「例の件」の期限は、あと一週間にまで迫っていた。
「例の件」とは、何を隠そうぼくのお嫁さんの話である。ぼくはとっくに成人しているんだけど、まだお嫁さんがいない。教皇はそこに目を付けて、ぼくと自分の娘を結婚させようとしているんだ。
これが、結構面倒な話だったりする。教会と王族はあくまでも表面上は王族が上ってことになってるんだけど、実態は前にも言ったとおり。もはや王族に力はない。
ここでもし、ぼくが教皇の娘と結婚をすると、教皇は王族と親戚になる。そうなると、「王族が教会よりも一応上」という形式は完全に崩壊する。教皇は教会のトップであり、王族でもあることになるからね。教皇の下で、政治と権力が完全に結びついてしまうんだ。
だから王族の立場からすれば、本来この結婚は絶対に承諾できない。でも、断ったらどうなるだろう?教会はすんなりと受け入れてくれるかな?
多分、向こうは武力に訴えてくるだろうね。ただでさえぼくの国は戦争してるのに、内乱まで起きてしまったら、もう終わりだ。
この件について、王族の見解は一致している。結婚を承諾すれば、少なくとも今すぐにレデリ王国が滅ぶことはないからね。でも、ぼくは本当にそれでいいのかな?と思っている。まあ、そんなことを口にしたらまた右大臣に怒られちゃうんだけどね。
コンコン、とノックの音が聞こえたから、ぼくは「どうぞ」と言った。
「失礼します」
入ってきたのは、右大臣だった。
「どうしたの?」
「例の件についてです」
「そっか。じゃあそこに座って」
ぼくと右大臣は応接用のテーブルを挟んで椅子に座った。
「単刀直入に申し上げますが、王太子さまには教皇の娘と結婚して戴きます」
「うん」
「王太子さまもご存じのとおり、我々はこの件に対して選択権を持ってないようなものです。少しでも長くレデリ王国を存続させるためには、承諾する他ありません」
「分かってるよ」
それが拙い延命の手段であることもね。
「王太子さま!!!」
そう言うと、右大臣はいきなり立ち上がった。
「正直に申せば、私も悔しいです。しかし、王国の為にはこれが最善なのです!確かに、教会の力は今までよりも強まるでしょう。でも、いつか!いつかまた!王族が力を持つ日はきっと来るはずです!!」
右大臣はこぶしを振り上げ、熱く訴えた。その目には、うっすらと涙がにじんでいる。
ぼくはそんな右大臣の話を聞きながら、まったく別のことを考えていた。