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ラクダ売りの少年

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『ラクダ売りの少年-1』

 砂漠において、ラクダほど人間の助けとなる動物はいない。馬に比べ骨太な足は、体力を消耗しやすい砂の上を長距離移動するのに適しているし、背中のコブに蓄えた水分で炎天下でも水分補給なしである程度まで生き延びることが出来る。
そして何より、ラクダは人間よりも砂漠に愛されている。目を閉じて砂漠の風景を思い浮かべた時、一面の砂に飄々と立ち尽くすラクダの姿が一緒に浮かんでこないだろうか?それは即ち、私たちの脳が科学とはまた別の領域で、ラクダと砂漠の親密性を認めてしまっているという事実の証明に他ならない。
なので、人間が砂漠でラクダと共に生きることは必然であると言えるだろう。砂漠がラクダに注ぐ愛のおこぼれを貰うのだ。しかし、それに気づかない人間達は、ラクダを動物としての優位性をもって利用した気になっている。
実際、人間は地球をとりまく様々な栄光ある進化を横からつつき回して生き延びてきた動物だいうのに・・・。
話が反れたが、私が言いたいのは砂漠においてラクダはとにかく重要な動物であるということだ。当然、ラクダを売買する人も砂漠の街では珍しくない。貴族に支配された国で奴隷が取引されるように、自然と売り買いされている。

 私もご多分に漏れず、今まさにラクダを買い求めてかれこれ2時間ほど砂漠の街を歩き回っている。
しかし、なかなかラクダ売りを見つけることができない。それもその筈、この街のラクダは最近街に訪れた名のあるキャラバンがほとんど買い占めてしまったのだ。
私は街と街との物価の違いを見極め物を売り買いして儲けを出す、いわゆる転売屋だ。当然街と街を移動する機会が非常に多く、砂漠を
渡るためにラクダは必須の商売道具だったのだが、最近長年の相棒だった老ラクダが寿命で死んでしまった。
なので、どうしても代わりのラクダが必要なのだが、いかんせん大手のキャラバンに先を越されては一介の転売屋にはどうしようもない・・・。今まで、狙っていた商品を先に買い占められた経験は何度もあったが、まさかラクダを買い占められるなんて・・・前代未聞だ。

 歩き疲れて街角で座り込んでいると、通りの向こう側から頭巾を被った少年が歩み寄ってきた。私は物乞いかと思って、財布に手をやった。こんな時だからこそ、困っている人には親切にしたくなるというもの。情けは人のためならず、少しならくれてやってもいいだろう。
しかし、その少年を間近で見た瞬間その考えは吹き飛んだ。

 その少年は砂漠に生きる人らしからぬ透き通った真っ白い肌をしていた。こんなに白いものは、人生で空に浮かぶ雲しか見たことがなかった。ミルクも人骨もシルクもビールの泡も、彼の純白には敵わないように思えた。間違いなく砂漠の生まれではないだろう。
更に、彼のつけているマントは相当値の張るものに見えた。私は商売柄、物の価値をひと目で見抜く能力が人並み以上に備わっている為、余計に驚いた。砂漠では見られない凝ったディティールに、上等な生地、洒落た装飾。おそらく別の国で作られたものだろう。砂漠の衣類にはない優雅な気品が見て取れた。彼が発する上品な雰囲気は、必然と私の手を財布から離させた。少し恥ずかしくもあった。芋臭い田舎娘のような気持ちだった。

 私は何を言えばいいか分からず(何かを言う必要などないのだが)、ただボーっと彼を見上げていた。彼はおもむろに口を開いた。
「君、何をしているの?」
私は彼があまりに見た目通り透き通った声をしているのに驚きつつ、答えた。
「少し、買い物に困っているだけさ。ガキはさっさと帰りなよ。」
この時、砂漠の民としての中途半端なプライドが私の言葉に棘を立たせたが、少年は気にした様子もなく答えた。
「何が欲しいの?」
今度は素直に答えた。
「ラクダだよ。ちょっと前にでかいキャラバンが全部持って行ってしまって、一匹も見つからないんだ。」
すると少年は、少し考える素振りを見せた。素振りだけで、実は何も考えていないように見えた。彼は人形のようだったから。
しばらく沈黙が続いたあと、ようやく少年が口を開いた。
「おいでよ、ラクダならこっちにいるよ。」
そう言うと少年は、路地裏へ歩き出した。

 俺は驚いて何も言えなかった。まさか、この少年はラクダ売りなのだろうか。ラクダのような大型の動物を扱うには、結構な体力がいる。子供のラクダ売りなど、見たことがない。ましてやあんなに優雅な身なりをしたラクダ売りなんて・・・。普通ラクダ売りというのは、ラクダの世話の為に泥や糞で汚れた汚らしい姿をしている。
しかし、その時俺は少年の雰囲気に圧倒されて少し頭がヘンになっていたのかもしれない。あるいは、前代未聞の商売の危機に、藁をもすがる思いだったのか。少年の姿が路地裏に消えてしまう前に、俺は彼の後を追った。

つづく
 
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