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アバロンアバロン麗しの

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2月13日
午後9時11分

(……寒い)
手足の感覚はもうほとんど残ってはいない。
ごそごそと胸ポケットを探る。
自分の体温で少しずつ指先に感覚が戻ってくる。
指の動きを確認すると、僕は少し安心していた。

不安、恐怖、混乱。
ごちゃまぜになった感覚。

取り立てて強調するに値しない感情が渦巻いていた。
ただ血を流すこともなく、生気を失っていく兄の姿が、
徐々に現実味を帯びる。
それだけの9時間。

(兄さんは、武勇には長けていたが、それだけの人だった)
僕は冷静だった。
(遅かれ早かれ、このゲームで命を落としていただろう)
「今から、お前らには殺し合いをしてもらう」



アバロン大学での講義の最中、猛烈な眠気に襲われた。
気がついたとき、見知らぬ部屋にいた僕は周囲を見渡した。
アルベルト、トーマス、モーラ、ジュウベエ…

(なんだ?)
講義を受けていた全ての生徒がいる。
眠りに落ちる前と全く同じ状況だった。
しかし、窓から見える景色は異なっており、
そこだけがまるで異世界のように見えた。

コツコツと床を蹴る音がし、皆一様にドアを見つめる。
ガラッと音を立て、誰かが入ってくる。
クジンシー教授だった。

「全員気がついたようだな」
教授は教室を見渡し、満足げに頷くといつものトーンでいつものように話しはじめた。
「あ~……今からお前らには殺し合いをしてもらう」
部屋にいる誰もが唖然としている。

「どうした?質問がないなら続けるぞ。まぁ、されても答えられんがな」
くっく、と笑いを飲み込む教授の姿に、
金縛りからとけたかのように質問が飛んだ。
「どういうことですか?」

恥ずかしい。
質問というには余りに幼稚。
しかもその声には聞き覚えがあった。
兄、ヴィクトールだ。

予想通り、クジンシー教授は笑いを堪えきれずに噴き出していた。
「はははっ、聞こえなかった、というわけではなさそうだな」
その余りにも見え透いた、挑発的な言葉に、
これもまた余りにも予想通りな兄のリアクションがあった。
「何がおかしいのですか!?ここはどこで、貴方は何を言っているんですか!?」
展開が見え見えの劇でさえ、こうも話は進まない。
僕は聞こえよがしにため息をついたが、激昂する兄には届かなかったようだ。

「理由を聞いても納得せんだろう?無事に帰ることができたなら教えてやる
まぁ、お前には少し厳しい課題かもしれんがな」
「き、貴様ぁ!!!」
混乱とはかくも人の判断力を狂わせるものか。
兄は自慢のクレイモアを手に、教授めがけて走りだした。
ここでヤツを殺してしまっては、何も情報など得られないというのに。

しかし、兄は大剣を振り下ろしていた。
(馬鹿が……)
しかし、今後の行動の修正案を模索していた僕に、予想外の展開が待ち受けていた。
教授は血を流しながらも、平然とした様子で兄を見下していたのだ。

「ば、馬鹿な……ならばこれでどうだ!」
兄の強烈な流し斬りが再びクジンシーを襲った。
しかし、結果は変わらなかった。

「ほー。なかなかやるな。だが、まだ若い」
少し惜しげな表情を浮かべたクジンシーだったが、
一瞬にして表情を変えた。


「ソウルスティール」


「流し斬りが完全に入ったのに……」
兄はそう言い残すと、事切れた。

(あの技……一体何をした?)
悲鳴や嗚咽の入り混じった喧騒の中、
僕は一人考えていた。

「もう一度言うぞ。今からお前らには殺し合いをしてもらう」
人の死に直面したことのない多くの生徒たちは、血の気の引いた顔で大人しくその言葉を聞いていた。
「ここがどこか、何故こうなったのか、そういった類の質問には答えることはできん」

(なるほど)
姑息なやり方だ。
口で言うのではなく、恐怖で納得させる、か。
元七英雄らしいやり口だ。

クジンシーはルールを説明した。
期間は無期限、最後の一人になるまで殺し合いを続ける。
1日が経過しても誰も死ななかった場合、イルストームにより全員が強制リタイヤとなる。
一名につき一つずつ武器、もしくは防具が支給される。
殺した相手からの強奪は自由。

淡々とした口調で、しかし言葉の端々に楽しげな感情を滲ませながら、
クジンシーは話し続けた。

こうして、僕たちの殺し合いゲームは、あっけなく始まった。
2, 1

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