備用のウルフが監視塔に配置されていた。ヨハネスが片付けたはずではなかったか。
「気付かれた!」
シュジェは一目散に監視塔まで疾走る。
「不審者だっ‥‥!」 警備兵が声を上げるや否や、シュジェは監視棟の下から矢を放った。手前の警備兵とウルフが倒れる。
彼女はすかさず監視塔を駆け登る。
「ぐふっ‥‥!」
無線機を手にしている警備兵の腹に強烈な膝蹴りを入れ悶絶させると、残る1人に大剣を突き付ける。
「安心して。一人も殺しちゃいないわ」
「――こちら第6監視塔‥‥どうした‥‥?」 すると、床に落ちた無線機から声が聞こえる。
「拾って。異常なしと応答しなさい」
彼女は警備兵に大剣を向け、囁く。
「こちら第5監視塔‥‥何でもない。ぐはっ!」
残る1人の警備兵を悶絶させると、シュジェはため息をついた。
聖帝イヴ・オーギュスト・レオンは鉄製の扉を開け、薄暗い回廊を進む。
十字路を右に曲がり、10メートル程歩くと、不意に立ち止まった。鉄格子の先にうずくまる男を見下ろす。
「これはこれは。聖帝様のお出ましか」
「元気そうだな」
「‥‥おかげ様でね」 ヨハネスは挑発的に笑い、続けて口を開く。
「何が目的だ。神父ともあろう者が、権力に目が眩んだか?」
「ふふ、俺はエル・シドとは違って権力などに興味はないさ。俺が興味があるのは、真実だけだ」
「真実‥‥?」
すると、聖帝は鍵を取り出し、鉄格子を開ける。
「出ろ。散歩に行くぞ」
ヨハネスは立ち上がる。
「わからんな‥‥貴様がわざわざ麻酔弾を撃って俺を城内の牢獄に入れた理由も、そこから助ける理由も」
「移動しながら話してやる」 イヴはヨハネスにダガーを渡す。
2人は十字路を曲がって回廊を引き返し、鉄扉を開ける。
「どうだ? ネスビット」
「異常なーし!」
急ぎ足で地上への階段を登る。
「それで?」 ヨハネスが尋ねる。
「それで、とは」
「言っただろう。お前がこんなことをする目的だ‥‥!」
「先程も言ったが、俺が知りたいのは真実だ。俺の父‥‥リオネル・オーギュスト・レオンが十字軍を編成し、魔族を虐殺した理由。母が殺された理由。そして、リオネルがその後どうなったか。その他のことには興味が無い」
「‥‥つまり、貴様も精霊共の証言を聞きたいということか。アンリと俺が自分を訪ねて来たことをいいことに、それに便乗しようということだな」
ヨハネスが早口で告げると、イヴは微かに笑う。
「まあ、そういうことだな。‥‥俺の力じゃあ精霊の証言を得るどころか、精霊に謁見することも出来なかったからな。君達が来てくれたのは、長年思い悩んできたことの答えを得る千載一遇のチャンスだった」
ヨハネスはニヤリと笑う。 「要するに、共通の目的のために力を合わせようということだな」
「そういうことだ」
すると、前を歩いていたネスビットが曲がり角で停止する。
「どうした?」
「なんか、偉そうなおじさん達がこっち来るよ」
イヴが様子をうかがうと、聖都守護隊長が部下を引き連れてこちらに向かってくる。
「まずいな‥‥」
「一度戻るか?」
「いや、あの守護隊長は俺のことを信用していない。誤魔化し切れないだろう」
イヴが神妙な顔つきで思案する。
「ネスビット、久々に暴れるか?」
質問を受け、ネスビットはにんまりと微笑んだ。
―ズドドドドドドド!
「ひゃっほー!」
ネスビットが鬼の様な勢いで銃を乱射すると、1人2人と隊員が倒れる。
突然の襲撃に遭い、必死に逃げるテオドール守護隊長が倒れると、あっという間に敵は殲滅した。
「暴れ足りないわ!」
ネスビットが銃口を吹き、勝鬨を上げる。
「その銃、また威力が上がったか?」
「日々、改良を重ねております」 ネスビットは得意げに言う。
「‥‥貴様ら、正気か?」
信じられない光景を目の当たりにし、ヨハネスが聞く。
「正気な自信はないが、心配するな。ネスビットが撃ったのは実弾じゃなくて麻酔弾だ。死ぬことはないだろう」
「‥‥別に心配はしていない。しかし、これで聖都中を敵に回したことになる。急いだ方がいいな」
「大丈夫だ。あとは飛空艇に侵入して動力炉を破壊すればいい」
3人は気絶している守護隊員を跨ぎ、飛空艇へと急いだ。