9.ババ抜き7並べ(4)
◆前回のあらすじ
主人公敗北
◆それぞれの情報(更新された情報は★印)
◇藤吉
・百合子を1位にさせないことが目的(自身が1位でなくても良い)
・ジョーカーの位置がわかる
・里緒菜のチート性能を知らない
・里緒菜が7並べのルールを知らないことに気づいていない
★最下位。罰ゲーム確定
◇百合子
・自分が1位になり、藤吉を最下位にすることが目的
・里緒菜のチート性能を知っている
・里緒菜が7並べのルールを知らないことに気づいている
◇里緒菜
・順位にこだわりはないが、できれば1位になりたい
・相手のカードが把握できる
・すり替えなどのイカサマが可能
・7並べのルールがわかり始めている
・7並べのルールを知らないことを百合子に気づいているとは思っていない
藤吉「うん、僕の負け」
藤吉がめくったカード――ジョーカーを見た瞬間、里緒菜は大きな安堵と共に喪失感を覚えていた。
里緒菜(2人の感情がわからない……ああ、この感じ、いつものコンディションだ)
先ほど体得した、相手の感情がなんとなくわかる新能力(里緒菜はこれを『絶対六感』と名付けることにした)が使えない。そしてあれほど良かったコンディションも普段の状態に戻っていた。
里緒菜(最大の障害を排除し、それなりにルールもわかってきた……追い詰められていたからこそできる、まさに切り札ってところか)
一度体験したからこそ感じる、失ったときのこの不安。けれど普段通りになったに過ぎない。この状態でも十分に人類には驚異的な身体能力なのだ。
里緒菜(残るはお姉ちゃんだけ。なぁに、問題ないな)
百合子(負けるはずがない……なんて考えていそうな顔だな、里緒菜よ)
百合子は、自分がギャンブルに向いている人間とは思っていない。
改めて言っておくと、百合子は決して不出来な人間ではない。冷静に物事を判断し、頭の回転も早い。流れなんてオカルト的なものは信じず(このへんは好みだが)、損得勘定や確率で最良の選択をすることができる。
ただ、生粋のぎゃんぶる好きと、規格外の人間。相手が悪いだけなのだ。
百合子(しかし、当初の予定通り里緒菜が藤吉くんを負かしてくれた。本当はもっと接戦してほしかったが、まあ里緒菜相手ではきついか)
百合子(そして私も、里緒菜を相手にするのは荷が重い)
百合子(まともにやれば勝ち目はない。だから里緒菜も少し余裕を見せているのだろう)
このとき、里緒菜の表情には変化はなかった。けれど付き合いの長い百合子は里緒菜のちょっとした仕草で変化を知ることができるのだ。
百合子(勝機は、私が2人のことをよく知っている、ということだ。特に里緒菜、お前は藤吉くんのことを知らなさすぎる)
百合子「ああ、すまない。ちょっと席を立つ」
藤吉「どしたの?」
百合子「乙女に無粋なことを聞くんじゃない……藤吉くん」
藤吉「乙女って年齢でもないじゃん……百合子さん」
そう言って百合子は(おそらく)トイレに向かった。
残された藤吉と里緒菜。里緒菜は、藤吉の目を覗きこんだ。
里緒菜「ジョーカーのガン、消してくれない?」
藤吉「やっぱり気づいてたか。まいったなぁ」
藤吉はジョーカーの隅についた『J』をごしごしと指で拭った。
藤吉「これでいい?」
里緒菜「うんうん、オッケー。……でさ、ちょっと提案あるんだけどね」
里緒菜「俺を勝たせてくれない?」
藤吉はこの提案、そして声のトーンが男性のそれになった里緒菜に目を丸くした。
藤吉「意外だ。そういう悪巧みもできるの?」
里緒菜「念には念を、てヤツだよ。それに、そっちのほうがいいんじゃない?」
藤吉「ほう?」
里緒菜「万が一、お姉ちゃんが勝ったらどんな命令でも聞かなくちゃダメなんだよ?」
藤吉「まあ、そうだね」
里緒菜「だから俺が勝ったほうが、お兄ちゃん的には良いのかなー、なんてね。大丈夫だって、そんなきつい命令しないからさ」
藤吉「ふむ……たしかに僕は得をする。でも、わからないことが一つある」
里緒菜「わからないこと?」
藤吉「そう。里緒菜ちゃん、キミは何も得することがないんじゃないの?」
里緒菜「んー……」
藤吉「まだ『前にぎゃんぶるで賭けたことを取り止めてもらう』という交換条件のほうが信頼できるんだけど?」
里緒菜「お兄ちゃん、お姉ちゃんのことをわかってないねー。お姉ちゃんが言う命令はきっと『今すぐ私と結婚してもらう』とかだよ」
藤吉「……そんなところまで発展するのか。ワンクッションあると思ったのに」
里緒菜「お姉ちゃんに結婚されたら困るだよな。俺、お姉ちゃんのこと大好きだし」
藤吉「なるほど、これで利害の一致なのか」
里緒菜「んふふ、それじゃ、よろしくね」
里緒菜「ところで、今の状態で8のカードって出せるの?」
百合子「お待たせ。さあ再開しよう」
藤吉「僕やることなくなったから、カードを配るね」
百合子「そうか、よろしく」
藤吉「じゃ、改めてカードを切るね」
里緒菜(ここまでは手筈通り)
藤吉と里緒菜は、この先確実に勝てる方法を考えた。
まず藤吉が山札のカードを常に手に持てる状態になる。そしてカードを切る――その際マジシャンシャッフルを行い、ジョーカーの位置を細工するのだ。
里緒菜(お姉ちゃんはあと1枚、出せるカードがある。俺は8を出せる。その次のターン、俺とお姉ちゃんは出せるカードがなくなる。なので山札の一番上にジョーカーをセットすれば終了だが……それではあまりに露骨すぎる。疑われるかもしれない。なので上から5枚目にセットしてもらう。そうすれば、
お姉ちゃんが1枚引く→俺が3枚引く
お姉ちゃんが2枚引く→俺が2枚引く
お姉ちゃんが3枚引く→俺が1枚引く
で、ジョーカーをトップに持ってくることができる。もちろん上から1~4枚は絵柄で場に出せないカードで固める。これでチェックメイトってヤツだ)
百合子「誰からだ?」
藤吉「百合子さん百合子さん、あなたからですよ」
百合子「ふむふむ、そうだな」
百合子はカードを場に出した。それに里緒菜も続く。
里緒菜(さて、ここからだ)
百合子「1枚、カードをくれないか?」
藤吉「1枚ね。開くよ」
そこに出たカードは、絵柄。里緒菜は柄にもなく緊張していることに気づいた。
里緒菜「じゃあ、3枚ちょうだい」
里緒菜(勝った……予定調和とはいえ、嬉しいものだ。そしてここまで消耗した勝負は、もしかしたら初めてかもしれないな)
藤吉「1枚目、めくるね。はいジョーカー」
里緒菜「はいはいジョーカーねっておおおおおおおおおおおオオオオオオ!?!?!?」
出されたカードは間違いなくジョーカー。里緒菜はぱらぱらと手札をこぼした。
里緒菜「ふざけんなどういうことだよ!」
藤吉「どうって、ジョーカー。負けだよ」
里緒菜「そういう意味じゃねえ! なんで……」
藤吉「思い出してみてよ。利害の一致、とは言ったけど、やるだなんて一言も言ってない」
里緒菜「…………たしかに、でも!」
百合子「ははは、里緒菜よ、お前は藤吉くんのことをわかっていないなぁ」
百合子「藤吉くんは、やられたらやり返す、そういう人なんだ。勝った相手が、そう簡単に仲間に引き込めると思うなよ?」
里緒菜「み……認めねぇ! イカサマだ!」
百合子「どの口が言う」
里緒菜「でも、だって、でも……うう、うえ、うわぁぁぁぁぁぁぁん!」
まるで本当の女の子のように、里緒菜は声高く泣いた。
百合子(里緒菜は昔からそうなんだよな。勝つためには手段を選ばない、徹底している。だから、私が席を外している間に藤吉くんに話を持ちかけるのは確実なんだ。
百合子(でもその前に、私と藤吉くんは合図を出した。
『乙女に無粋なことを聞くんじゃない……藤吉くん』
『乙女って年齢でもないじゃん……百合子さん』
ぎゃんぶる中、少しの沈黙の間にお互いの名前を呼ぶ。これは『頼んだ』『了解』という2人で決めた合図だ)
百合子(席を外している間、2人は手を組む。里緒菜は昔から仲間にはまったく警戒しないからな……)
百合子(カードでイカサマなんてたかが知れている。せいぜいすり替えかマジシャンシャッフル……しか知らない。藤吉くんはマジシャンシャッフルが得意だから、十中八九、それだ)
百合子(あとは藤吉くんのイカサマのネタを知る必要がある。指サインなどでは里緒菜にバレてしまうだろうし、さすがに藤吉くんもそろそろ警戒しているだろう。なのであの言葉だ。
『百合子さん百合子さん、あなたからですよ』
名前が2回。これは“2”が関係する何かしらのイカサマがしましたよ、ということだ。
イカサマをマジシャンシャッフルと決め打つとしたら、“2”とは『2枚目にジョーカーがある』『2枚引け(3枚目にジョーカーがある)』のどちらかだ。
後者を信じて2枚引いた場合、もし前者だったらそこで負け。後者を信じて前者なら、それも負け。なのでベターに1枚引いた。
もしも後者で里緒菜に1枚引かれていたら負けていたが、その辺りは藤吉くんがうまくやっていてくれるだろう、という信頼だな)
百合子(他人を信じて勝利する。それが私のタクティクスだ)
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百合子「さてと、お待ちかねの罰ゲームだが」
藤吉「何なりとどうぞ」
里緒菜(あーちくしょー、式には何を着て行こうかなー……やっぱ男性の正装じゃないとダメだよなー、ご祝儀もあるし金吹っ飛ぶじゃねーかー……)
百合子「ちょっと肩を揉んでくれないか? 最近忙しくてな」
藤吉「ん、りょーかい」
里緒菜「あれ? あれれ?」
里緒菜(えらくライトな命令だな……お姉ちゃん、そういうキャラだっけ?)
百合子(里緒菜のヤツ、不思議そうだな。藤吉くんを頼って勝利したんだ、さすがにお手軽な命令にするってものだよ)
藤吉(百合子さんは真摯な人だからね。他力で勝利したのなら、結婚しろだなんて命令はしないんだよね~)
百合子「ああ、そこ、そこっ、きもちいっ……もっと、もっとぉ」(←棒読み)
藤吉「すみません、気持ち悪いです」
百合子「自分でもそう思っていたよ。もう少し前、頼む」
藤吉「はいはい」
百合子「そしてそのまま、もっと下に」
藤吉「……肩から前に行って後ろに行けば、そこには胸があるんですが……」
百合子「バレたか」
里緒菜「お姉ちゃん! 俺、俺がするよそこは!」
百合子「そういうの、やめれくれませんか? 気持ち悪いし、すごく不愉快です……」
里緒菜「なんでだよぉぉぉぉぉぉ!!!」
勝者:百合子