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宣戦布告

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 ローソン魔界9丁目店は順調だった。値入率等の損得勘定は古浪さんの手腕が光り、魔物向けのキャンペーンでは支倉SVのアイデアがことごとく当たった。よって、売り上げが伸びるのはある意味必然ともいえる。では、店長であるこの俺は一体何をしているのかと聞かれると、答えに困る。
 いや、率直に言えば、この店の成功は俺以外の2人によるものだ。
 年に1度、オーナー向けのおせち講習会(本部か、本部が借りたビルなどで行われる会合。他店のオーナーも参加して、販促の例を発表したり昨年の統計を検証したりする)に出席しながら、俺は悩んでいた。
 店の評判が良い事は素晴らしい事だ。おかげさまで、新規ポンタ会員登録1位の賞状までもらった。特典のポンタ君をいつ店に呼ぼうか、嬉しい問題さえある。クルーにも恵まれ、魔物も人間も分け隔てなく良く働いてくれている。おかげで店の雰囲気は最高とも言える状況にある。
 しかしながら、魔界と地上の関係を知った今となっては、果たしてそれだけでいいのかというプレッシャーが俺の肩にのしかかっていた。何かもっと他に、俺に出来る事はないだろうか。もしかしたら、いち経営者がこんな悩みを抱える事自体が過ぎた悩みなのかもしれない。だが考えずにはいられない。
 おせち講習会が終わる頃、俺は1つの結論に達した。
 社長に直接、相談するべきだ。
 俺は講習会後、司会をしていたマネージャーの下を尋ねる。
「あの、すみません。堺9丁目(魔界の代わりに店舗として登録している名前)の春日と言いますが……」
「ああ、春日さんね。聞いてるよ。……魔界のだろ?」
 どうやらマネージャーなど一部の上層部の人は既に知っている事らしい。それならば話は早い。
「出来ればですね、古浪社長と直接お話をさせていただきたいんですが……」
「ええっ!?」
 と、マネージャーは驚く。それもそうだ。全国1万店舗以上あるローソンのたかだか1店舗のオーナーごときが社長に直談判なぞ、本来許される話ではない。
「なにぶん社長は多忙だからねえ。一応秘書さんの方に確認取ってみるけど、無理だと思うよ」
「是非、お願いします」
 待たされる事十数分、マネージャーが慌てながら電話を持ってきた。
「繋がった! でも2分しか取れないらしいから、早く」
 俺は電話を受け取る。向こうから久しぶりの声が聞こえる。
「どうも、古浪です。春日さん聞いてますよ。順調らしいじゃないですか」
「い、いえいえ、おかげさまで……」
 最初に会った時よりも俺は緊張している。
「いやね、海外展開の件で今香港に来ているんですよ。なので電話ですいませんね。で、用件は何ですか?」
「あ、あのー八王子のゴブリン事件は聞いていますか?」
「ええ」あっさりした答え。
「実はその事件をきっかけにして古浪さんに尋ねてみた所、社長と魔界の関係を教えてもらったんです」
「ふむ」全く動揺した様子はない。
「……でですね、色々と考えたんですが、これから一体私は……」
「春日さん!」豹変し、急に怒鳴る古浪社長に俺はたじろぐ。
「あなたも経営者ならば、自分の店をどうしたいかは自分で考えるべきです。私どもに出来るのはそのサポートと、せいぜいアドバイスくらいの物です。しかし今のあなたには意志がない。声を聞けばそれくらいは分かります。まずはあなたが本当にどうしたいかのヴィジョンを決めてください。話はそれからです。ではこれで」
 嵐のように俺に言葉を叩きつけ、電話は一方的に切られた。
 しかし俺の中には、社長直伝の何かやたらと熱い物が残った。


 魔界に戻ると、俺は早速魔王の城を訪れた。1人で来るのは流石に不安だったので、支倉SVと一緒に来た。
「結果は同じだと思いますよ。魔王様にすら魔界拡大の原因は分かっていませんし、魔王様も地上との和平を望んでいるからこそ、ローソンの出店を認めた訳ですしね」
「それでも1度、魔王様とはこの事について話しておきたいのです」
「……まあ、春日さんがそこまで言うのなら僕も止めませんが」
 魔王様のいる書斎の前まで辿りつく。ローソンのトップと話した後というのもあって、いくらか緊張はほぐれている。
 ノックをすると、中から「はいはーい、どうぞどうぞ」と気前の良い返事がした。
「失礼します」
 部屋に入ると、前に見た時からちっとも痩せていないふくよかな魔王様は、にこにこと揉み手で俺と支倉SVを迎え入れてくれた。
「いやはや、この城を人間が訪問するのは実に2000年以上ぶりですな。どうです? 我ながら趣味の良い部屋だと思うのですが」
 全体的に木を基調とした書斎。本棚には沢山小難しそうな本がきっちり高さを揃えて並んでおり、机には万年筆もある。魔王というより文豪か学者の仕事場のように見えた。
「クラシックで良いと思います」
 と無難に答えると、魔王様は嬉しそうに笑った。
「で、今日は何用ですかな?」
「魔界拡大の件で、質問がありまして……」
「ほう。もう春日さんもご存知なのですか?」
「はい、ついこの前。……ところで、例のゴブリン事件は魔王様の耳に届いていますか?」
「ええ、もちろんです」
 返事する魔王様の表情にやや陰りが見えた。
「大変残念な事件でした。あのゴブリンは魔界でも随分と知能の低い方で、その時一緒にいた彼の仲間によると、山で仕事をしている途中にたまたま地上に通じる『穴』を見つけて、1匹でずんずんと進んでいってしまったそうなのですよ。おそらくその先で人間に囲まれて混乱してしまい、事件に発展してしまったものと思われます」
「穴、ですか?」
「あ、もちろん既にその穴は塞ぎましたのでご安心を」
 流石は魔王様。のんきそうに見えても仕事が早い。
「少なくとも、我々魔王軍は人間から危害を加えられない限り、地上に攻め入る事はありません。私も古浪社長と同じく、魔界と地上の平和的関係を心から願う者の1人です」
 隣にいた支倉SVが、ここに来て初めて口を開いた。
「聞く所によれば、古浪社長は政府と現在交渉中だそうです。地上の文化を魔界に伝える為、インフラの整備や、その他公共事業を行えないかどうか。もしも政府が決定を下せば、地上と魔界の距離はぐっと近くなるでしょう。最近の海外展開も、外国政府とのパイプを作る為という裏の事情があります」
 もうそこまで話は進んでいたのか、と思いつつ、今まで黙っていられた事に若干の憤りも覚える。
「私もその日が楽しみでなりませんな」と、魔王様。
「ですが、魔界の存在を明らかにするタイミングは慎重に選ばなければなりません。何より今は理解と認識が必要な時期です」
 ここで俺は魔王様に重要な事を1つ確認する。
「魔王様でも魔界の拡大は止められないのですか?」
 心底残念そうに答える魔王様。
「申し訳ない。私の力をもってしても、それは不可能なのです」
 やはり、変わるしかないようだ。地上も、魔界も。
「ありがとうございました。これで少し胸のつかえが取れました。私は私に出来る事をさせていただきます」
「それでこそローソンさんです。これからもよろしくお願いします」
 最後は固い握手を交わし、俺は魔王様の書斎から出た。と、その時、
「あ、ハセック。ちょっと個人的な話があるのだが、残ってくれないか?」
 魔王様に呼び止められ、ハセックこと支倉SVが書斎に残った。
「では、私は先に店に戻っています」
 おそらく何か親戚ならではのプライベートな事なのだろう。空気を読み、俺はドアを閉じる。
 しかし魔界と地上が繋がるとなると、様々な問題が発生するだろう。一足先に慣れているとはいえ、俺でも未だに魔物達の行動にはぎょっとする瞬間がある。きっと良くない事も起きるはずだ。
 でもその代わり、お互いにとって良い事も起こると俺は思いたい。ドラゴンの背に乗って飛ぶなど多くの少年少女の夢だろうし、ゴーレム君のような力持ちは色々な仕事場で重宝されるはずだ。人間と魔物が共に暮らし始めれば、未来は随分風変わりになる。
 正直言うと、俺はそれが楽しみでもある。


「おい、人間」
 城を出て大きな橋を渡る寸前、そう声をかけられた。俺は振り向く。視線を下ろす。そこには魔王の娘がぺろぺろキャンディーを片手に立っていた。怒ると店を吹き飛ばしかねない爆弾娘だ。ここは慎重に取り扱う。
「お譲ちゃん、何のご用かな?」
「魔物と人間が一緒に暮らせるなんて、お前、本当に信じてるのか?」
 その質問に、俺は内心どきっとする。しかしそうとは悟られぬように、笑顔で答える。
「もちろんだよ。その為に私もローソンもこれからまた頑張って……」
「おい、綺麗事はいいんだよ。人間はお前みたいな能天気ばかりじゃないぞ。魔物だってそうだ。お前の店を嫌っている奴らはごまんといる」
 ……確かに、この娘の言っている事は正論だ。しかしそれでは何の建設性もない。
「お譲ちゃんは、人間が嫌いなのかい?」
「別に? どっちでもいいって感じ。ただあの女は許さないけどな」
 古浪さんの事だろう。まだ根に持たれている。
「そ、そんな事言わずに、今度店にきたらからあげクンサービスするからさ」
 俺はあくまでも優しく対応する。が、今日のお嬢さんは随分と虫の居所が悪いようだ。
「ふん、まあ見てな。お前に人間と魔物の本性ってのを見せてやるよ」
 そう言うと、お嬢さんはペロペロキャンディーを放り投げ、どこかへと消えた。
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