両手両足をロープで縛られ、柱にくくりつけられた俺はまさに人質のそれだった。反魔王軍は全員が出払っており、見張りはいない。
「全てが終わった後にお前の処分は決める。そこで大人しくしているんだな」
自称勇者は俺にそう言い残し、魔王様の城へと出発した。
なんとかロープを解いて脱出を試みたかったが、きつく結ばれていて、あいにくと刃物も持っていなかったので不可能だった。せめて魔王様に危険が迫っている事を伝えたかったが、その手段もない。あらん限りの力で叫ぼうとしても、ガムテープで口は塞がれている上にここは地下。声が届くはずもない。
使命感はある。
俺は魔界と人間界の実情を知っている数少ない人間の1人であり、また、魔界に人間界の文化を伝える大使でもあり、そして何より自分の店を守るべき経営者だ。そんな俺の立場からすれば、反魔王軍の強行はなんとしても阻止すべき事態だが、この状態では手段がない。情けないとは思うが、運がないとも思う。たまたま受け渡しをミスした荷物が反魔王軍の物だったというのは、いくらなんでもな話だ。
捕まってから半日の間、俺は何度も反魔王軍の説得を試みた。しかし彼らは聴く耳を持たない。何故なら彼らにとっての俺は、魔王に人間の情報を渡し、それで銭を稼ぐ売国奴でしかなく、その辺はあの勇者様がたっぷりと盛って話してくれていた。
くそっ、何か方法はないのか。
身体を捻って暴れてみるも、縄は更にきつく俺の肌に喰いこみ、一向に解けそうもない。
その時、遠くから爆発音がした。立て続けに2発、3発……。この地下からもかろうじて聞こえるくらいの音だ。その規模は生半可ではないはず。
時計を見る。まずい、いよいよ作戦が始まったようだ。
結局、俺が解放されたのはそれから数時間後の事だった。
既に戦いは終わったようで、外は怖いほどに静かだ。果たして魔王様はどうなったのだろうか? 勇者達が返り討ちにあったのか、それとも作戦は成功し、魔王様は倒されてしまったのか。救助の手が差し伸べられたのは、そうしてやきもきとしていた時だった。階段を急いで降りる音、扉を蹴破って登場したのは、支倉SVだった。
「春日さん! ここにいましたか! 大変な事になりました!」
そんな事はとっくに分かっている。支倉SVは俺の口のガムテープを勢い良くびりっと剥がした。
「ま、魔王様は無事ですか?」
焦りつつも尋ねると、支倉SVは予想外の答えを返した。
「そんな事よりも社長が誘拐されました!」
「は!?」
支倉SVはロープに取り掛かる。親戚でもある魔王様の安否を「そんな事」で片付けたのも衝撃的だが、確かに社長と魔王様を天秤にかけると俺としても社長側に秤が傾く。
「社長って、古浪社長ですか?」
「当たり前でしょう。我がローソンの代表取締役古浪剛その人です」
口調はいつもと変わらずにクールだが、その表情からは僅かに焦りの色が見える。
「誘拐されたって、一体誰に?」
「それは……」
口ごもる支倉SV。初めて見る態度に躊躇うも、今は少しでも情報が欲しい。
「社長は無事なんですか?」
「今の所は……ですが、これからどうなるかは分かりません」
「人質ですか……。犯人の要求は?」
「世界征服です」
「……は?」
呆気に取られる俺。ロープを解き終えた支倉SVは再び沈黙する。
「もう1度訊きます。古浪社長を誘拐したのは、一体どこの誰ですか?」
支倉SVの言葉が苦悶と共に滲み出す。
「僕の姪、つまり魔王様の娘であるセッちゃんです」
人間界に戻る道中、俺は支倉SVから俺が捕まっている間に起きた事を一部始終聞いていた。最高速で飛ばしている最中の支倉SVには悪いと思ったが、何度も何度も同じ事を確かずにはいられなかった。何故なら俺が置いてけぼりにされていた間の展開は余りにも急激で、理解に苦しむ流れだったからだ。
まず、反魔王軍の襲撃があった。魔王城は一時的に混乱に陥り、沢山の魔物達が命を落としたそうだ。今も魔界病院は収容人数一杯で、行方不明者の数も増えている。
肝心の魔王様は勇者に捕らえられた。一部始終を目撃していたメイドゾンビの証言によれば、勇者達はまず混乱の中で魔王の娘を人質に取り、魔王に投降を要求したのだという。その行為の一体どの辺に正義があるのかと問いたくなったが、あの勇者なら行動に不自然はない。それが最も効率的な手段だったのだろう。
「それにしてもよくセッちゃんを簡単に捕まえましたね」
「それは、勇者の持つ聖剣エクスカリバーのせいでしょう。あれは魔物達の力を封じ込める能力がありますから」
おそらく勇者が腰にぶら下げていた剣の事だ。
魔王様が投降した事により、セッちゃんは解放されたが、すぐに逃げ出したらしい。聖剣エクスカリバーはそう何本もある訳ではないらしく、勇者が魔王様を見張っている間に、セッちゃんが持ち前のバカでかい魔力で傭兵達をぶっ飛ばして脱出し、そのまま人間界に直行したのだそうだ。
セッちゃんの逃亡とは関係なく、既に勇者は魔王様の処刑を行う事を決定していたらしい。
だが、ここで勇者側にも問題が発生した。エクスカリバーが完全ではない事が発覚したのだ。
「欠けていたんです。剣の一部分が」
「え? 聖剣なのにですか?」
「まあ、随分と長い間使っていなかったようですし、欠けていても魔力を封じ込める力自体は失われていなかったので、勇者自身も気づかなかったのでしょう。ですが、魔王様の首を撥ねようとした時、欠陥が明らかになった」
魔族の長たる魔王様の命を完全に断つには、やはり完全な形のエクスカリバーが必要なようで、捕らえたはいいもののトドメは刺せなかったらしい。これに関してはざまあみろだが、魔王様が危険な状態である事に変わりはない。
「勇者は今、必死になってエクスカリバーの破片を探しています」
一刻も早く魔王様を助けなければ、人間界と魔界の関係は最悪の状態まで落ちてしまう事は明らかなようだ。
そして勇者が魔王様にトドメを刺せずにいる間、人間界にも激動が飛び火した。セッちゃんが現れたのである。
突如街中に出現した破壊神セッちゃんは、例の究極魔法で破壊の限りを尽くし、あっという間に何千人もの犠牲者が出た。自衛隊が出動し、兵器によって応戦したが、流石に日本の誇る自衛隊といえどもエクスカリバーは持っていなかったらしく、被害は広がっていくばかりだった。セッちゃんの要求はただ1つ。
『人間界で1番偉い奴を出せ』
わが国の首相や某国の大統領が人質になるのを拒否していた時、1人の人間が名乗り出た。
株式会社ローソン代表取締役 古浪剛である。
こうして、勇者が魔王様を人質に。魔王の娘がローソンの社長を人質にする形に均衡しているかに見えたが、実際はそうではない。何せ勇者にとってはローソンの社長なぞどうでもいいはずなので、エクスカリバーの破片が見つかり次第、魔王様は処刑されるだろう。だがこちらとしては大問題だ。社長が死ぬだけではなく、その後魔王様が死んだ事をセッちゃんが知ったら、またもや殺戮が起きるだろう。
「支倉SV、何故我々は人間界に向かっているんですか? 向かうべきは勇者の所ではないですか? 勇者を倒さなければ問題は解決しません」
「そちらには今、古浪さんが交渉に向かっています。僕のような魔人や、手先だと疑われているあなたが向かっても逆効果という奴です。我々はまずセッちゃんを説得し、社長を解放してもらい、一緒に魔界に戻らなければなりません」
俺は恐る恐る尋ねる。
「……古浪さんで大丈夫ですか? 勇者は一筋縄ではいきませんよ」
支倉SVは凛とした面持ちで答える。
「クルーを信じましょう。経営者にとってもっとも大事な資質は、人を信じる事です」
人間界に戻り、破壊された街を走る。まるで巨大な地震でも起きたかのように、そこは以前の物とは比べ物にならないくらいに荒れ果てていた。建物からは火と煙が上がり、上空を報道用のヘリが飛んでいる。車道は避難する人達の車で渋滞しており、逆方向に向かう俺と支倉SVは、道中で街の人に何度もこの先に行くなと注意された。
「このペースじゃ目的地に行くにもいつまでかかるか分かりません」
と、支倉SV。確かにこんな所で立ち往生しているようでは、いつ魔王様の処刑が行われるか分からない。
「仕方ないですね。あまり人前で正体を晒したくはなかったのですが、緊急事態です。……飛びますよ」
支倉SVのスーツの背中部分が破れ、そこから漆黒の羽が飛び出す。周囲から悲鳴が上がり、俺も同じく叫びたくなったが、そういえばこの人は魔人だった。
「掴まってください!」
言われるがままに支倉SVと両手を繋ぎ、そのまま上空へと急浮上する。流石はローソンのスーパーバイザーだが、正社員全員が皆飛べる訳ではないだろうという事は一応分かっている。
空中を浮遊しながら俺はなるべく下を見ないように尋ねる。
「これからどこへ向かっているんですか?」
「ローソンです」
「え?」
「我々はローソンの社員ですよ。どんな時でも向かうべきはローソンです」
こんな緊急事態にコンビニに行って一体どうするというのか。納得の行かない俺に、支倉SVは続ける。
「ここから少し離れた場所にローソンの直営店(オーナー契約を結ばずに、本社が直接経営している店舗)があります。そこの地下に汎用狸型決戦兵器『PONTA』が眠っています」
「……すみません、今なんと?」
「『PONTA』です。見た事あるでしょう」
ポンタといえばローソンのポイントカードの名称であり、同時にイメージキャラクターであるポン太君というタヌキのマスコットの事だ。確かに、見た事は当然ある。下半身丸出しで上はローソンの制服という可愛いくなければ社会的に許されない格好をしたキャラクターだ。
「いや、その前です。汎用狸型決戦兵器……って何ですか?」
「ローソンが独自に開発した超大型パワードスーツですよ。ローソン魔界9丁目店は、新規ポンタ会員ランキングで先月1位を取りましたよね? それの報酬として、『PONTA』の使用許可が出ていますので、今からそれを取りに行きます」
俺は嫌な予感を覚えつつ、問う。
「……誰が乗るんですか?」
「あなたですよ、春日さん」
最終決戦
かつてオーナーズミーティング(ローソン経営者の集まり)の際、古浪社長が壇上に上がって挨拶をしていた時の言葉を思い出す。
「ローソンが目指しているのはただのコンビニではありません」
クオリティーの高い接客。豊富な品揃え。新たな発見の構築。それらによってお客様に提供される満足は、最早ただ商品を売買するだけの関係にとどまらずエンターテイメントであると、古浪社長は力説していました。そしてその屋台骨を支えるのが地域に根ざした経営であり、店に属するクルーであると。ローソンという看板や本社は、それをバックアップするだけの存在であると。
今になって俺はその言葉を実感している。確かに、ローソンはただのコンビニではない。
なぜなら、ただのコンビニはタヌキ型の巨大ロボットの製造になど着手しないからだ。
PONTAに乗り、ローソン直営店の地下から発進した俺は、セッちゃんが立てこもるビルの前まで来ていた。PONTAの操縦はレジ打ちよりも簡単で、ローソンの制服を着てレバーを握れば思った通りに動くというハイテクを通り越してオーバーテクノロジー気味な代物だった。
ポン太君のずんぐりむっくりした身体が1歩を踏み出すたびに大地を揺らし、普段は見上げているビルを見下ろすこの感覚は、恐ろしくもあったが高揚感を煽るのも事実だった。
「春日さん、PONTAの調子はどうですか?」
支倉SVから通信が入る。俺は答える。
「とりあえず問題はありません。何故か俺が中にいる事以外は」
「はは、その様子なら大丈夫そうですね。健闘を祈ります」
健闘と言っても、1番の目的は交渉だ。セッちゃんに古浪社長を解放するように頼んでみる。今出来る事はそれしかない。
セッちゃんは現在ビルの屋上に陣取っており、ビルの半径100m以内に近づく物全てに攻撃を加えると宣言している。そしてもうすぐ、俺の乗るPONTAはそのラインを超えようとしている。
「おい! そこのなんかかわいい奴! ここに近づくな!」
PONTAの丸い耳型アンテナがセッちゃんの声を捉えた。俺はマイクを拡声器モードに切り替えて、セッちゃんの呼びかけに返事をする。
「今すぐ古浪社長とローソン社員を解放してくれ! 俺は戦いたくない!」
「その声……お前あそこのローソンの店長か。なんでこんな所にいるんだ?」
逆にこっちが聞きたいくらいだが、答えは1つしかない。
「セッちゃんはうちの店の大事なお客様だからだ。お客様がお困りなら出来る限りお助けする。それが俺のやり方だ」
「なかなか殊勝な心がけじゃないか。じゃあ今すぐパパを解放しろ! それと勇者をここに連れて来い! そうしたらお前の所の社長を解放してやる!」
「そっちの方は今古浪さんが説得中だ!」
「あのババアが? ……ふん、それじゃ無理そうだな。とにかくパパの無事が確認出来なきゃ解放はしない。全員ぶっ殺してやるからな!」
完全にテロリストと化したセッちゃんに、どうやら交渉は通じそうにない。
「セッちゃん頼む。戦いたくないんだ!」
「ほう、戦えば勝てるような言い方だな。面白い。やってやろうじゃないか」
そんなつもりで言ったのではなかったが、何やら導火線に火をつけてしまったらしい。
ビルの屋上から小さな影が飛び立った。空高く舞い上がり、空気が振動を始める。バチバチと不穏な音も鳴り始め、セッちゃんが天に向かって掲げた手のひらに、暗黒の塊が生成されていく。店で見た物よりも大きな、明らかにヤバいエネルギー。
「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
「うるさい死ね! ネオダークネスボール!!!」
まずい! ネオがついている! 避けられない!
俺は咄嗟にPONTAの短い両腕でガードをする。今は耐える事を祈るしかない。
凄まじい衝撃がPONTAを、そして俺の身体を揺らした。天地がひっくり返り、カメラの映像も乱れる。そしてコックピット内に鳴り響く警告。ダメージはかなり深刻らしい。次にまた同じ威力の一撃を喰らえば、流石のPONTAといえども跡形も無く消し飛ぶだろう。
「春日さん! PONTA砲を使ってください!」
「PONTA砲? そんな物もあるんですか!?」
「はい! ポンタカードに溜まったポイントで発射するエネルギー砲です。既にこの戦いの様子は全国に放送されていますから、今全国からお客様のポイントを集めるように報道機関とローソン各店舗に要請しています!」
日本中のポンタポイントを一撃に込める。確かにそれならセッちゃんを倒す事が可能かもしれない。ポンタポイントのお得さは既に周知の通りだ。
「僕がコツコツ溜めた1万ポイントも転送します! 春日さん、やってください!」
こうなったら俺もボーナスポイントを駆使して溜めた2000ポイントを使うしかない。財布からポンタカードを取り出し、コックピット内に何故か備え付けられたスキャンで取り込み、全て使用する。OKボタン。
「む。まだ何かする気か? 大人しくしてろ! 今度は手加減しないからな!」
まだ燃えているこちらの闘志に、セッちゃんが気づいた。だがもう引く事は出来ない。ポンタポイントはお客様の満足の証。それを背負った今、俺は無敵だ。
セッちゃんの手の平に、再びネオダークネスボールが集まってきた。集まるスピードはゆっくりだが、先ほどよりも確実にでかい。もしも直撃すれば……。いや、今はそんな事は考えている時ではない。モニターに表示されるMAX1000000000ポイントの文字。後はこれを全てセッちゃんにぶつけるだけだ。
「ありがとうございました! またお越しください!」
力一杯にそう叫び、PONTAの大きく開いた口からPONTA砲が発射された。機体が真後ろに吹っ飛ぶほどの衝撃。エネルギーは細く凝縮され、セッちゃんに向かってまっすぐに伸びていく。
「何っ! 何だこれは! ぐ、うわああああ!!!」
セッちゃんの断末魔が聞こえた。巨大な爆発の後、煙が立ち上る。
しばらくして救助された古浪社長は傷一つなく元気で、周囲の人間は大事を取って病院での検査を薦めたがこれを拒否し、俺の下へとやってきた。
「よくやってくれた! 君を魔界9丁目店のオーナーに選んだ私の判断は間違ってなかった」
脂ぎった笑顔でそう言い、俺は社長と固い握手を交わした。
「いえ、俺は大した事はしていません。こういう事態を想定してPONTAを用意していてくれた社長と、全国のお客様のローソンを愛する力が俺に勇気をくれたんです」
我ながらくさい事を言っているとは思っているが、それが本心である事に間違いはなかった。
「だがまだ終わってないぞ春日君」
「はい。分かっています」
その時、ちょうど支倉SVが携帯電話を片手に俺の肩を叩いた。その表情から、電話の向こうに誰がいるのかが分かった。俺は無言で頷き、差し出された電話を受け取る。
「もしもし」
「ローソン魔界9丁目店副店長の古浪です」
現在勇者と交渉中の我が店のエースだ。
「状況は支倉SVから既に聞きました。まずは、父を助けていただいてありがとうございます」
「ローソンとお客様の為です」と、俺は格好つける。
「分かっています。しかしその事を勇者にも伝えたのですが、話を聞こうとしてくれません。というか、今も剣の切っ先を突きつけられています。魔物の味方をする者は皆魔物なのだそうです」
交渉は難航しているようだ。ここは俺が責任者として前に出るしかあるまい。
「電話を代わって下さい」
「大丈夫ですか?」
「心配ありません。必ず助けます」
そして電話は勇者に代わる。
「もしもし、お電話代わりました、ローソン魔界9丁目店の春日です」
「何の用だ? お前と話す事など1つもない」
だがこちらにはある。
「今すぐに魔王様を解放していただけませんか?」
電話の向こうから、人を馬鹿にした含み笑いが聞こえた。
「馬鹿を言うな。魔王は必ず処刑してやる。今はまだ聖剣が完成していないが、それも時間の問題だ。解放などありえん。俺は勇者の使命として、魔王を倒さなければならない」
「勇者?」
俺は尋ねる。
「あなたはもう勇者ではありませんよ」
「何だと?」
「あなたが勇者であるには、あなたがそれを名乗るのではなく誰かがあなたをそう呼ばなければならない。この意味、分かりますか?」
「……当たり前だ。俺は魔王を処刑したら、全世界に名乗り出てやる。俺が魔王を倒した勇者であるとな」
「ならば我々はこう証言しましょう。勇者に倒された魔王様は、人間との共存の道を探っていたと」
「ふはは、誰が信じる物か!」
「今、セッちゃんが逮捕されました。おそらくですが警察に取り調べを受ける時、動機についてはこう語るでしょう。『父親を人質に取られた』と」
「ふん、だから何だ?」
「今回の事件で沢山の死者が出ました。建物の被害も甚大です。世間の注目は必ず集まります」
「結構じゃないか。それでこそ俺の名声が轟くという物だ」
「今まで一部の人間しか知らなかった魔界についての見識はあっという間に広がるでしょう」
「……何が言いたい」
「最初は非難が集まるでしょうが、ローソンや政府のしてきた活動は必ず認知されるはずです。そしてどちらが正しかったのかも、いずれ答えが出ます。魔界の存在をいち早く察知し、平和的に地上との関係を結ぼうとした我々と、己の名声を高めるが為だけに魔王を倒した勇者。果たしてどちらが正しかったのでしょうか?」
「……黙れ。それ以上言うな」
「今ならまだ間に合う」
「無理だ。死んだ者は戻らない。俺が世紀の犯罪者になるか、それとも英雄になるのか、民意に問いかけてみようじゃないか」
やはり、駄目か。と思った時、あちら側の電話に割り込んできた人物がいた。
「待ってください。まだ手はあります」
こういう時の古浪さんほど頼りになる存在はいない。それは店の経営で嫌というほどに理解している。
「我々はこの数ヶ月間、魔界にて商売をしてきました。魔界に通貨は存在せず、地上で役目を終えた『魂』を取引の材料にしています。魔王様は我々にも取り扱えるように、魂を分割し、紙幣にする技術を開発してくれました」
言われてみれば、確かにそんな事を言っていた気がする。冗談か本気か分からなかったのであまり深く考えなかったが、という事はつまり、我が店の上げた利益は、全て「魂」だったという事になる。
「これを大量に使えば、魔法によって昇天した人間の魂を呼び戻す事が出来るはずです。そうですね? 魔王様」
遠くから「出来ますぞ」と声が聞こえた。俺も支倉SVを見たが、「魔王様ならば可能なはずです」という答えが得られた。
「今ならまだ間に合います。被害に遭った方々を生き返らせるには、この方法しかありません」
しばらくの沈黙が続く。やれる限りの事はやったのだから、今はただ祈るしかない。
そして、勇者は答えた。
「……人を助けてこその勇者だ。良いだろう。魔王を解放してやる」
瞬間、作戦本部で歓声が上がった。
それからの日々は、以前にも増して忙しくなった。魔界の存在が周知され、カオス油などの新たなエネルギー源の活用に一般の研究機関にも立ち入りが許可された。おそらく、これから人類は未曾有の発展を迎える事だろう。1番の功労者として、古浪社長に連日連夜の取材が殺到した事は言うまでもないし、今年のノーベル平和賞はほぼ確実な物になるだろう。
以下はインタビュー記事の受け売り。
若き日の古浪社長は、ひょんな事をきっかけに魔界の入り口を見つけた。おそらく以前から、魔界に迷い込む人間はいたのだろうが、大抵は魔物に食い殺されていたのだろう。しかし、古浪社長は違った。持ち前のバイタリティーで危機を脱し、あろう事か魔界の長たる魔王に謁見を申し込んだ。そこでこう述べたそうである。
「必ずや私は日本を代表する大企業の社長になってみせる。そして魔界と地上、どちらにも得になって、平和に暮らせる道を探し出す。人間と魔物の共存する世界を我々で作ろうではないか」
現魔王様はこの演説に大変感銘を受けたらしく、古浪社長は解放され、すぐに出世の道を驀進し、やがてこのローソン魔界出店計画が始動したという訳である。
これにて一件落着といった所だが、俺の店はようやく軌道に乗り始めたといった所だ。魔界と地上との関係も、これからなのだ。
そんなある日、古浪社長がお忍びで店にやってきた。バックルームに通し、握手を交わす。そしてこう言った。
「ところで春日さん。天界に2号店を出す話があるんですが」
終
「ローソンが目指しているのはただのコンビニではありません」
クオリティーの高い接客。豊富な品揃え。新たな発見の構築。それらによってお客様に提供される満足は、最早ただ商品を売買するだけの関係にとどまらずエンターテイメントであると、古浪社長は力説していました。そしてその屋台骨を支えるのが地域に根ざした経営であり、店に属するクルーであると。ローソンという看板や本社は、それをバックアップするだけの存在であると。
今になって俺はその言葉を実感している。確かに、ローソンはただのコンビニではない。
なぜなら、ただのコンビニはタヌキ型の巨大ロボットの製造になど着手しないからだ。
PONTAに乗り、ローソン直営店の地下から発進した俺は、セッちゃんが立てこもるビルの前まで来ていた。PONTAの操縦はレジ打ちよりも簡単で、ローソンの制服を着てレバーを握れば思った通りに動くというハイテクを通り越してオーバーテクノロジー気味な代物だった。
ポン太君のずんぐりむっくりした身体が1歩を踏み出すたびに大地を揺らし、普段は見上げているビルを見下ろすこの感覚は、恐ろしくもあったが高揚感を煽るのも事実だった。
「春日さん、PONTAの調子はどうですか?」
支倉SVから通信が入る。俺は答える。
「とりあえず問題はありません。何故か俺が中にいる事以外は」
「はは、その様子なら大丈夫そうですね。健闘を祈ります」
健闘と言っても、1番の目的は交渉だ。セッちゃんに古浪社長を解放するように頼んでみる。今出来る事はそれしかない。
セッちゃんは現在ビルの屋上に陣取っており、ビルの半径100m以内に近づく物全てに攻撃を加えると宣言している。そしてもうすぐ、俺の乗るPONTAはそのラインを超えようとしている。
「おい! そこのなんかかわいい奴! ここに近づくな!」
PONTAの丸い耳型アンテナがセッちゃんの声を捉えた。俺はマイクを拡声器モードに切り替えて、セッちゃんの呼びかけに返事をする。
「今すぐ古浪社長とローソン社員を解放してくれ! 俺は戦いたくない!」
「その声……お前あそこのローソンの店長か。なんでこんな所にいるんだ?」
逆にこっちが聞きたいくらいだが、答えは1つしかない。
「セッちゃんはうちの店の大事なお客様だからだ。お客様がお困りなら出来る限りお助けする。それが俺のやり方だ」
「なかなか殊勝な心がけじゃないか。じゃあ今すぐパパを解放しろ! それと勇者をここに連れて来い! そうしたらお前の所の社長を解放してやる!」
「そっちの方は今古浪さんが説得中だ!」
「あのババアが? ……ふん、それじゃ無理そうだな。とにかくパパの無事が確認出来なきゃ解放はしない。全員ぶっ殺してやるからな!」
完全にテロリストと化したセッちゃんに、どうやら交渉は通じそうにない。
「セッちゃん頼む。戦いたくないんだ!」
「ほう、戦えば勝てるような言い方だな。面白い。やってやろうじゃないか」
そんなつもりで言ったのではなかったが、何やら導火線に火をつけてしまったらしい。
ビルの屋上から小さな影が飛び立った。空高く舞い上がり、空気が振動を始める。バチバチと不穏な音も鳴り始め、セッちゃんが天に向かって掲げた手のひらに、暗黒の塊が生成されていく。店で見た物よりも大きな、明らかにヤバいエネルギー。
「ま、待ってくれ! 話を聞いてくれ!」
「うるさい死ね! ネオダークネスボール!!!」
まずい! ネオがついている! 避けられない!
俺は咄嗟にPONTAの短い両腕でガードをする。今は耐える事を祈るしかない。
凄まじい衝撃がPONTAを、そして俺の身体を揺らした。天地がひっくり返り、カメラの映像も乱れる。そしてコックピット内に鳴り響く警告。ダメージはかなり深刻らしい。次にまた同じ威力の一撃を喰らえば、流石のPONTAといえども跡形も無く消し飛ぶだろう。
「春日さん! PONTA砲を使ってください!」
「PONTA砲? そんな物もあるんですか!?」
「はい! ポンタカードに溜まったポイントで発射するエネルギー砲です。既にこの戦いの様子は全国に放送されていますから、今全国からお客様のポイントを集めるように報道機関とローソン各店舗に要請しています!」
日本中のポンタポイントを一撃に込める。確かにそれならセッちゃんを倒す事が可能かもしれない。ポンタポイントのお得さは既に周知の通りだ。
「僕がコツコツ溜めた1万ポイントも転送します! 春日さん、やってください!」
こうなったら俺もボーナスポイントを駆使して溜めた2000ポイントを使うしかない。財布からポンタカードを取り出し、コックピット内に何故か備え付けられたスキャンで取り込み、全て使用する。OKボタン。
「む。まだ何かする気か? 大人しくしてろ! 今度は手加減しないからな!」
まだ燃えているこちらの闘志に、セッちゃんが気づいた。だがもう引く事は出来ない。ポンタポイントはお客様の満足の証。それを背負った今、俺は無敵だ。
セッちゃんの手の平に、再びネオダークネスボールが集まってきた。集まるスピードはゆっくりだが、先ほどよりも確実にでかい。もしも直撃すれば……。いや、今はそんな事は考えている時ではない。モニターに表示されるMAX1000000000ポイントの文字。後はこれを全てセッちゃんにぶつけるだけだ。
「ありがとうございました! またお越しください!」
力一杯にそう叫び、PONTAの大きく開いた口からPONTA砲が発射された。機体が真後ろに吹っ飛ぶほどの衝撃。エネルギーは細く凝縮され、セッちゃんに向かってまっすぐに伸びていく。
「何っ! 何だこれは! ぐ、うわああああ!!!」
セッちゃんの断末魔が聞こえた。巨大な爆発の後、煙が立ち上る。
しばらくして救助された古浪社長は傷一つなく元気で、周囲の人間は大事を取って病院での検査を薦めたがこれを拒否し、俺の下へとやってきた。
「よくやってくれた! 君を魔界9丁目店のオーナーに選んだ私の判断は間違ってなかった」
脂ぎった笑顔でそう言い、俺は社長と固い握手を交わした。
「いえ、俺は大した事はしていません。こういう事態を想定してPONTAを用意していてくれた社長と、全国のお客様のローソンを愛する力が俺に勇気をくれたんです」
我ながらくさい事を言っているとは思っているが、それが本心である事に間違いはなかった。
「だがまだ終わってないぞ春日君」
「はい。分かっています」
その時、ちょうど支倉SVが携帯電話を片手に俺の肩を叩いた。その表情から、電話の向こうに誰がいるのかが分かった。俺は無言で頷き、差し出された電話を受け取る。
「もしもし」
「ローソン魔界9丁目店副店長の古浪です」
現在勇者と交渉中の我が店のエースだ。
「状況は支倉SVから既に聞きました。まずは、父を助けていただいてありがとうございます」
「ローソンとお客様の為です」と、俺は格好つける。
「分かっています。しかしその事を勇者にも伝えたのですが、話を聞こうとしてくれません。というか、今も剣の切っ先を突きつけられています。魔物の味方をする者は皆魔物なのだそうです」
交渉は難航しているようだ。ここは俺が責任者として前に出るしかあるまい。
「電話を代わって下さい」
「大丈夫ですか?」
「心配ありません。必ず助けます」
そして電話は勇者に代わる。
「もしもし、お電話代わりました、ローソン魔界9丁目店の春日です」
「何の用だ? お前と話す事など1つもない」
だがこちらにはある。
「今すぐに魔王様を解放していただけませんか?」
電話の向こうから、人を馬鹿にした含み笑いが聞こえた。
「馬鹿を言うな。魔王は必ず処刑してやる。今はまだ聖剣が完成していないが、それも時間の問題だ。解放などありえん。俺は勇者の使命として、魔王を倒さなければならない」
「勇者?」
俺は尋ねる。
「あなたはもう勇者ではありませんよ」
「何だと?」
「あなたが勇者であるには、あなたがそれを名乗るのではなく誰かがあなたをそう呼ばなければならない。この意味、分かりますか?」
「……当たり前だ。俺は魔王を処刑したら、全世界に名乗り出てやる。俺が魔王を倒した勇者であるとな」
「ならば我々はこう証言しましょう。勇者に倒された魔王様は、人間との共存の道を探っていたと」
「ふはは、誰が信じる物か!」
「今、セッちゃんが逮捕されました。おそらくですが警察に取り調べを受ける時、動機についてはこう語るでしょう。『父親を人質に取られた』と」
「ふん、だから何だ?」
「今回の事件で沢山の死者が出ました。建物の被害も甚大です。世間の注目は必ず集まります」
「結構じゃないか。それでこそ俺の名声が轟くという物だ」
「今まで一部の人間しか知らなかった魔界についての見識はあっという間に広がるでしょう」
「……何が言いたい」
「最初は非難が集まるでしょうが、ローソンや政府のしてきた活動は必ず認知されるはずです。そしてどちらが正しかったのかも、いずれ答えが出ます。魔界の存在をいち早く察知し、平和的に地上との関係を結ぼうとした我々と、己の名声を高めるが為だけに魔王を倒した勇者。果たしてどちらが正しかったのでしょうか?」
「……黙れ。それ以上言うな」
「今ならまだ間に合う」
「無理だ。死んだ者は戻らない。俺が世紀の犯罪者になるか、それとも英雄になるのか、民意に問いかけてみようじゃないか」
やはり、駄目か。と思った時、あちら側の電話に割り込んできた人物がいた。
「待ってください。まだ手はあります」
こういう時の古浪さんほど頼りになる存在はいない。それは店の経営で嫌というほどに理解している。
「我々はこの数ヶ月間、魔界にて商売をしてきました。魔界に通貨は存在せず、地上で役目を終えた『魂』を取引の材料にしています。魔王様は我々にも取り扱えるように、魂を分割し、紙幣にする技術を開発してくれました」
言われてみれば、確かにそんな事を言っていた気がする。冗談か本気か分からなかったのであまり深く考えなかったが、という事はつまり、我が店の上げた利益は、全て「魂」だったという事になる。
「これを大量に使えば、魔法によって昇天した人間の魂を呼び戻す事が出来るはずです。そうですね? 魔王様」
遠くから「出来ますぞ」と声が聞こえた。俺も支倉SVを見たが、「魔王様ならば可能なはずです」という答えが得られた。
「今ならまだ間に合います。被害に遭った方々を生き返らせるには、この方法しかありません」
しばらくの沈黙が続く。やれる限りの事はやったのだから、今はただ祈るしかない。
そして、勇者は答えた。
「……人を助けてこその勇者だ。良いだろう。魔王を解放してやる」
瞬間、作戦本部で歓声が上がった。
それからの日々は、以前にも増して忙しくなった。魔界の存在が周知され、カオス油などの新たなエネルギー源の活用に一般の研究機関にも立ち入りが許可された。おそらく、これから人類は未曾有の発展を迎える事だろう。1番の功労者として、古浪社長に連日連夜の取材が殺到した事は言うまでもないし、今年のノーベル平和賞はほぼ確実な物になるだろう。
以下はインタビュー記事の受け売り。
若き日の古浪社長は、ひょんな事をきっかけに魔界の入り口を見つけた。おそらく以前から、魔界に迷い込む人間はいたのだろうが、大抵は魔物に食い殺されていたのだろう。しかし、古浪社長は違った。持ち前のバイタリティーで危機を脱し、あろう事か魔界の長たる魔王に謁見を申し込んだ。そこでこう述べたそうである。
「必ずや私は日本を代表する大企業の社長になってみせる。そして魔界と地上、どちらにも得になって、平和に暮らせる道を探し出す。人間と魔物の共存する世界を我々で作ろうではないか」
現魔王様はこの演説に大変感銘を受けたらしく、古浪社長は解放され、すぐに出世の道を驀進し、やがてこのローソン魔界出店計画が始動したという訳である。
これにて一件落着といった所だが、俺の店はようやく軌道に乗り始めたといった所だ。魔界と地上との関係も、これからなのだ。
そんなある日、古浪社長がお忍びで店にやってきた。バックルームに通し、握手を交わす。そしてこう言った。
「ところで春日さん。天界に2号店を出す話があるんですが」
終