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 吊り下げられただけの裸の電球が部屋を微かに照らす。薄暗い部屋にはいくつかの机と椅子が並び、棚には酒のボトルが並べられていた。
 ――ここは酒場である。店内にはちらほらと客が入っており、皆それぞれで酒をたしなんでいた。カウンターではマスターがグラスを拭き、先ほど店に入ってきたある人間の動向を探っていた。
 その人間とは全身をマントで被っており、頭もフードで隠していた。長身であることから男性であることが考えられるが、それ以外は一切不明である。
 彼は空いているテーブルには目をくれず、一直線に奥の席で一人飲む細身の男性へと向かい、その前で足を止めた。
「ロバート・ワイールだな」
 マントの男が言う。ロバートと呼ばれた男は酒の入ったグラスを机に置き、マントの男を見た。
「魔石不法売買の容疑がある。ご同行願おうか」
「…………」
 男が言うと、ロバートは黙ったまま彼の後ろへと視線を送る。それを合図に後ろで椅子を引く音がした。
 何人もの足跡がし、瞬く間にマントの男の周を屈強な男たちが囲む。数は8人と言ったところか、店にいた客全員が集まっているようだ。よく見ると、彼らの手には棍棒や剣などの武器が握られていた。が、マントの男は微動だにせず、ロバートの方を向いたままだった。
「捕まるつもりはないってか……」
 マントの男が残念そうに呟くと、それと同時に後ろの男たちが動き出した。
 一番近くの男がマントの男の頭めがけて棍棒を振り降ろす。が、マントの男は左に体を逸らし棍棒を避け、そのまま男の左頬に肘打ちを叩き込む。棍棒の男は倒れこみ、その横から剣を持った男が新たに現れる。マントの男は自分のマントを掴むと引き剥がし、剣を持った男の頭に被せた。
「えっ、ちょっ」
 目隠しをされ混乱する男にマントを被っていた男は、みぞおちに蹴りを入れた。男は短くうめき声をあげ後ろへ倒れる。
 そして、男の素性を隠していた布がなくなり、彼の風采が露わになった。それにより、男たちの動きが止まる。
 男――基青年は茶色の短髪に男性にしては大きい青色の瞳を持ち、一見少年のような顔立ちをしていた。青年を囲む男たちのに比べれば華奢な体格だ。しかしその中でも臆することなく、凛とした表情をしていた。
 青年は腰に下げた片手剣を抜き彼らに向かって構える。動きを止めていた男たちも再び動きだした。
 三人が同時に青年に襲い掛かる。一人目のナイフを体を傾けをかわし、ナイフを持つ手を掴み捻りあげると、男は苦悶の声を上げナイフを落とした。休む間もなく二人目が後ろから切りかかる。青年はその姿勢を変えることなく後ろに剣を回し、ナイフを受け止めた。そして足を前後に開くと体を旋回させ、後ろ蹴りを放つ。その回転を活かし、突き飛ばした先に一人目の男も投げ飛ばした。
 もう一人と、三人目の行方を捜す。だがそのときにはもう、三人目の男は彼の後ろに回りこみナイフを振り上げていた。
 その直後、店内のどこからかパンッという乾いた音が鳴り響く。それが銃声だと気がついた時、ナイフを振り上げていた男は右手を押さえ床に倒れこんでいた。手の間からはドクドクと血が溢れ、赤い染みをつくる。
「一人じゃないのか!」
 苦痛に顔を歪ませる用心棒の姿を見て、それまで黙っていたロバートが叫ぶ。彼は席を立ち、入り口とは反対にある非常口の方へと走りだした。
「エドガー!」
 青年が己に降りかかる刃をはじき返し、誰もいない暗闇へと叫ぶ。
 そして、ロバートが非常口の扉に手をかけようとした時、ドア全体が凍りついた。
「クソッ! 何だよこれ!」
 ロバートは凍りついたドアを蹴り無駄だと分かると、胸元から赤色の装飾された石を取り出した。そして、石を青年に向ける。石が僅かに光り、その直後人の頭ほどの火の玉が出現し、青年へと打ち出された。赤属性のD級魔法、『フレイムシュート』である。男たちの相手をする青年がそれに気がついたのは火の玉が眼前へと迫った時だった。
 火の玉が弾け、煙が辺りを包む。しとめた、と確信するロバートは口元に笑みを浮かべた。しかし、煙が晴れた時、その笑顔が凍りつく。
 青年に火の玉は当たっていなかった。否、阻まれていた。彼の前には緑がかかった透明の壁が出現しており、危機が去ったと分かると粒子となり消えた。緑属性のE級魔法『エアロウォール』だ。
 この青年が術を使ったとは考えられない、どこかに彼の協力者である術師がいる。とロバートが考えた時、彼のこめかみに冷たい物体が触れる。
「チェックメイトね、違法術師さん」
 声の方向に視線だけ移動し見ると、そこには赤髪の女性が銃口を向け微笑んでいる姿があった。
「なんなんだよ……」
 ロバートが再び前を向くと、そこには自分の雇った男たちが全員倒れ、代わりに青年、少年、少女の3人が立っている。
「じゃあ、今度こそ一緒に来て貰おうか」
 青年が言い放つと、ロバートは膝から崩れ落ちた。


***


 この世界では魔法を使うのには資格が要る。
 そもそも魔法とは自然界から発せられるマナというエネルギーを利用した武器である。
 魔法を行使するにはマナを体内に取り込む必要がある。だがマナは人間にとって有害なものであり、無理に取り込もうとするとマナ中毒となり、最悪の場合死に至る。
 そのため利用するのが魔石だ。魔石はマナを集め放出する作用を持つ。人々はこの性質を利用し魔法を使っている。
 しかし、それだけでは魔法を使うことはできず、アカデミーへ通い魔法を発動させるための術式と理論を学ぶ必要もある。
 術師の資格はアカデミーを卒業し得ることができるのだが、肝心の魔石は術師は各国の軍隊から支給され、それ以外使うことを許されない。
 魔石は必ずナンバリングされ、魔石が放つ魔力も石ごとに異なり同じ物は存在しない。そのため術痕で誰が術を使ったのか調べることもできる。これにより、術師の術による犯罪の抑止となっている。しかし、それを窮屈に感じる術師もおり、そういったものはブローカーから非正規品の魔石を得て違法術師となる場合がある。
 違法術師とはアカデミーを経ずに術を使う者、正規の魔石を使用しない者、犯罪に関与した者などを違法術師と呼ぶ。術で人を殺めること、テロ行為を行うことが最も重い罪とされる。


「2等級魔石か。どこでこんない良い物仕入れてくるんだか」
 ミイルガートへと帰還する船の中、オレンジ色の髪の少年、エドガーが先ほどの違法術師から没収した魔石を眺め言う。少年の手の中では、赤色の小さな石が日の光に反射し艶やかに輝いていた。
 石は金色の装飾が施された枠に嵌められ、裏面には石の等級を現す数字が書かれていた。違法に製造された魔石のため、本来あるはずのナンバーが書かれていない。
 隣にいる青年、アイクがエドガーの手を覗き込んだ。
「2? エドガーは何等級だっけか」
「3だよ、うっせーな」
「何で怒るんだよ。あ、でもさっきのやつ助かったよ。何だっけ、アイス……」
 エドガーはため息を吐くと、目を細めアイクを見る。
「『アイスジャベリン』青属性のB級魔法だよ。術師じゃないっつても少しは覚えろよな」
「……いつか覚えるよ」
「それって覚える気ないだろ」
 エドガーは呆れ声で言葉を返す。これだから前衛は、と心の内で呟いていると、目の前から「でも」と異論の声が聞こえた。前を見るとそこには赤髪の女性、マルティナが不服そうに腕を組み座っている。
「正直術って多すぎるのよ。等級とか属性とか、考えるだけで面倒」
「銃のことしか頭にないお前には難しいだろうな」
「そう言うアンタは机にばっか向かってるから小さいままなのよ」
 マルティナとエドガーの二人は無言で睨み合う。
 アイクはいつものことだと特に二人を気にする様子もなく、目の前に座るもう一人の班員、アリスを見た。彼女もあの二人は自分とは関係ないと言わんばかりに、目を伏せ静かに座っている。
「そういえば、アリスも壁、ありがとな」
「……どういたしまして」
 彼女は短く言葉を返す。その後の会話もない。別に機嫌が悪い訳ではない、これが彼女の普通なのだ。進んで誰かと話すこともなく、物静かな彼女はいつも、アメジストのような美しい瞳でどこかを見ている。一体何を見ているのか、常に無表情な彼女からそれを読み取るのは不可能であった。
 それにしても、とエドガーとの冷戦を終えたマルティナが言葉を発した。
「魔石が買える酒場ねえ。今までよく捕まらなかったわよ」
 先ほどの戦いを思い出しため息を吐く。穏便に済むのならなんて楽なことか。だが、それも夢と分かっている。そのためにこの部署は立ち上げられたのだ。
 違法術師取締班――近年増える違法術師とその犯罪に対して取り締まるために魔法研究の権威であるミイルガート自治州が提案した課である。名前の通り、違法術師の捜索・取締りを行う。
 エドガーは違法魔石に対する嫌悪から眉間にしわを寄せた。
「今までが緩すぎたんだよ」
 表情にあわられる不快感を隠すことなく彼は言葉を続けた。
「2年前のアウルムとイスベルグの戦争でも1割が違法魔石使ってたって話だ。その一部はマナ中毒で死んだらしいぜ」
「そんなに多いのか?」
 アイクはその数の多さに驚愕する。アウルム帝国とイスベルグ王国の戦争といえば、何十万もの術師が戦争に参加していたと聞く。その中で1割というと相当な数だ。
 「そう考えると取り締まるべきだよなぁ……」とアイクは素直な感想を漏らす。

 この課が設立されてもうすぐ1年が経とうとしていた。毎日毎日捕まえても一向に違法者が減らないのは、この世界の魔法事情に不満があるからなのか。それとも単に利益の追求のためなのか。
 最初こそこのような事を考えていたが、日々の忙しさに追われ、いつしか若者達はただ違法者を追いかける。

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