ここはビルの屋上、いるのは2人だけ、自分と、目の前にいる、自分のドッペルゲンガー。
「東京までお前と競争をするより、ここで俺がお前を殺した方が早い。死ぬ準備はできてるか?俺の、ドッペルゲンガーさんよぉ?」威勢良くはったりをかましたものの、相手がどれほど強いのかは分からなかった。
「僕を殺す?できるの?それよりだったら、普通に競争に勝つ方が楽だと思うよ?」ドッペルゲンガーが言う。
「脅しか?」言いながら、秀一はドッペルゲンガーに向けて駆けだしている。瞬時にドッペルゲンガーの間合いに入り、ドッペルの首を掴み、屋上の端まで、引きづりながら走る。屋上の端には、秀一の腰ほどまでの鉄柵があった。腕に懇親の力を込め、先程から無抵抗のドッペルを、遠心力で持ち上げ、鉄柵の向こう、つまり空中へとつまみ出す。
「こんなもんかよ。弱すぎる。じゃあな。」最後の言葉をかけた秀一は、ドッペルの首を話す。これで、ドッペルゲームの邪魔者はいなくなり、後13日以内に東京に行き、自分の体に入れば終わる、かに思えた。しかし、その妄想は瞬時に砕かれた。ドッペルが、秀一の腕を掴んだのだ。ドッペルの体重と、落下の重力が加わり、秀一の体もフェンスを軸にして腰が回転し、フェンスの外に投げ出された。とっさに掴む場所を探すものの、手は空を切る。秀一は、ドッペルと共に、遠い地面に向かって落下していった。ふと、ビルの最上階近くに飾られた文字が見える。福岡グラウンドホテル。ああ、そうか、ここはあそこだったのだなと思う。眼下には、秀一が挽かれた横断歩道が見える。今、自分が死んだらどうなるのだろうか。既に脳が死んでるから、完全に死ぬのかもしれない。人生で2度も死ぬとは、貴重な経験だな、とどうでもいいことを考える。しかし、ドッペルも自分も死んで、ドッペルゲームは中止だ。ドッペルを見ると、笑っていた。地面まではもう10メートルもないと言うのに、何でこいつは笑っているんだ?そんなことを考えているうちに、地面がどんどん近づいてくる。実感する死の恐ろしさに、目をつぶる。地面に肩が触れる。死んだな。そう思った。
どこまでも白い空間が広がっているのだろうかと想いながら、ゆっくりと目をあける。しかし、そこに広がっていた景色は、九州の変わらぬ景色だった。福岡グラウンドホテルの前で、秀一は倒れていた、ふと、横を見ると、自分・・の姿をしたドッペルがこちらを見下ろしていた。何故だ?何故死んでいないんだ?そう想いながら立ち上がり、ドッペルを見据える。
「君、今落ちたとき、死ぬって想ったでしょ?ふふっ、残念♪今の君は、精神状態なんだよ、精神がビルから落ちて死ぬわけないでしょ?全ては気の持ちようなんだよ。痛いだろうなと想像すれば、痛みは生じる。死ぬだろうなと想像すれば、死のイメージだけが湧く。つまり、今の君は不死身なんだよ。もちろん、君のドッペルゲンガーである、僕もね、さあ、僕を殺せるかな?」ドッペルが言う。
「うるせぇ!俺の顔して僕とか女々しい一人称使いやがって!」とりあえず、怒鳴り返すが、これはかなり深刻な問題だ。ドッペルを殺せないなら、もう競争に勝つしかないではないか。考えているうちに、ドッペルが口を開いた。
「じゃあ、僕はお先にゴールにむかうね?ゲームはもう、始まっているんだ。」それだけいうと、あっと言う間に駆けていった。
「待てっ!」どなる。しかし、ドッペルを殺せないなら一体、本当にどうしろと言うのだ。あの嘘つきの神め。とにかく、闇雲に走ってもしょうがない。乗り物は禁止だと言うから、とにかくどこかで東京までの地図を買おう。文房具屋へと歩き始める。
ふと、右に建っているビルのガラスに、違和感を感じる。凝視して、気づいた。自分の姿が映っていないのだ。ほかの通行人は映っている。何故だ?精神だからか?試しに、通行人にさりげなくぶつかってみる。通行人は「おっと!すいません」とこちらを見て言う。やはり、精神でも他人が見ることはできるのだ。気になり、ビルのガラスの方に行き、ガラスに手をふれる。すると、手が、ガラスに吸いつくような感覚がある。ガラスから手を離そうとするが、離れない。それどころか、手が、ガラスに吸い込まれていく。体もどんどんガラスの中に入っていく。次の瞬間、完全にガラスの中に体が入ってしまう。はぁ?声を出すが、ガラスの向こうの通行人はただ、通り過ぎていく。