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ホーク

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以前仕留め損ねたのはいつだっただろうか?
思い出すこともできないほど古い記憶だった。
「あ~、ニブったか?」
鞘から曲刀を抜き出して振るってみる。
友人を殺して、奪った刀。

海賊が大学で学ぶことがあるだろうか?
答えは「ある」だ。
組織をまとめる以上、帝王学を学ぶことは有用だったし、
そもそも一介の、一介というには名をあげすぎたが、海賊で終わるつもりはなかった。
その先を見据えた時、彼は自ずとアバロンに舵を向けていた。
そして、着くなり、全ての部下を殺した。
信頼できるゲラハを除いて。

数十年に渡って絆を深めた仲間を殺すことに比べ、
わずかな寝食を共にしただけの「顔見知り」を殺すことに何の感慨も沸かなかった。
ただ一人を除いて。


ハリード。
彼が殺したことを唯一覚えている、かつての友人の名だ。
砂漠に生まれ、平民出ながらも非凡な剣技を買われ、王家に仕えた。
そこの一人娘、次期王女と親しくなりすぎたのが悲運だった。
「教育」という体のよい理由で彼は大学へやられた。

ホークは海。シフは雪原。ハリードは砂漠。
そういった生まれ育った環境の厳しさが、他の生徒たちと一線を画す、
秘めた鋭さを磨いたのかもしれない。

友人と言えるほど会話を交わしたこともない。
ただ、他の人間とは感じた隔たりを、ハリードにはあまり感じずに済んだ。

教室を出て、気付けば海岸をうろうろしていたホークの元に、
最初に来たのはゲラハではなく、ハリードだった。
その時初めて、ホークは殺すことにためらいを感じた。


「支給品の割りにいい出来だ……」
刀を見つめながら呟く。
ハリードはいつも曲刀をぶらさげていた。
何か、由緒のある剣の模造刀だと言っていた。

殺す必要があったのか?
ふと思う。
知らぬ間にルールにのっかっていなかったか?
その疑問が後悔からくるものかはわからなかった。
ただ、自分がハリードに抱いていた気持ちをもう確認することができないと、
刀を見ると思い知らされた。


ジャリッと砂を踏む音がした。
(こんな不用意なことをするヤツは、よほどのバカか)
ホークは刀を鞘に収めると、振り返った。
(よほどの自信家か、だな)
ザクザクとブーツを鳴らしながら、ゆっくりとトーマスが姿を現した。
「……やぁ」
トーマスはじっとホークの瞳を見詰めたまま、声をかけた。
「ふんっ。どうしたぼっちゃん、やけに自信満々だな」
言いながらも、ホークは悪寒を感じていた。
今までと違いすぎる雰囲気をトーマスは確かに出していた。
「一人かい?」
聞きながら、トーマスは背中から槍を抜く。
「……」
答えられない。嫌な汗が滲み出てくる。
「残念だよ。もっと減らしておきたかったんだけどね」
強く地を蹴って、一気に距離を詰められる。
「っ!野郎!」
半身ほど出した刀身で、すんでのところで攻撃をいなす。
手が痺れた。
「て……めぇ、猫かぶってやがったな?」
「それは君もだろ?」
鞘に伸ばした腕に前蹴りを繰り出すトーマス。
距離が開いた。

「……海賊というのは、なかなか非道なものらしいね」
(突然なんだ?)
ホークは身構えたまま、次の言葉を待った。
「……何が言いたい?」
「20年くらい前かな。一艘の船が襲われたんだよ。
商船はフルブライト商会、海賊船は……」
 「ま……さか……」
 嫌な感情が体を塗りつぶしていく。
 「鳳凰の翼、だとか何とかいったか。そう、君が生まれた船さ」
 

 「僕はそのころ2つか3つだった。父との思い出なんて数えるほどだ。
だけど、当時の僕はそれでも待ってたんだ。顔も思い出せないのに、父親をね」
 トーマスの表情からは、考えは読めない。
 「いつになく、上機嫌で帰ってきた父親は見慣れない女を連れていたよ。
饒舌な父親に僕は嬉しくなって尋ねた。その人は誰だ、と」
 トーマスの口元が緩む。
 
「もう、わかったろ?君の母親さ」
「……あ~、もういい」
殺してやる。
「いきり立つなよ。人身売買は、君の得意分野だろ?」
トーマスは、今度はホークにもわかる程の声をだして笑いながら続けた。
「君も、4つや5つで他の船に拾われたんだ。
案外、母子で同じような経験をしたんじゃないか?」
 「黙れっつったろうがぁぁぁ!!」
 ホークは両手に剣を構えると、トーマスの喉下目掛けてつっこんだ。

 「その生い立ちに、同情はするが」


『かざぐるま』


トーマスのカウンター技を受けたホークの、伸ばした二本の腕が宙を舞った。
(あ?俺の……腕?)

「商売敵は嫌いなんだ。同性愛者もね」

ヒュン、ヒュンとトーマスの掌で回っていた槍が止まる。
ホークの心臓を向いて。

「俺の……おふくろ……は?」

次の瞬間、ホークの体を槍が地面に縫いつけた。


「死んだよ。翌日舌を噛んでな」


湿った音を立てて、トーマスは無造作に槍を引き抜いた。
「これで、海賊被害も少しは減るか」
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