プロローグ 新しい日常へ
学校の帰り、公園の隅で殴られてる男の子がいた。殴り合いでなく、一方的に殴られていた。集団ではなく、一対一で。ブレザーと体格から僕の同級生だと判った。
何とも奇妙な雰囲気だった。お互いに一言も交わさない。
――慣れている。
二人ともこの状況に慣れているのだ。殴られている子は全く拒んでいない。殴っている奴は肩や腹を狙い、傷が目立つ顔は避けている事からも、この行為が日常的に行われている事が判った。
余りの事に動けなくなった。彼らの日常は、僕にとっては非日常だった。足が震えた。
それはとても静かだった。ドラマのアクション・シーンの様な効果音も、雰囲気を醸し出すBGMもなく、ただ淡々と繰り返される。殴っている奴の肩が激しく上下しているが、離れていたので荒い息遣いさえ聞こえない。
僕は選択を迫られていた。見捨てるか、助けるか。当然助けたかった。でも足がすくむ。とにかく怖かった。
肩を殴られ、男の子が倒れた。立ち上がる時、両目を拭った。
――泣いていたんだ。
僕は石を投げた。足元の小さい石を拾って力いっぱい投げた。その殆どは明後日の方向に飛んで行ったけれど、殴るのを止めさせる事は出来た。二人の視線が僕に向く。殴っていた奴はサッと振り返りバッグを掴むと、僕の方へ突進して来た。
「どけっ!」
奴は僕を突き飛ばすと、出口へ逃げていった。
僕は咄嗟に叫んだ。
「見たからな! 僕は見たからな! 見たんだからな!」
奴は住宅街へ消えていった。
振り向いて殴られていた子を見ると、ポツンとしゃがみ込んで僕の方向を見ていた。“僕の方向”というのは、前髪が鼻筋まで伸びていて、視線が判らなかったからだ。
僕はフッと我に返り、今のが正しかったのか不安になった。別に感謝されたくてやった訳じゃない。あの子の為を思ってやった訳でもない。止めたかったから止めた、それだけだった。
僕は何だか気まずくなって、
「……それじゃ」
と言うと、足早に公園を去った。
入学式の次の日の事だった。