6.ババ抜き7並べ(1)
ある日、百合子が務めていた会社は不正取引によって倒産した。
資格を複数保有し、能力も高い百合子からすれば止まり木の一つがなくなったにすぎないのだが、悪評判の会社に勤務していたこと、そして何より妙なプライドが彼女を邪魔し、いつまで経っても再就職ができなかった。
貯金を食い潰すうちに業界のブラックリストに入ってしまい、もはや再就職が不可能だと気づいたときには時すでに遅し。百合子はフリーターとなり、毎日身を削りながらその日暮らしの金銭を稼いでいた。
そんな百合子に藤吉は失望し、別れを切り出す。百合子はそれに納得がいかず、愛情が憎悪へと変わり、やがてストーカーへ変貌を遂げる。
見かねた藤吉は百合子を警察へ突き出した。前科持ちとなった百合子はフリーターすら行えなくなり、ついに路頭へ迷う。
百合子に残された道は一つだった。自覚しているその美貌、身体を使うしかない。風俗に進んだ百合子の足跡を、知る者はいない。
里緒菜は高校卒業後、某兎野球球団にスカウトされ、そのままプロデビューを果たす。
打って良し、守って良し、走って良し、何から何までトップクラスの能力を持つ里緒菜は男の娘というキャラもあって瞬く間に人気を得る。
幾度もチームの優勝に貢献した里緒菜はメジャー移籍を表明。そこでも大活躍をした後、宇宙リーグに進出、多くの宇宙人を相手に猛威を振るう。
そしてこれは遠い先の話になるが、里緒菜は宇宙戦争の勝利を導く英雄となる。
野球史だけでなく、人類の歴史に名前を残す――里緒菜を知らない者は、いない。
藤吉は大学卒業後、公務員となり地元の区役所に就職する。ぎゃんぶるからは身を引き、地味ながらも堅実に労働をするようになる。
だが彼がそんな小さくまとまった人生を歩むはずがない。あるとき出馬をし、政界に足を踏み入れる。こつこつと人脈、知識を蓄えていた彼は少しずつ勢力を伸ばし、やがて政界を牛耳るようになる。
「すべては、国民の皆さまのために」をスローガンに、圧倒的な支持を得る藤吉。だが、彼に歯向かう人間は静かに失脚、そして消息不明となるのだが、その闇を知る人間は少ない。
~銀座、とある料亭~
「やあ、ひさしぶりだね、里緒菜ちゃん。わざわざ宇宙から戻ってきてくれてありがとう」
「ううん、お兄ちゃんのためなら、ぜんぜん苦じゃないよ」
粛々と料理に手をつけながら、二人は懐かしむように会話をする。
その間に百合子がいたのだが、二人はとっくの昔に記憶から消していた。
「ところで、今日は何の用事? 大事なこと、とはメールで聞いていたけど」
「うん。ちょっと、ね」
里緒菜は周囲から人の気配が消えたことに気づいた。明らかに人払い――よほど重要な話なのだろうと、里緒菜は少し緊張してしまう。
「実はね、僕、総理大臣になるんだ。今すぐじゃないけど」
「えー、すごい! ……でも、トップに立たず、水面下であれこれしてるほうが似合うと思うけどなぁ」
「ははは、自分でもそう思うよ。でもね、ここで終わりじゃない。まだまだ高みがある」
じっと、藤吉は里緒菜を見る。その視線に里緒菜はどきりとした。この何かを企んでいるような目が、里緒菜はたまらなく好きだった。
「里緒菜ちゃんが宇宙リーグで活躍している通り、いまや地球外にも生命体がいることは周知のことだ。そこが、最終目標だ」
「宇宙……まさか」
「そう。総理大臣になり、地球を代表する人間となって、そして」
「宇宙の支配者になる」
「……なんだか現実味がないね」
「なぁに、五十年以内には実現するさ。で、ここからが話したいことだ」
「偉大なる人間には、偉大なる伴侶が必要だ。里緒菜ちゃん、僕のファーストレディーになってくれないか?」
里緒菜は思考が停止した。が、すぐに歓喜が溢れ出し、涙ながらに答えた。
「はい、喜んで!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「何だこれは!!!!!!」
百合子はゲームコントローラーを床に叩きつけた。
「リアルな人生ゲームとは聞いていたが、私だけが生々しすぎるだろ! 宇宙の支配者って何だ!?」
「同姓との結婚もできるなんて、なかなか斬新なシステムだね」
「でしょ? おもしろいでしょ?」
ゲーム内では円満なエンディングを迎えた藤吉と里緒菜は満更でもない様子。もちろん百合子はそんな様子に腹が立つばかり。
「とりあえず僕らは終わったから、百合子さんも先に進めて終わらせてよ」
「た、たしかに……どこかで逆転する可能性だってあるかもしれないからな」
『風俗という仕事は百合子の心を壊していった。精神を病んだ百合子は上客に刃物を刺してしまう。裏社会からの制裁によって、百合子の身体は分解され、散り散りに売却されていった
ゲームオーバー』
「…………」
「カイジでありそうな展開だね……」
「人生ゲームでゲームオーバーって、デットエンドじゃん」
そそくさとゲームをリセットする里緒菜。ちらりと見た百合子の表情は無表情だった。里緒菜は戦慄した。こんなときの百合子は、敵対すると無傷では済まないからだ。
「……二人共」
「ど、どしたのお姉ちゃん」
「まあこれはゲームだから、別に何とも思わないさ。ああ、まったく。少しもな」
(めちゃくちゃ気にしてるし。百合子さん、負けず嫌いだからなー)
「だがこのままでは収まりが悪いのもたしかだ。そこで、ちょっと遊ばないか?」
そう言って百合子は未開封のトランプを出した。
「ゲームはあれだ、前にやったババ抜き7並べだ」
「あーあれね、けっこうおもしろかったよね」
「7並べ?」
里緒菜は右の親指で唇を撫でながら、藤吉に訊いた。
「うん、ババ抜きと7並べを足したようなゲームかな。前に百合子さんと考えてやってみたんだけど、これがなかなか楽しくってね」
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* ババ抜き7並べ *
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* 用意するもの:トランプ52枚+ジョーカー1枚 *
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* 1.各スートの7を並べる(これを場とする) *
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* 2.トランプ47枚を5枚ずつ、人数分配る *
* (5枚でなくても問題はない。これを手札とする) *
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* 3.配り終えたら、残ったトランプにジョーカーを混ぜてシャッフルする *
* (これを山札とする) *
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* 4.以降は7並べのルールでゲームは進行する(ローカルルールはご自由に) *
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* 5.手札からカードが出せない場合、パスではなく山札からカードを引く *
* そのカードが場に出せなければ手札に加える *
* なお、引いたカードは他プレイヤーに開示しなければならない *
* 引いたカードがジョーカーの場合、そのプレイヤーは負けとなる *
* その後、敗者の手札とジョーカーを山札に戻してシャッフルする *
* (引く枚数はある程度自由にすればギャンブル性が増す) *
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「引く枚数は1~3枚ぐらいがいいかな。なんとなくわかった? 里緒菜ちゃん」
「ふーん……うん」
「そして、最下位の人間は1位の人間の命令を一つ聞く、これだ」
「百合子さん、それは横暴すぎ」
「いやだめだ、決定、これに決定!」
これは素直に聞かないと終わらないぞ――と、藤吉は観念した。
藤吉はトランプを開封し、7を並べ、シャッフルしてカードを配り始めた。
「今度は負けない、負けないからな」
(私が勝って、藤吉くんに命令するんだ。『今すぐ私と結婚しろ』と。
里緒菜が最下位だったら……あー、とっとと帰れ、とでも言っておくか。
それにしても里緒菜のヤツ……唇をなぞる癖、まだ治ってなかったのか。もしかして里緒菜は、7並べを……)
「はいはい、ほどほどにね」
(百合子さん、この根の持ちようだと『今すぐ私の両親に挨拶しに行こう』とか言いかねないぞ。そうなると僕のやることは一つ、百合子さんを一位にさせないことだ。
このゲームは基本的に上がるよりもジョーカーを掴んで負けることが多かった。なのでさっそくだけど、ジョーカーに印を付けておいた。何食わぬ顔で僕→百合子さん→里緒菜ちゃんという順番にしておいて、僕は可能な限り山札からカードを引き、ジョーカーをトップに持っていく。これで完璧だ)
「…………」
(今日の俺はとても調子がいい。
相手の目に反射したカードがはっきり見えるし、たとえ一瞬でもしっかりと記憶できている。お姉ちゃんはすぐに手札を隠したけど残念、意味なかったね。
さっきからジャブしてるけど、あまりの早さに二人には見えないようだ。これならいくらでもイカサマができる。つまり、負けるはずがないんだ。
お兄ちゃんが最下位なら、前のぎゃんぶるの約束を取り止めてもらって、再び敵対しよう。お姉ちゃんが最下位なら……別れろって言いたいけど……まあ、後で考えよう)
(でも一つだけ、致命的な問題がある。これは由々しき問題だ、俺を敗北へと導く大問題だ)
(……俺、7並べのルール、知らないんだよな)
◆それぞれの情報
◇藤吉
・百合子を1位にさせないことが目的(自身が1位でなくても良い)
・ジョーカーの位置がわかる
・里緒菜のチート性能を知らない
・里緒菜が7並べのルールを知らないことに気づいていない
◇百合子
・自分が一位になり、藤吉を最下位にすることが目的
・里緒菜のチート性能を知っている
・里緒菜が7並べのルールを知らないことに気づいている
◇里緒菜
・順位にこだわりはないが、できれば1位になりたい
・相手のカードが把握できる
・すり替えなどのイカサマが可能
・7並べのルールを知らない
・7並べのルールを知らないことを百合子に気づいているとは思っていない