二番目
二番目
「死ね。死ね。死ねよ。」そう呟くと、とても気分が良くなった。僕の両腕は●●●の首を捕らえている。●●●はもがいて、必死に離れようと抵抗したが、それも此処では何も意味をなさなかった。そのまま●●●の首に力を入れ続けると、「……ッ。」と●●●の息の切れる音が微かに聞こえ、抵抗していた筈の●●●の体は急に静かになった。●●●の体が、人から只の物に変わり、少し冷たくなるのを確認すると、僕は罪悪感と最高の高揚を感じた。口元が少し緩んで、言葉にならなかった感情が口から漏れた。
これで七十六回目の殺人になる。だが捕まる事は無かった。そして誰にも見られていない、完璧な完全犯罪だった。何故ならば、此処は「僕の世界」だから、僕は此処では神なんだ。誰にも邪魔されない。現実世界とは違った僕だけの秩序と精神がここに在る。
そんな楽園も、朝に目覚ましベルが鳴ると追放され、眼を開けると体が寝汗で湿っているのに気づいた。
楽園から追放されて二時間程たって、何時ものように駅からの通学路を歩いていた。途中で見つけた丸い石を蹴りながら歩き、少し力を入れて蹴飛ばしてみると、脇にある用水路の中に入った。それを見て、また丸い石を探して、見つけると、さっきと同じ様に蹴りながらしばらく歩いた。校門に近づくと、今度は故意的に用水路の方に向かって蹴った。けれど、石は入らなかった。
教室に着くと、何時もの三十九個の見慣れた顔と一人の顔が眼に入った。その一人は数個の顔と共に談笑している様だ。僕はその脇を通って自分の席に近づき、静かに椅子を引いて座ると、鞄から教科書を出して机の中にしまった。うろ覚えの時間割りを確認する為に、自分の学生証を開いて、見ると、今日の一時間目は数学だった。
チャイムが鳴って、数学の教師が来ると、同時に猛烈な眠気が僕を襲った。別に夜更かしをしていた訳ではないのに、そんな事を思った。
一種の行事になっている教師への心がこもっていない礼をして、椅子に腰を下ろした。
昔から僕は何もできなかった。運動もできず、理解力も無い、何もかもが遅くて、物覚えが悪かった。
特に、学校の体育の授業は反吐が出る程に大嫌いだ。何も知らないの周囲は、僕の事をよく馬鹿にした。悔しかった、頑張っている筈なのに、周囲が出来る事は、何故か僕には出来ない。体が思うように動かない、まるで母親の言うことを聞かない幼児の様だった。
その度に、「ふざけるなよ、ちゃんとやれよ。」と罵られた。ふざけるな? そっちがふざけるなよ。僕は頑張っているんだ、真面目にやっているんだよ。それなのに…。
●●●はそんな僕とは対照的だった。スポーツも出来た。勉強もできて一番だった。同姓からも異性からも、双方から人気があった。
悔しかった。だから僕は……。
「だから勉強したんだね。」
うるさい。お前に何が判るんだ。
「だけど、一番には何時もなれないだね。でも、二番目でもいいじゃないか。君は努力して二番になったんだろう。」
黙れ、黙れ黙れ、殺すぞ。
僕の腕が何時ものように●●●の首を掴むと、●●●は何故か何も抵抗しなかった。だが、これまでと違って●●●は僕を哀れむ様な眼で見つめてきた。止めろ、止めろ止めろ。僕をそんな眼でみるな、止めてくれ。僕は一番なんだ。だからそんな眼で見るな、見るな見るな見るな見るな見るな見るな。
「見るな。」
言葉にならない筈の声が聞こえた。数学の教師が「●●、どうした。」と不思議そうな顔をして僕を見つめていた。周囲も僕を観ていた。
「見るな、見るな見るな見るな見るな。僕が一番何だ。」椅子から立ち上がって、教室で初めて出した大声でそう言った。●●●の席に近づいて、●●●の首を七十七回目までと同じ様に絞めた、●●●は抵抗しなかった。周囲の「ぎっ…ギャーー」と言う叫び声と、教師の「おッ…落ち着きっなさい。」何て慌てる声が聞こえた。だが、今の僕には全てがどうでも良かった。●●●はこれまでの七十六回の様にしばらく力を入れ続けると、人から物に変わった様だった。
それを確認して、
「これで僕が一番だ。」と僕は静かに呟き、これまで以上の罪悪感と最高の高揚を感じ、微笑んだ。