ゴールデンウィークが始まって3日目、ボクはあつし君と一緒に駅前のベンチに座っていた。桜はもう散ってしまったけど暖かい風が連れてくる春の香りというのはなんともいいものだ。
花粉症でマスクを着けたあつし君がボクに尋ねた。
「せっかくの休みに外で何しようってんだよ...」「決まってんだろ」ボクはケースから愛用のギター、レゲエマスターを取り出した。
「新メンバーも決まった事だし、肩慣らしだ。天気もいいし、路上ライブと洒落こみますか」ギターのチューニングをしながらボクは先日のメンバー募集オーディションを思い出した。
同い年の鈴木君がバンドメンバーとして加わった。彼とは今まで接点が無かったけどバンドを通して色々と打ち解けていければいいなと思う。
6弦の音を整えるとボクはベンチから立ち上がり、電車で市街へ出かけるであろう人たちに向かって声をあげた。
「え~、ゴールデンウィークをお楽しみの皆さん!向陽ライオットでおなじみのティラノ洋一です!早速ですが、聞いてください!
『ボクの童貞をキミに捧ぐぅ~』!!」
「その曲演る?この場所で?」あつし君のツッコミを無視してボクはキンキン鳴るギターをかき鳴らしながらT-Mass時代に作った名曲を歌った。
曲が始まると何人かがボクの方を見て立ち止まったり、写メを撮ったりしていたがみんな目的があって駅に来ているためボクを囲んでどうこう、という事はなかった。
演奏が終わるとボクはギターを弾きながら股下のベンチをぺちぺち叩いているあつし君に聞いた。
「ねぇ?みんなの反応薄いからもう一回演っていい?」「好きにすればいいじゃん」「よし...初めてキミと会った時から、したいと思ってたセックス、セックス、せーくっす!」
「まるで童貞のバーゲンセールやな」
演奏中、ボクはテンガロンハットを被った気取った男に声をかけられた。あつし君がベンチから立ち上がる。「あ!浜田さん、お久しぶりです!」
その声を聞いて背の高いその男は笑いながらハットを取った。彼は地元で幅を利かせているバンド、『となりの壁ドンドンズ』のフロントマン、ドンキホーテ浜田さんだ。
「ども、浜田さん!今度の新曲のセールス、かなりヤバいみたいですね!」「それを言うなちゅーの!」ボクに軽くツッコミを入れると浜田さんはベンチに座って煙草に火をつけた。
煙を吐き出すと浜田さんは本題を切り出した。
「で、おまえらこれからどうするん?鱒浦抜けてにっちもさっちもいかん状況やろ?」
「それがこないだ新メンバーが加わったんですよ!」
あつし君が嬉しそうな顔をして浜田さんに告げた。あつし君は鈴木君とのセッションで今後バンドを続けていく上でのきっかけを掴んだようだった。
「音楽をやめたい」、と言われた時は正直ビビったけど今後も彼と一緒に音楽をやっていく事が出来てよかったな、とボクは思う。
「あれ?ティラノんじゃん?久しぶり~」
駅のエレベーターから降りてきた女の人がボクに向かって小さく手を振った。ボクはその人に見覚えがあった。ショートボブでデカイサングラスをかけた向陽町出身の芸能人にボクは声を返した。
「お久しぶりです、エスカさん!新曲、ツタヤで借りて聞いてます!」
「はは、円盤買えよこの野郎」
エスカさんがボクの肩を小突くと「おお!向陽町の英雄の凱旋や!」と浜田さんが調子良く声をあげた。それを聞いて通行人の何人かが振り返るとエスカさんは顔の前に指を立てた。
それをみて悪い、悪いと浜田さんが頭を下げる。「いや~それにしても、」浜田さんが煙草を携帯灰皿に入れて言った。
「向陽ライオットの後、『きんぎょ in the box』は全国メジャーデビューやろ?」「先週のオリコン、9位でしたっけ?エスカさん?」
あつし君に聞かれてエスカさんがにっ、と口を横に開く。「大会準優勝バンドがバカ売れして、優勝バンドのおまえらは解散してこんなトコで路上ライブか。ずいぶん差がついたなぁ!ホンマに」
ベンチに座ったボクの肩に浜田さんが手をかけて笑った。「は、すぐにボク達もメジャーにいきますって。ヒットチャートをかき回してやりますよ!ホンマに!!」
ライバルバンドの手前、精一杯強がってみたが彼女達とボク達には大きな差があるのは事実だった。
「そういえばあいつと話したよ。『バイオ』のSYOW-YA」それを聞いてボクの心臓が跳ね上がった。隣のベンチに座ってエスカさんが話を続けた。
「話した、って言ってもテレビで共演した、って感じだけど」「あ、それ見てた!」浜田さんが目を見開いてエスカさんを指さす。
「先週のミュージックジャンクションですよね?」「そう」あつし君に尋ねられエスカさんがうなづく。
「え、出ててんだ?知ってたんなら教えてくれてもいいのに!」「おれたちその日、オーディションやってたじゃん...」
取り乱すボクの姿を眺めながらエスカさんはひとつ、ひとつ思い出すようにボクらに告げた。
「事前の出演アンケートで熱帯魚を飼ってます、って書いたら彼も飼ってるって言うからそれについての絡みでマイク越しに話したって感じだけど」
「なぁ、前から気になってたんやけどテレビでのミュージシャン同士の会話って、アレ全部仕込みなん?」
浜田さんがエスカさんにテレビの裏側について尋ねるとボクはほっと、息を吐いた。もしかしたらボクについてマッスが何か言ったのかもしれないと思ったからだ。
最近、焦りでちょっと自意識過剰になっているのかもしれない。「ちょっとティラノ君」エスカさんがボクに手を差し向けた。「ギター貸してくれる?ちょっと弾いてみたくなっちゃったから」
それを聞いてボクはギターをエスカさんに渡す。「ぶっ壊したりしない?」「しない、しない。変な漫画の読みすぎでしょ...てかこのやりとり懐かしいな!」
セルフツッコミをするとエスカさんが指で弦を鳴らしながら呟いた。「レゲエマスターかぁ...声の高いティラノんには合ってるかもね」
ぼーん、ぼーんとエスカさんのコード弾きの音が響く。「で、そっからエフマイナーに移行するワケやろ?」「なぜわかった」
サングラスの下でエスカさんがはにかむ。「舐めてもらっちゃ困るで。これでもミュージシャンの端くれやで?」と浜田さんが胸を張る。
「D-A-Bm-F#m-G-D-G-A にしてカノンコードにしてみよう」「後半のドミナントとトニックを入れ替えてもええと思うで」
「...はは、なんだか全然わかんないや」
コード談義を始めるプロミュージシャン二人を横目にボクはお手上げのポーズをしてあつし君の隣に座った。
「ねぇティラノ、メンバー募集して本当によかったよ」「そうかなぁ」ぼうっと通行人を眺めるボクとは対照的にあつし君は前のめりに手を組んでボクに言った。
「鈴木君だっけ?彼はいいよ。あいつとはテンポがあうような気がする」「テンポがあう、か」ボクはあつし君の言葉を繰り返した。
現時点ではその鈴木君がどのくらいボクらについてこれるかわからなかったし、彼の性格上、ボクの書いた曲を演ってくれるだろうか、という不安もあった。
でもボクはその思いを呑み込んだ。くよくよしてても始まらないし、前に進まなきゃマッスには追いつけないのだ。
「あ!あの人もしかして『きんぎょ』のエスカさんじゃない?」「あいつもしかして『T-Mass』のティラノじゃね?」
学生の集団がボク達に気づいて声をあげた。「やば」エスカさんが立ち上がり、ボクにギターを返してカラコロを引きずる。
「『ドンドンズ』の浜田もいるで!」浜田さんが調子づいて自分を指さすと学生達の視線がそっちに移る。
「じゃ、ティラノ君とあつし君、頑張ってね」ボクの肩を再び小突くとエスカさんは早足で雑踏の中へ消えていった。
ボクは肩の痛みを噛み締めながら決意を固めるように呟いた。「それじゃ、頑張りますか」ボクは立ち上がると群衆に向かってギターをかき鳴らした。
少年達がボクを見て歓声をあげる。「ども!向陽ライオットの覇者、ティラノ洋一です!聴いてください!ボクの童貞をキミにささぐぅー!!」
「おまえ、ホンマにそればっかやな」浜田さんが呆れながらボクを見上げる。春の陽気に誘われてボクは何度も自作の下ネタソングを通行人にぶつけまくっていた。