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第3話

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 「ひなた、大丈夫‥?」
 ひとしきり泣いて落ち着くと、類さんが言った。
 「‥お見苦しいところをお見せしました」
 私は類さんの単なる補助者なのだ。類さんに彼氏がいようが、私には関係のない話だ。
 それに、正直言って私自身自分の気持ちがわからない。
 「あの、ひなたさん。すみません‥僕のせいで」
 男が私に謝った。
 「‥いえ、私が勝手に暴走しただけですから。こちらこそ驚かせてすみません」
 なんだか、今は全てがどうでもよく感じる。そもそも、私が類さんのところで働こうと思ったのはなぜだったか‥。そう考えると、これから類さんの元で働くのはムリなことに思える。
 「あの‥、干貝絵衣さんから聞いたんですが、早乙女の父親は都議会議員をやっているそうです」
 私は当初の目的を果たし、立ち上がる。
 「それじゃあ、私はこれで‥」
 「僕は晝間言(ひるまこと)といいます」
 私が逃げるように地下室の出口へ向かうと、男が名乗った。
 ――晝間‥?
 「類の双子の弟です。弁護士をやっていて、今日は仕事の話をしていたんです」
 私は振り向いて彼を見る。
 「類さんの、弟?」
 「そうなんだ。今回の干貝さんの件で、これから言の助けが必要になるから相談をしてたんだよ」
 類さんが優しい口調で言う。
 説明を聞いても、混乱して事情がうまく飲み込めない。
 「今回第1審で敗訴して、これから地方裁判所で審理することになったでしょ。でも、認定司法書士は地方裁判所では代理人になることは出来ないんだ。だから、これから先の手続きは言に代理人になって進めてもらおうと頼んでいたところなんだよ」
 つまり、仕事の話をしていただけで、全部私の勘違いだということだろうか。
 ――恥ずかしい‥。
 私は先程とは違う意味でここから逃げ出したくなった。
 「僕はお酒に弱いから普段は飲まないんだけど、敗訴しちゃったのが少しこたえてね‥。それで今日は少し飲んでたんだ。そのせいでひなたに勘違いさせちゃったみたいで‥、ごめんね」
 類さんが申し訳なさそうに言う。彼女を見ると、たしかに身体が少し赤くなっている。
 事情は飲み込めたが、私はどうすればいいのかわからず立ち尽くす。ひょっとしたら、類さんに自分の気持ちを知られてしまったんじゃないだろうか‥。仮にそうだとしたら、気味悪がられたりしてないだろうか。このまま補助者として働けるとは思えない。
 私が思いつめていると、類さんが口を開いた。
 「ひなたが嫌じゃなければ、これからも今までどおり僕の助手として働いてくれないかな。それでひなたが辛い思いをするようだったら、僕からムリにお願いすることはできないけれど‥。ひなたがこれからも助手として働いてくれると、僕は嬉しい」
 私は暫く逡巡する。
 助手として大して役に立たず、今日みたいに迷惑をかけるだけの私をこれからも雇ってくれるというのであれば、何を断る理由があるだろうか。それに、類さんの傍に居たいという気持ちは勿論ある。
 「不束ものですが‥よろしくお願いします」
 私は類さんに改めて頭を下げた。


 晝間言弁護士が類さんに代わって代理人となり、監視カメラの設置されていた居酒屋に対して裁判所から証拠提出命令が出された。
 「どうだった?」
 裁判所から戻ってきた言弁護士に対し、類さんが言った。
 「入手できた」
 言弁護士がにこりと笑い、DVD―Rを渡す。
 「よかった!府中の事務所で早速詳細に分析してみる。‥ひなたも来る?」
 「行きます!」
 先日の(私が起こした)騒動以来、類さんとは今までどおりの関係が続いている。でも、あれ以来類さんは私のことを苗字ではなく名前で呼ぶようになった。少しは距離が縮まったのだろうか。
 「やっぱり‥。これは偽造映像だ」
 府中の事務所に移動し、パソコンと睨めっこをしていた類さんが呟いた。
 「本当ですか!?」
 やっぱり絵衣さんは嘘をついていなかったのだ。
 「でも、これは素人のレベルじゃない。プロの仕事だ」
 ――プロ‥。映像の加工を専門に扱う業者とかだろうか。
 「相手方の父親が都議会議員だってことは、関係あるんでしょうか?」
 「あるかもしれない。強力なコネを持っているし、議員に取り入ろうと力を貸す業者もいるだろうから‥。息子の犯罪をもみ消そうと、映像を偽造した可能性は大いに有り得る。もしかしたら、警察自体に圧力をかけた可能性も‥」
 映画やドラマではよくある話だが、実際に体験してもにわかには信じられない。‥でも、証拠偽造屋の類さんが言うなら間違いないんだろう。
 「でも、これで偽造映像だってことがわかったから、裁判には勝てますね」
 平気そうに見えても、類さんは第1審で敗訴していたことがこたえていたのだ。私はほっと胸を撫で下ろす。
 「‥裁判所の鑑定に回して偽造だと判断されればいいけど、下手したら鑑定を潜り抜ける可能性もある。それくらいこの偽造映像はよくできてるんだ」
 「そうなんですか‥?」
 「証拠鑑定っていっても、実際に鑑定をするのは嘱託を受けた民間の業者だからね‥。現に、証拠鑑定では僕の偽造書類は見抜けない」
 ――そんな。
 せっかく偽造映像だと判明しても、手を出せないのだろうか。
 類さんは何事か思案したあと、いたずらっぽく言った。
 「偽造には偽造で対抗しよう」
 2日後、池袋の事務所に画流探偵が来所した。
 デートのお誘いを類さんにすげなく断られ、落胆しながら報告書を渡す。
 「最近仕事続きで遅くなっちゃったけど、この件が終わったらひなたの歓迎会をやるから、画流も来る?」
 類さんから招待を受け、彼は天にも昇るという表情で帰って行った。
 「大久保さんに何を頼んだんですか?」
 「映像を偽造した業者を調べてもらったんだ。これで、片がつくよ」
 夜になり、私と類さんは府中の事務所へ移動した。
 類さんは朱肉に印鑑を押し、書類に捺印する。続けて書類の左下に○を書く。
 「よし、証拠の偽造は完了。あとは、言に任せよう」
 

 それから4日後、控訴審の第2回期日が開かれた。
 私と類さん、それに言弁護士が傍聴席に座り、裁判官の入廷を待つ。
 私は大きく息を吸い、吐く。今日の期日の結果次第で裁判の勝敗が決まるのだ。
 すると、法廷の扉が開いた。真っ黒な法服を着た裁判官が、1人、2人と入廷する。
 地方裁判所での審理は、1人の裁判官が単独で行うこともあれば3人の裁判官が合同で行うこともある(合議体という)。しかし、控訴事件については合議体で審理しなければならないため、今回は3人の裁判官が担当することになる。
 最後に裁判長が入廷し、裁判席に着く。
 「それじゃ、はじめるよー」
 裁判長が宣言する。
 全員が起立するが、私は唖然として裁判長を見る。
 「ひなた、どうかした?」
 「えーと‥。なんで子どもが‥?」
 至極当然の質問をしたつもりだったが、まずかったのだろうか。法廷がしーんとする。
 「ひなた、あの人は‥」
 「子どもじゃありません」
 法服を着た女の子が、法廷の一番高い席から告げる。
 「裁名はリサ。れっきとした裁判官です」
 女の子が私を睨む。
 「次に子どもって言ったら、退廷させますから!」


 後から類さんに聞いた話によると、司法制度改革により司法試験制度も大幅に改変され、受験資格が完全に撤廃されたそうだ。つまり、文字通り誰でも受験ができ、合格して司法修習を受ければ、たとえ未成年でも法曹になれるらしい。
 「リサ裁判官は去年、史上最年少の16歳で裁判官になったんだよ」
 類さんの下で補助者として働くまで裁判のことなど全く知らなかった私は、これには吃驚仰天した。
 「裁名っていうのは‥?本名じゃないんですか?」
 「12年前に起きた裁判官の連続殺傷事件の影響で、名前も含めた裁判官の個人情報は非公開になったんだ」
 類さんが言うには、リサ裁判官のことは容姿の可憐さも相まって、ニュースでも大々的に報道されたそうだ。知らなかった‥。


 「あなたは会社を設立されていますが、どういった事業をしているんですか?」
 「‥CGを作ったり、映像の加工をしたり」
 言さんが、証人の株式会社英三加工・代表取締役丙馬英三(へいまえいぞう)に質問をする。
 「‥なるほど」
 言さんが続けて質問をする。
 「あなたは、被告と面識がありますね?」
 「ありません」
 「それでは、被告の父である早乙女剛万(ごうまん)都議会議員とは?」
 丙馬が身じろぎし、姿勢を変える。
 「異議あり!‥本件とは関係のない質問です」
 被告代理人弁護士武朽火木(むくちかもく)が身を乗り出し異議を述べる。が、リサ裁判長は異議を却下する。
 「一度も会ったことない」
 裁判所で証言をするのは初めてなのか、丙馬は落ち着きがない。
 「間違いないですか?最近仕事の依頼を受けたりはしていませんか?」
 「しつこいな‥、ないって言ってるだろ!」
 丙馬が怒鳴る。
 「静粛に!原告代理人は同じ質問を繰り返さないように」
 リサ裁判長から注意をされてしまった。
 「甲5号証を新たに提出し、証人に提示します」
 そう言って、言弁護士が書類を配る。
 「これは証人が早乙女都議会議員に宛てた請求書と、登録印の印鑑証明書です‥」
 ――類さんの偽造した証拠だ‥!
 私は左に座る類さんを見る。
 (-_-)zzz
 ――あれ、寝てる?
 「これによれば、証人が早乙女都議会議員から仕事の依頼を受けていたのは明らかです!」
 武朽弁護士は、偽造証拠を手に唖然とする。なんでこちらがこんなものを持っているのか、理解できないのだろう。
 「この印影は、あなたの会社の登録印に間違いないですか?」
 言弁護士が丙馬に尋ねるが、返事がない。
 「証人は質問に答えてください」
 ――うんと言えうんと言えうんと言え‥。
 「た、確かにそうですが‥」
 答えを聞き、リサ裁判長は思案する。
 「なぜ先程嘘をついたのですか?」
 ――YES!
 類さんがびくんと身体を揺らす。‥まだ寝ている。
 ここのところ忙しくて、類さんはほとんど睡眠を取っていなかったようだ。
 「う、嘘ではなくて‥、対応は事務員に任せていて、早乙女さんも本人が来るわけではないので‥」
 「仕事の依頼を受けたのは間違いないんですね」
 「い、異議あり!父親から何の依頼を受けてようが、本件とは何の関係もない!」
 武朽弁護士が身を乗り出す。リサ裁判長は言弁護士を見る。
 「甲6号証を新たに提示します。‥この鑑定書によれば、監視カメラの映像は偽造されたものです。その他の証拠から考えれば、証人が偽造したものに間違いありません」
 裁判席がどよめく。武朽弁護士は既に汗だくだ。
 「原告からこのような証拠が出されていますが、どうですか?」
 リサ裁判長が丙馬に尋ねる。
 「ちなみに、あなたは宣誓をしていますから、虚偽の証言をすれば偽証罪となります。また、犯罪の隠蔽に使われると知りながら映像を偽造したのであれば、証拠偽造罪にも問われます」
 証人の丙馬は軽いパニックに陥っているようだ。見ていて気の毒だ。
 暫く貝のように押し黙り、やがて口を開いた。
 「は‥、犯罪の隠蔽に使われることは知らなかったんです。早乙女議員からとにかく加工しろと言われて、ただ言われたとおりにしただけで‥。すいません‥」
 主尋問終了。
 「被告代理人、反対尋問をどうぞ」
 次は、被告側の武朽弁護士が証人に尋問をする番だ。この内容次第では、先ほど言弁護士が引き出した決定的な証言を覆される可能性もある。
 武朽弁護士は立ち上がると、おもむろに告げた。
 「‥被告は和解を希望します」
 事実上、降参したのだ。
 ――言さん、かっこいい!
 言弁護士が嬉しそうにこちらを振り向く。
 ヽ(=´▽`=)ノ( ̄v ̄)zzz
 ――寝てんのかよ!
 言弁護士の声が聞こえた気がした。
9, 8

  


 証人尋問のあと、別室へ移動し、和解条件の交渉を行った。
 相手方は、支払いの名目を損害賠償金ではなく解決金とすること、本件の内容を他人に口外しないこと、不起訴処分に対する審査申立てをしないことを条件として、金300万円の一括払いの条件を提示した。
 検察審査会に審査申立てをすれば、相手方を刑事的に処罰できる可能性もあったが、絵衣さんは和解することを選んだ。
 「言先輩‥!」
 和解成立後、類達のいる待合室へ向かって移動していると、僕の元にリサ裁判官が歩み寄る。
 リサ裁判官こと水無瀬理沙(みなせりさ)は、昨年、僕が講師として司法研修所で講義をしたときの生徒だ。
 「先輩のこと、信用してもいいんですよね‥?」
 理沙が真剣な目つきで聞く。
 (偽造した)請求書をこちらが持っていることを不審に感じたのか、それとも他のことで疑問を持ったのかは不明だが、僕に疑いを抱いているようだ。
 しかし、彼女自身知ってか知らずか、証人尋問ではこちらに肩入れしてくれた。
 「勿論。やましいことは何もないよ」
 僕はそう言って、彼女を見つめる。
 「‥よかったら、これあと食事でもどう?」
 僕が誘うと、完全に信用したわけではないたろうが、彼女は頷いた。


 「ひなたとの出会いと、勝訴にかんぱーい!」
 私の隣で類さんが乾杯をし、皆でグラスをがちゃりと合わせる。
 ――よかった‥。
 こんなに嬉しそうな類さんを見るのは初めてだ。
 今日は和解が成立して2日後の金曜日。勝訴祝いも兼ねて、類さんが府中の事務所で私の歓迎会を開いてくれた。
 「勝訴じゃなくて、和解だけどね」
 言さんが呟く。
 「細かいことは気にしない、実質勝訴なんだから!」
 そう言って、類さんはグラスを空ける。
 「だ、大丈夫ですか。類さん、お酒弱いんじゃあ」
 「いーの!」
 「そうそう!めでたい席なんだから」
 画流探偵が正面の席からビールを注ぐ。
 ――大丈夫かな‥。
 私は自分で作ったミートローフを口に運ぶ。
 ――うまおに!
 「そういえば、言さんはどうして弁護士になったんですか?」
 私が何気なく尋ねると、言さんは暫し言葉を止める。まずいことを聞いてしまっただろうか‥。
 「子供の頃、うちで事件があってね‥。弁護士を目指したのは、それがきっかけかな」
 ――事件‥?
 そういえば、類さんが証拠偽造屋を始めたのは、理不尽な目にあったからだと言っていた。
 ――いい機会だし、類さんに話の続きを聞いてみようかな‥。
 私がお手洗いから戻ると、言さんと画流探偵がおらず、類さんがソファに酔い潰れていた。そういう私はザルだ。
 「類さん、大丈夫ですか?」
 私が近づくと、類さんが手を取って私を抱き寄せる。
 「ひなた‥キスしよ」
 ――‥!!
 「き、キスですか‥!?」
 ――‥喜んで!
 彼女は私を押し倒し、覆い被さる。
 緊張し、心臓がばくばく響く。
 「あちゃー!完全に潰れてるな」
 突然、声が聞こえた。
 画流探偵が類さんの身体を起こす。いつ戻ってきたんだこいつ。
 彼が私を見てウインクする。
 ――‥‥おい!
 「邪魔すんな、わたしはひなたとキスするんだ!」
 「ほら、ひなたさんも困ってるよ」
 そう言って、画流が類さんの腰に手を回す。
 「‥画流さん?」
 私が呼ぶと、彼は驚いて私を見る。
 「ちょっと出ていって貰えません?」
 ――‥‥もう死んでもいい‥。
 画流を追い出すと、類さんは私の色んなところに10回ほど接吻し、眠りに落ちた。
 私はこのあと暫くの記憶がない。幸せすぎて気絶してしまったのだろうか。
 覚醒すると、私は類さんにこの間の話の続きを聞いた。
 「両親が詐欺にあったんだ」
 類さんは淡々と話す。
 「僕の両親が司法書士だったっていう話は前にしたと思うけど、ひなたも知ってのとおり、司法書士業務の柱の1つに不動産登記業務があるんだ。簡単に言えば、不動産の名義変更だね」
 「不動産の名義変更をするには、現在の登記名義人の印鑑証明、実印、それと権利証が必要なんだけど‥」
 「あの男は登記名義人に成り済まして、僕の両親に名義変更をさせたんだ」
 ‥類さんの両親を利用して、不動産を騙し盗ったということか。
 「でも、そんなことどうやって‥?」
 私が聞くと、類さんは続けて話す。
 「印鑑証明書と実印は、くすねて来たんだろう‥」
 「権利証については、紛失した場合の特例として、司法書士の本人確認情報で代替することができるんだ」
 「僕の両親は、免許証の提示を受け、本人確認情報を作成した。‥でも、それは精巧に偽造された免許証だったんだ。両親は本人確認を怠ったとして多額の損害賠償債務を負い、資格を剥奪された」
 「‥それがきっかけで、両親は離婚し、家庭は崩壊したんだ」
 ――そんなことが‥。
 「それが理由になって、僕は証拠偽造屋を始めたんだ。理不尽な目にあった人を助けたいということと、あの男に報いを与えるために」 
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