ここまで話し終えたところで、ニッポニアは限界だった。意識を保つことができず、膝をつく。
前のめりに倒れこむと、小さな異星人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
目が覚めると誰もいない。またひとりぼっちに戻ったのか?
顔だけ真横を向くと、そこには見慣れた顔があった。書記がこちらを見下ろしている。
ニッポニアの肩の上にちょこんと座った書記が、微笑みを浮かべてこう告げてきた。
「おはようございます。お目覚めですか?」
ああ夢ではなかったんだな。そのことがわかって落胆する。人類はあいかわらず滅亡したままだ。
ニッポニアは本当のことを言わない。
「君たち小さな異星人がわらわらとたくさんいるのを見ていて、気分が悪くなってしまってね」
すると、書記の瞳の奥にある光が揺らいだ。
次の瞬間、とんでもない行動に出る。
いきなりニッポニアの頬を小さな手で平手打ちしてきたのだ。それも往復で。思いっきり。
突然のことで避けることもできなかった。
ちくりとした痛みを感じながら、ニッポニアは呆然とするしかない。
いったい、なぜこんなことをされなければならないのだろう。理解に苦しむ。
同胞を侮辱されて怒ったのかと思ったが、違った。
「そうやって心にもないことを言い続けて生きていくつもりですか。あなたは話すのが本当は嫌だから、わざと話を長く引き延ばしていたのでしょ。それでも私はあなたが自分から話してくれるのを待ち続けます」
気絶するほど話したくない。自分が脈々と続いてきた人類の歴史に終止符を打ったなんて。
それでも、ニッポニアは話そうと思った。話すならば、この書記に一番最初に聞いて欲しい。
私は当時二十三歳で、就職浪人のただなかでノイローゼぎみだった。
東京に原爆が落ちる夢ばかり見るのである。
そんな折、友人にも親にも取り合ってもらえなかった相談を祖父だけが真面目に聞いてくれた。
それもそのはずで、祖父どころか先祖も同じ夢を見ていたと言う。
私はショックで誰かに言わずにはいられなかった。
安アパートで椅子にもたれながら友人に電話すると、またしても取り合ってくれなかった。
「聞いてくれ。前に話した夢の話、俺だけじゃなかった。祖父も先祖も見ていたらしい。これはもう何かあるに違いない」
「何かって何だよ」
「これは予知夢なのだと思う」
「変な宗教にはまったんじゃないだろうな」
「違う。あの夢だと浦賀沖に浮上した米海軍原潜から核ミサイルが……」
「同盟国のアメリカがそんなことするわけないだろ。とにかく俺は忙しいから切るぞ」
一方的に切られてしまった。私の妄想だと思っているのだろう。
祖父からの誘いで夢の中で見た場所に行ったこともあった。
浦賀の港に行ってみると、漁船ばかりで原子力潜水艦なんて影も形もない。やはり夢は夢。
私はしばらく夢の事なんてすっかり忘れることができた。
今は就活のことを考えなくては。就職氷河期で、もはや第二新卒の十一月だというのに未だに内定をもらえていない。
なかなか寝付けずにいると、カサカサと害虫の気配がして飛び起きる。
私は思い立って、設計図を引き始めた。私はこういう設計図を書くことや、機械いじりをしていると心が落ち着くのである。
しかし遊んでいるわけではない。これも就活の一環だ。
害虫どもめ。八つ当たりしてやる。
私は共振を利用した害虫駆除の機械の図面を書き終えた。特許を取るための書類もまとめる。
この設計図さえあればきっと……。翌日、設計図を手土産に殺虫剤メーカーに面接に行くと即日不採用を言い渡された。
「えっ? どうしてですか」
「アイデアはいいんだけどね。これ売り出すとしたら莫大な値段になるよ。商品にむかない。それにね、この装置があると一回で害虫駆除が済んでしまう。顧客が何回も消費して、買い続けてくれる商品を作らなければ意味がないんだ」
「それでは私を採用するメリットがありませんね」
「まあ、そうなんだがね。君の熱意は伝わったよ。残念だけど仕方がない。他を当たろうか」
こうして私は黒星を一つ増やし、また悪夢が始まる。
就職活動を続けて落ち込むたびに、ある妄執に囚われるようになった。
せっかく設計したこの装置を実際に造ってみたい。なんとか低予算で造ろうと苦心した。高校の時の友人から譲ってもらったラッパを銃口に、愛用の電気シェーバーの部品を発振器に流用した。この装置は虫の外骨格のキチン質の固有振動数で振幅することで共振を起こし、虫だけを殺すことができる。発声だけでガラスのコップを割るように。
装置を作り上げてみて、満足感を得られたのはほんの一時間くらいだった。造ってしまえば、使ってみたくなるものである。私は悪魔の考えに取り憑かれた。
もし、これを夢で見た原子力潜水艦に発射したらどうなるのか? 私は試さずにはいられなかった。
またもや浦賀の埠頭に向かうと、原子力潜水艦なんてないではないか。なんと夢とぜんぜん違うのである。
だが私はあきらめない。潜水艦なのだから、深く潜って見えないだけではないか。
ならばと、ここで私は海面に銃口を向けた。
水中のほうが音は伝わりやすい。原子力潜水艦の水深にもよるが、もしかしたら届くのかも知れない。
私は携帯電話を改造した装置に緒元を入力する。核弾頭に使用されているウラン238の固有振動数。
携帯を弾倉に込める。
試してみたい。
私は引き金を引いた。
大きなラッパの音が鳴る。
何も起きない。
ただ白波が砕けては、また寄せてくる。
まだ引き返すことはできた。だが、私は引き返さなかった。
核弾頭には鋼鉄製の覆いがしてあるはずだ。覆いを共振で破壊した後に、もう一度ウランを狙えば……。
そう思い、さらに引き金を引いた。
「何も起きないじゃないか」
私は安堵していた。いったい何をしていたのだろう。東京に落ちる核ミサイルを防ごうと、原子力潜水艦に先制攻撃。もしかしたら大勢の人が亡くなる事態になっていたかも知れない。何事もなくて良かったんだ。そう自分に言い聞かせながら家路に着いた。
浦賀沖水深百メートル。
米海軍原子力潜水艦ヘルの点検用通路で二人の乗組員が話している。
「今、ラッパのような音が聞こえなかったか、マイク?」
「ガルシア、君も聞いたのか。妙な振動もあったな」
「ジャップの国だから地震か?」
「いや確かミサイルサイロだけがかすかに揺れていたんだ」
ガルシアがなかなか信じないので、マイクたち二人はミサイルサイロまで来て点検した。
「ほら、何もなっていないじゃないか」
ガルシアの言うとおり揺れはすでに収まり、なんともなっていない。サイロの底に光る何かが落ちているだけである。拾ってみるとそれはネジだった。
「たかだかネジが一本はずれただけじゃないか」
「最も安全に気を配っている核ミサイルのネジだぞ。勝手にはずれるわけがない」
二人は一大事と考えを改めて、艦長に報告した。
艦長のアレクサンドル・ヴァシーリイ中佐は部下から渡されたネジを見て怪訝な顔をする。
「核弾頭姿勢制御用スラスタのネジだ。ネジがひとりでに散歩でもしたというのか? はたまたスパイが一本だけネジを抜いていったか? 何のために? これはメッセージじゃないか。我々の核ミサイルはいつでも破壊できると。誰にも気付かないうちに、すでに我々は攻撃を受けたのだ」