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ジュウベエ

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黄昏ゆく空 帰り路は
 母の背中が 懐かしき
明けゆく東に 昇る陽は
 父の背中が 懐かしき

幼い頃のわらべ歌を思い出す、そんな夕暮れをジュウベエは一人眺めていた。

由緒正しき家に生まれた。
望まれた子ではなかったが、
それでも東方のまつりごとを預かるイーストガードの家系図に名を残すとあって、
父も母も立派に「彼」を育てた。

「彼」は女だった。
しかし、家柄がそれを許さなかった。
祖父母は父に妾をもうけさせたが、嫡男に恵まれなかった。
ジュウベエという名に篭められた思いは、筆舌に託しがたい重さだった。
それでもよかった。
重さが「彼女」の不安定な心を安定させてくれた。


(とは、思ったものの)
一人故郷を離れ、図らずも殺し合いの場に身を投じた時、
自分のもろさを思い知るのである。
(おなか、痛いなぁ)
女性としての生理現象が彼女には煩わしくて仕方がなかった。

ぽくぽくと路を往く。
「た~そが~れ~ゆく~そらぁ……」
殺伐とした空気に呑気な歌声が響く。
人目をはばからず、自分が自分でいられる環境。
ジュウベエにとって、このゲームはそれにすぎなかった。


(できれば)
幸い誰とも出会うことなく、彼女は海岸沿いへ出ることができた。
(できれば誰も殺したくないなぁ)
武士としての心構えは父に幼い頃から叩き込まれた。
人の死も数え切れないほど見てきた。
だからこそ、かもしれない。
自分を取り戻せるこのわずかなひと時を大事にするためにも、
今は一人の少女で居たかった。

のに。
いつしか、自分のものではない歌声が聞こえてきた。
(ついてないなぁ……)
彼女の足は無意識のうちに、声のする方へ歩き初めていた。



リュートの音色。
変声期のようなハスキーボイス。
波の間に溶け込むように、彼は歌っていた。


 木枯らし山肌 撫でる時
  母の温もり 懐かしき
  白波岩礁  叩く時



「父の温もり、懐かしき」
ジュウベエの声を待っていたかのように、
詩人の手がそっと楽器から離れる。
振向き、目が合う。

相変わらず、何を考えているのかわからないような無表情だったが、
少しだけ、笑っているように見えた。
「こんばんは」
詩人が言う。
「こんばんは」
ジュウベエは答える。
波の音が思い出したようにうるさい。
「ここ、座っていいかな?」
「どうぞ」
詩人は腰に巻いていたストールを解くと、砂浜に広げた。
「ありがとう」
腰をおろし、空を見上げる。月が見える。

「ねぇ」
ジュウベエは月を見上げたまま尋ねた。
「どうして、あの歌を知ってるの?」
詩人は静かにリュートの弦を撫ぜながら答えた。
「さぁ、貴方が来るのがわかったからでしょうか」
「答えになってないなぁ」
「ふふっ」
詩人の笑う声は初めて聞いた。
どこか懐かしい笑い声だった。

「不思議な人だね、詩人さんは」
「そうですか?」
心外だと言わんばかりに詩人は肩をすくめる。
「うん。だって武芸の授業はこない、兵法の授業もこない。
何してるのかな~と思ったら、満月亭で昼からずーっと歌ってるしさ」
「私が学びたいことは、大学では学べませんからね」
「じゃあ、どうして入学したの?もしかしてお金持ちさん?」
「ははっ!この私がお金持ちに見えますか?」
「ううん、見えない」
「正直ですね…… 色々知りたいだけですよ。
学生じゃないと、大学にはいれてもらえませんからね」
「ふぅ~ん……」

「いい天気だねぇ~」
「おや、寒くないんですか?」
「故郷の冬は、もっと寒いからね。あんまり覚えてないんだけどさ」
父上、母上、みんな元気かな……
ふとそんな郷愁に駆られる。
「帰りたいですか?」
ジュウベエは驚いた表情で詩人を見つめた。
「人のこと聞くなんて珍しいね!」
詩人はそれには答えず、静かに答えを待っていた。
「ん~……このまま、ボクのままで帰りたい、かな?へへっ、内緒だよ」
「そうですか……そうですね」
こんなことを話すのは初めてだった。
ジュウベエは少し肩の荷が下りたような気がした。
「内緒なんですか?」
「え?」
「私は口が軽いですよ」
「???」
何を言っているんだろうか。
その表情からはわからない。
「貴方は帰りたいし、私に言いふらされては困ることを言ってしまった」
「え?う、うん」
「ではどうすればいいでしょうか?なぞなぞです」
「ん?う~ん……どうすればいいんだろう」
こんなところでなぞなぞを出されるとは思わなかった。
ジュウベエは困った表情でうんうんと唸り始めた。
その姿を詩人は優しく見つめ、優しく言った。

「簡単です。私を殺せばいいんですよ」
12, 11

  

一瞬にして、現実を叩きつけられた。
あぁ、そうか、そういうゲームだったんだ。
「ほ、ほん……」
「本気ですよ」
さえぎるように言う。
「私には帰る場所も、待っている人も、会いたい人も何もありません。
そんな私が生きて帰ることと、したいことのある貴方が生きて帰ること、
どっちが得かくらいわかりますよね?」
「そ、損とか得じゃないよ!せっかく!せっかく仲良くなれたのに!」
「仲良く、ですか」
詩人の表情は変わらず笑顔だった。
しかし、先ほどまでの笑顔とは明らかに違う、
本当の笑顔のようにジュウベエには感じられた。
「ありがとうございます。綺麗な終わりを用意してくれて」
「終わりとか言わないでよ!何か方法があるはずだからさ。しばらく一緒に……」
「しばらく、のうちに皆さん死んでしまわれるかもしれませんね」
はっと気付かされる。
そうだ、誰も死なずに1日が経過すれば、皆死んでしまうのだった。

「ジュウベエさん」
詩人はリュートを奏で始める。
「私にも夢がないと言うわけではありません。
多くの地を巡り、様々な歴史に触れ、それをまた伝えてゆく」
「……」
静かに次の言葉を待つ。
「貴方か私のどちらかが生きていれば、今この一瞬。
私の最期も伝えることができるでしょう。
私のことを思っていただけるなら、私の最期を埋もれさせないでください」
「そんな……じゃあ、じゃあボクが……」
「貴方には!」
リュートの弦が切れた。
「貴方には私より少し大きな荷物があるはずでしょう?
それは簡単に降ろしてしまえるものですか?」
ジュウベエは先刻、詩人に自分の感情を吐露したことを思い出した。
気分が軽くなったと感じたはずだった。
「貴方は、帰りたいと言った。
私にはそれほどの意思はない。
貴方の気が楽になったのは、荷物を降ろしたからではありません。
貴方が少し強くなったんですよ」
「詩人さん……」
涙が零れ落ちた。

「私の荷物を持っていってくれとは言いません。
空の上から地上を見下ろした時、貴方を見つけて、
貴方の行く末を一緒に楽しませてください」

詩人の体から魔力が溢れ出す。
「それに耐え切れない弱い方なら、私の見込み違いなのでしょう。
このゲームでも生き抜けないようなら、この場でまた、別の方を待つとしますよ」

魔力が海水の塊を作り出す。

「こんなことで、死なないでくださいね」
ポツリと詩人の漏らす声が聞こえた。
「『サンダークラップ』!!」

帯電した海水弾がジュウベエへと向かっていく。
それが、詩人の見た最後の光景だった。


さらさらと潮風がジュウベエの頬をくすぐる。
耳には詩人のつけていた月のピアスが揺れていた。

「……た~そが~れ~ゆ~く……」



 黄昏ゆく夢 忘れ路は
  貴方の優しさ 懐かしき
 明けゆく東に 上る陽は
  貴方と二人  眺めよう
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