人は誰しも、他人には言えない、自分だけの秘密を持っている。
俺も例外ではなく、誰にも言えない秘密、いや、性癖を抱えて生きている。
誰もに言えない、誰かにバレたら全てが終わってしまう、俺の性癖。
[:再生]
早朝、誰よりも早く登校し、誰よりも早く校舎の中に入るのではなく、俺は、誰よりも早く、目の前に立つ十メートルはあるこの木に登らなければならない。
カバンから取り出したカメラを制服のズボンのポケットに入れ、上着を脱ぎ、地面の上に置いたカバンの上にそれを置き、一息深呼吸をして、木のたんこぶに手を掛け、次に足を、そしてまた手をと、手足を交互に動かしながら丁度いい高さまで登る。
今日の三時間目の授業が体育だからこそ、俺はこの木に登らなければならない。クラスの女子達のあの柔肌をこの目で見るために、ポケットの中に忍び込まれているカメラを樹の枝と葉の間に隠すように仕込まなければならない。
丁度女子更衣室が見える高さにまで登ってきたのを確認し、バレないよう枝と葉にカメラをうまく隠し、そしてそのレンズの先に俄然に広が女子更衣室へとピントを合わせる。もちろん女子が着替えている時はカーテンを閉めてしまうのは計算済みだ。
狙うはカーテンとカーテンの隙間。実際にカーテンとカーテンの隙間から女子達の柔肌を見ることが出来れば一ヶ月のオカズにはなるが、単純にカーテンを写している動画になる可能性の方が高い――と言うよりも、そっちの確率の方が大きい。
だがそれがいい。たまに見るのがいい。常に見えていたら有り難みがないのだ。
カメラの録画ボタンを押し、全ての準備が終わったので、周りを警戒しながら木から降りて、上着を羽織ってカバンを片手にクラスに向かった。
俺がクラスに着き、ものの数分もすると、何人かのクラスメイトがぞろぞろと眠そうな顔をして教室に入ってきたので、いつも通り「おはよー」と適当に声を掛ける。
十分、二十分もすると、さっきとはまるで別世界かと思わんばかりに賑やかになった教室の中。
今日仕掛けたシカケがうまく行けば、ここにいる女子全員の裸同然の姿を見れると考えるだけで、俺は勃起してしまった。ここ最近不発ばっかりのあのシカケ。今日ばかりは成功してくれないと、そろそろ本気で夢精してしまうかもしれない。
「おはよー……って、おいおい、アッキーラ、なんか朝から疲れてないか?」とクラスの中でも仲のいいマツヤマがカバンを片手に俺に話しかけてきた。
「いや、別になんでもない。ってか、そのアッキーラって呼び方いい加減辞めろよ!」
「去年一年間呼んでて、急に辞めろって言われてもなあ。つーか、なんだかんだ言って、実は生まれて初めてのアダ名で嬉しかったりするんだろー! 照れるなって! 俺とお前の仲だろ!」
「マツヤマよ、お前は勘違いをしている」
「なんだよ?」
「俺は知っている。この間、お前が彼女とのデートをすっぽかして何をしていたか、俺は知っている、知っているぞ!」
「ちょ、またその話かよ! あれはだな、単なる誤解であってだな、決して――」
「おはよー! って何んの話してるのかな?」とタイミングよく、マツヤマの彼女のイイズカが、マツヤマの話を割るように話に入ってきた。
あまりにも理不尽すぎるタイミングなのか、慌てふためきながら、顔中に冷や汗を垂らしながらマツヤマが。
「いやべつに! なんでもねーから、な? な? な、アッキー……アキラ!」
「おう、別になんでもない、気にすることはない」
「えー、どうせあれでしょ、変な話してたんでしょ?」
感のいい女子ほど怖いものはない。下手をすればあのシカケですら見透かされているのではないか、そんな恐怖感に苛まれながらも、夜の目でSOSを送ってくるマツヤマを助けるためにも適当に。
「マジでくだらない話だから、な? マツヤマ」
「お、おう。昨日の晩飯の話してただけだから、オカズの話してただけだから、オカズ!」
「そう、オカズねー」と横目で俺とマツヤマを見るイイズカ。
完全に勘違いされた。アッキーラの恨みとして話をマツヤマに振ったのはミステイクだったかもしれない。と思った時、まるで天使の声とも言えぬ、チャイムが学校中に鳴り響き、それを合図にに先生が教室の中に入ってきた。
三時間目以降、俺はあのシカケで頭が一杯で授業どころではなかった。
クラスの中の女子の着替えている動画を見る。それが俺の最上のオカズである。他のクラスや他学年の女子の着替えでは意味が無い。名前を知っている、そして、いつも目で見ている女子でなければ俺の性欲は満たせない。
自分でもおかしな性欲だとは自負している。でも、これが無くなってしまえば、俺は俺で無くなってしまう。ある意味で俺のアイデンティティ。
が、放課後、俺はカメラを回収しにあの木に行くことはなく、帰宅した。
◇
翌日、俺はいつも通り、誰よりも早く登校し、あの木に登った。放課後あの木に登るのは危険極まりない。早朝以上に誰かに見られる可能性がある。だから俺はシカケを仕掛けた翌日の朝にこうやってシカケの回収をする。
思った通りカメラの充電は切れていたがこれでいい。充電が切れているということは、何かを撮り、中の電氣を全て消耗したということだ。
木の上だというのに俺は既に勃起していた。我慢のできなくなっていた俺は、木から飛び降りるように降り、そして校舎裏のトイレへと向かった。普段から人の来ないトイレ。朝早くなら尚更だ。
個室に篭り、カメラの電池を交換し、カメラを起動して、録画してあるを再生させる。計算では丁度収録時間のラスト十五分くらいからが女子が着替えているはずだ。
震える手を無理矢理動かしながら、早送りをする。早送りをするこの数秒ですら、俺にとって数時間くらいに感じられるほどに退屈な時間。
再生終了の十五分前までついに早送りができたので、そこからは通常の再生速度でそれを見る。見事にカーテンとカーテンの隙間を捉えている。こんなのは数ヶ月ぶりだ。ヤバイ。これは久々にヤバイぞ。
自然と体が動き、ズボンを降ろし、パンツを降ろし、哀れな下半身を露出しながら、俺は震える左手でカメラを持ち、そして右手で自らの陰茎を強く握った。
まだ映っていない、マダ映らない。そんな焦りすら、俺にとっては心地のいい。自然と呼吸が荒くなるを感じながら液晶に目を凝らした。。
動画の中のカーテンに影が写った。どうやら女子達が更衣室に入ったらしい。チラチラと制服がカーテンとカーテンの間から見える。そして女子の顔も見れる。イイズカ、そして他の昨日何気ない会話をした女子の顔も見える。
鼓動が早くなっていた。親友の彼女をズリネタにするこの背徳感。そして何気ない会話をしたクラスの女子をズリネタにする高揚感。表現しきれない混沌が俺の中で渦巻く中、俺の陰茎は今までに見たこともないくらいに、腫れ上がり、その先からはだらだらと汁が垂れていた。
自分でも気持ち悪いのは分かっている。だからこそ、だからこそ、この気持ちよさが体験できるのだ。イイズカと思われる女子がついに上着を脱ぎ、そのアラレもない肌が見えそうになったその瞬間、カメラが暗転した。
おかしい。電源が切れたわけでもないし、再生時間はまだ残っている。どうしてくれるんだ、この中途半端にいきり立った俺のリビドーを! やりきれないこの思いを、俺はカメラにぶつけようと、左手を振り上げカメラを叩き落とそうとした瞬間だった。突然カメラから声が聞こえてきた。
『あ、もしもーし』
それは女の声だった。恐る恐る左手を元の位置に戻し、画面をみてみると、そこには大きく見開いた目が画面一杯に写っていた。
それを見て俺は「うわ」と声が漏れてしまった。
『見てます? 見てますよね。カメラの持ち主さん。あたしは、あなたがこのカメラで何をしてるか知ってます。そしてあなたのことも知っています』
誰かに見られていたのか? そんなはずはない。おかしい。なんだこれは? 何なんだこの目は? 誰だこの声は?
『それで、お話したい事があるので、明後日の放課後、理科室の前で待ってます』
昨日のマツヤマのように前身から変な汗が垂れ流れてくるのを感じながら、俺は唖然としていた。まさかバレていた? バレていたのか……?
ふざけるな! どうせ俺のことを知っているとかいうのも嘘なんだろ! ふざけるな! 俺は再び左手を振り上げカメラを叩き落とそうとしたその時だった。
『あ、そうそう。あなたのこと知っているとか言いながら、実は知らないんだろうとか思われるのも癪なので、あなたの名前を残しておきますね――アキラくん』
ぐうの音も出なかった。確実にこの女は俺のことを知っている。誰なんだ、この女は……。知らない声。知らない目……。
右手に握手っていた陰茎もいつの間にか縮こまってしまっていた。