【3】戦闘幼精『斑鳩』
【time_Re_CODE】四月六日、午前十三時十五分。
【place_CODE】伊播磨市・中央区学園・噴水広場前。
下層世界で、疑似の刃が交差する。
鳴海の細剣と、沙夜の倭刀が、一合、二合と刃を重ね、お互いのHPに判定を生みだした時だった。
警告【WARNING!】
緊急入電――。伊播磨市・学園上空に次元転送が確認されました。
当学園の電糸構造体が、一部不法な改変要請を受理しています。
「え……なに?」
電糸世界の噴水広場にいた五人、そして現実世界で大型のモニターを見ていた少女ら全員が、突然割り込んできた、その声を聞いていた。
鳴海と沙夜は互いの顔を見合わせ、どちらともなく、了承を得るように頷きを交わしてから、しぶしぶと空を仰いだ。
警告【WARNING!】
正体不明の構造体は、電糸世界の予備構文【sub_CODE】に攻撃。
侵入・転送を確認しました。
対象は、学園上空八千メートル。攻撃的な指方向性を持って顕現中。
ハッカーによって、指方向性を制御された種と判明。
構文【CODE】・敵性異端生命体【Archives_Interapt_Unit=A.I.U】。
映像の送信・共有化まで、あと五秒。
「えー、なんなのまったく! こんな時に出てくるなんて、空気よめないバグねっ!」
「……前もっての予兆が一切なかったぞ」
「『学園』が、たまたま見逃していたんでしょうか?」
三人が文句と困惑を露わにしつつ、共に情報素子に意識を回す。
正確に五秒が経過した直後、半透明の視覚素子を通じ、該当の座標を確認する。
ぐにゃりと、空間が歪んだ。
仮想空域の先より、最少の『結晶』が吹雪のようにあふれる。
――【EXIST_TRUE】――
飛び出す。空を斬るように現れる。
白銀色の電糸生命体【bug_CODE】。現れた命を形容すれば――『鋼の鳥』。
「なんか、えらく小さいわねぇ」
フィノが言う。現れた白銀の鳥は、どこまでも硬質で無機物的だった。
その中央前面には、武装らしき二門の機銃が見える。
「……あれは、バグなのか……?」
「えぇ。いっそ兵器と呼ぶ方が近い気がしますね」
鳴海と沙夜も眉をひそめた。しかし敵は正体不明であるものの、たかだがこの一機で、下手な軍隊よりも高度な防衛力を有する『学園』に、被害を及ぼすとは到底見えなかった。――だが、
警告【WARNING!】
敵性異端【A.I.U】!!
下層『学園』内に向けて直接改窮行為――『クラッキング』を開始!
〝脅威にはならない〟と思えたのは、ほんの、一瞬。
警告【WARNING!】
敵、通常線形による速度ベクトル値を無視!
超加速で降下接近!
――【ENEMY IS APPROACHING FAST!!】――
『鋼の鳥』の尾翼より、まばゆい銀の炎が二つ、吹き荒れた。
それは瞬きひとつで音速に達す。急激な変化に戸惑う大気、空気圧があわてたように纏わりつくも、衝撃波と共に、はるか後方に置き去った。
(いくよ!)
其れは迅速かった、とても鋭かった。
雨雲を刻み、突っ切り、吹き飛ばした。
(ひょーてき、にんしょ、した!)
其れは来た。翼を拡げ翔んで来た。
波状に散った雲の切れ目より現れるは、銀の異形。
(のー・りふゅーじ!)
きらり、と。
空の一片、輝いて。
どよめく蒼穹の中を、銀色の箒星が落ちてくる。
――【Target_LOCK_ON_BEFORE_LAUNCH!!】――
前面から突き出した、機銃部位が超回転。
巨大な的【Target!】が現れる。『学園』本校舎を、すっぽり包み込んだ。
まっさきに反応したのは、鳴海だった。
「愛花ッ! エリスッ! 今すぐ浮上【Log_out】して援護に回れ! フィノ! 沙夜! ひとまず散開して近くの林に身を隠すぞ! 戦闘用の電装が許可され次第、すぐに相互通信糸【channel_CODE】の要請を飛ばす! 急げよッ!」
一息に告げる。
「現実世界の生徒たちに告げる! おまえたちもすぐに、手近な自然物まで避難しろ! 電糸製品を持っていたらその場に放棄! 校舎にはくれぐれも近づくなッ!」
叫び、地を蹴りつける。
フィノと沙夜も一呼吸遅れ、鳴海に続いた。
「エリス! アイカと地下の指令室に向かって頂戴! 要請の許可が出たら、すぐに援護してっ!」
「EXEC.愛花ちゃん、いきましょう」
「う、うんっ! 鳴海さんっ、気をつけてっ!」
愛花とエリスは最少の『結晶』となって、現実世界に復帰。
残るフィノと沙夜もまた、低い空を走り、三人それぞれ、校舎から離れた桜の木のしたへと滑りこんだ。その刹那、
――機銃掃射【BLAM!】――
無数の散弾が上空から降り注ぐ。
仮想的な実弾が、毎秒にして三百六十発。
長い銃身の限界熱量を突破しない、ギリギリの速度に留まり超乱射。
潰えることのない〝無限〟の鉛雨が降りまくる。
――論理盾展開【Defensive_Shild_CODE】――
敵性の改竄力【Attacking】が、下層世界の『学園』に触れる寸前。薄緑色の正六角形の論理防壁が発動した。
校舎全域に広げられた防壁が、『鋼の鳥』の銃撃を防ぎ、鉛弾の破壊力を相殺し、最少の『結晶』へと還元する。しかし、次から次へと、徹底的に叩きこまれた校舎の一角が、ついに「ピシリ!」と甲高い悲鳴をあげていた。
(ひょーてき、はんい、しゅうせ)
――【Target_LOCK_ON_PHASE_2!!】
狙うべき『的』の範囲がぎゅうっと縮んだ。
白銀の鳥はさらに高度を下げつつ、精度を上げた二次照準を発動した。
(いっけぇー!)
――機銃掃射【BLAM!】――機銃掃射【BLAM!】――機銃掃射【BLAM!】――
やや散開的になっていた弾道が、正確無比に変わる。校舎の一所を狙い澄まして撃ちまくる。叩き込む。ひたすらに暴力的に圧倒的に穿って壊して突破する。
――【Break_Out!】――
学園校舎の一角が、爆ぜ飛んだ。
最少の『結晶』を桜吹雪のように散らしつつ、掃射された弾丸は、ついに論理防壁を撃ちやぶった。重たい振動音が周囲に響く。
警告【WARNING!】
内的妥当性領域からの直接改竄行為が発生!
現実世界の各生徒は、速やかに避難してください!
破壊された校舎の一角が、最少の電糸素子『結晶』となって舞いあがる。
――【CONNECTION.to->world.REAL】――
廊下の蛍光灯が、不規則に明暗し、盛大な音を立てて一斉に破壊される。
さらに特定の部屋からは「どんがらがっしゃーん!」 と盛大な音がした。なにかが燃えて、部屋の中から飛び出した。
「あ、あれはァ!?」
現実世界で悲鳴があがった。
「いやあああぁああーっ! 私の電糸固有機器【PC】ちゃんがぁあっ!!?」
ハッキングの影響を受けて破壊された個室。電糸世界と繋がっていた校舎の一角は大惨事と化していた。
【PC】が爆発し、外装部らしい破片が派手に吹っ飛び、窓硝子を飛び出し。もうもうと灰色の煙をあげつつ地面を横転し、さらに横転し、さらに鎮座。
「わ、私のウインドウ・パソ美【PC】ちゃんがあああああぁっっ!!?」
「おちついて部長ぉーっ!?」
眼鏡をかけた女子が駆け寄って抱きしめようとする。それを別の女子生徒らが慌てて確保。それでもなお、前へ進もうとしたので地面に押し倒した。
「と、止めないで頂戴ッ! パソ美のお腹の中にっ! 私の書きかけの同人誌が眠ってるのよ!?」
「分かってます! それは分かってます! だけど今アレ、物理的に火を噴いて燃え上がってますから危険ですっ!!」
「それがなに!? 私が漫研部に四年在籍した最高傑作!『キミは可愛い百合奴隷(7)』の最新原稿が入ってるのよ!?」
「部長っ! もう手遅れですっ! っていうか、だから物理的な媒体に保存した電糸記録は、アレほど予備保存しておけって言ったじゃないですかぁっ!」
「だってこれから編集して印刷しようとしてたんだもん~っ!」
「また書けばいいんですよ部長! 大丈夫、下位次元は我々を裏切りませんっ!」
「うっ、うっ、うああぁん~~、もう徹夜はいやあああぁーっ!!」
もうもうと灰色の煙が立ち込める。
青春の一ページが、萌えていく。女子生徒は地面に突っ伏し、号泣した。
――【CONNECTION.to->world.Another】――
『鋼の鳥』は機首を持ちあげる。機体の角度を地上と水平に保ち、破壊した校舎のすぐ上空を飛ぶ。音速が遅れてやってきて、三人が隠れている桜の樹を震わせた。
『――こちら、プレイヤー〝01〟。共有領域の解放を確認。聞こえるか』
『こちら〝02〟領域の解放を確認。……で、なんなのよアレは! ちょっとシャレになってないんだけどっ!?』
『手練れだな。速度だけでなく、火力も申し分ない』
『ですね。あ、こちら〝03〟です。01と牛に報告。どうやら学園の構造体が漏れているみたいですよ』
『なんだと。確証はあるのか?』
『ちょっと! アンタ別のところに突っ込みなさいよ01ッ!』
『えぇ。ほんの十分ほど前に〝私の〟オペレーターが、不審な電糸連絡を受けたとの事でして』
『無視!?』
『……不審な、とは?』
『今すぐ指令室に行かないと、私達が死ぬかもしれない、とのことです』
『ふん。あの鳥にやられるとでも言いたげだな』
『おそらくは』
『アンタたち……、さっさとやられてしまえばいいのに……』
三人が一様に空を見上げる。
その先にいる『鋼の鳥』は、ゆっくりと旋回行動を描いた後、
(いかるのが、とぶの、じょうず)
挑発するように。くるりと身を捻った。
(このそらで、いかるは、まけないよ)
ふたたび尾翼に焔をともす。
(ここまで、おいで)
超速度で雨に向かって上昇した。
【place_CODE】伊播磨市・中央区学園・噴水広場前。
下層世界で、疑似の刃が交差する。
鳴海の細剣と、沙夜の倭刀が、一合、二合と刃を重ね、お互いのHPに判定を生みだした時だった。
警告【WARNING!】
緊急入電――。伊播磨市・学園上空に次元転送が確認されました。
当学園の電糸構造体が、一部不法な改変要請を受理しています。
「え……なに?」
電糸世界の噴水広場にいた五人、そして現実世界で大型のモニターを見ていた少女ら全員が、突然割り込んできた、その声を聞いていた。
鳴海と沙夜は互いの顔を見合わせ、どちらともなく、了承を得るように頷きを交わしてから、しぶしぶと空を仰いだ。
警告【WARNING!】
正体不明の構造体は、電糸世界の予備構文【sub_CODE】に攻撃。
侵入・転送を確認しました。
対象は、学園上空八千メートル。攻撃的な指方向性を持って顕現中。
ハッカーによって、指方向性を制御された種と判明。
構文【CODE】・敵性異端生命体【Archives_Interapt_Unit=A.I.U】。
映像の送信・共有化まで、あと五秒。
「えー、なんなのまったく! こんな時に出てくるなんて、空気よめないバグねっ!」
「……前もっての予兆が一切なかったぞ」
「『学園』が、たまたま見逃していたんでしょうか?」
三人が文句と困惑を露わにしつつ、共に情報素子に意識を回す。
正確に五秒が経過した直後、半透明の視覚素子を通じ、該当の座標を確認する。
ぐにゃりと、空間が歪んだ。
仮想空域の先より、最少の『結晶』が吹雪のようにあふれる。
――【EXIST_TRUE】――
飛び出す。空を斬るように現れる。
白銀色の電糸生命体【bug_CODE】。現れた命を形容すれば――『鋼の鳥』。
「なんか、えらく小さいわねぇ」
フィノが言う。現れた白銀の鳥は、どこまでも硬質で無機物的だった。
その中央前面には、武装らしき二門の機銃が見える。
「……あれは、バグなのか……?」
「えぇ。いっそ兵器と呼ぶ方が近い気がしますね」
鳴海と沙夜も眉をひそめた。しかし敵は正体不明であるものの、たかだがこの一機で、下手な軍隊よりも高度な防衛力を有する『学園』に、被害を及ぼすとは到底見えなかった。――だが、
警告【WARNING!】
敵性異端【A.I.U】!!
下層『学園』内に向けて直接改窮行為――『クラッキング』を開始!
〝脅威にはならない〟と思えたのは、ほんの、一瞬。
警告【WARNING!】
敵、通常線形による速度ベクトル値を無視!
超加速で降下接近!
――【ENEMY IS APPROACHING FAST!!】――
『鋼の鳥』の尾翼より、まばゆい銀の炎が二つ、吹き荒れた。
それは瞬きひとつで音速に達す。急激な変化に戸惑う大気、空気圧があわてたように纏わりつくも、衝撃波と共に、はるか後方に置き去った。
(いくよ!)
其れは迅速かった、とても鋭かった。
雨雲を刻み、突っ切り、吹き飛ばした。
(ひょーてき、にんしょ、した!)
其れは来た。翼を拡げ翔んで来た。
波状に散った雲の切れ目より現れるは、銀の異形。
(のー・りふゅーじ!)
きらり、と。
空の一片、輝いて。
どよめく蒼穹の中を、銀色の箒星が落ちてくる。
――【Target_LOCK_ON_BEFORE_LAUNCH!!】――
前面から突き出した、機銃部位が超回転。
巨大な的【Target!】が現れる。『学園』本校舎を、すっぽり包み込んだ。
まっさきに反応したのは、鳴海だった。
「愛花ッ! エリスッ! 今すぐ浮上【Log_out】して援護に回れ! フィノ! 沙夜! ひとまず散開して近くの林に身を隠すぞ! 戦闘用の電装が許可され次第、すぐに相互通信糸【channel_CODE】の要請を飛ばす! 急げよッ!」
一息に告げる。
「現実世界の生徒たちに告げる! おまえたちもすぐに、手近な自然物まで避難しろ! 電糸製品を持っていたらその場に放棄! 校舎にはくれぐれも近づくなッ!」
叫び、地を蹴りつける。
フィノと沙夜も一呼吸遅れ、鳴海に続いた。
「エリス! アイカと地下の指令室に向かって頂戴! 要請の許可が出たら、すぐに援護してっ!」
「EXEC.愛花ちゃん、いきましょう」
「う、うんっ! 鳴海さんっ、気をつけてっ!」
愛花とエリスは最少の『結晶』となって、現実世界に復帰。
残るフィノと沙夜もまた、低い空を走り、三人それぞれ、校舎から離れた桜の木のしたへと滑りこんだ。その刹那、
――機銃掃射【BLAM!】――
無数の散弾が上空から降り注ぐ。
仮想的な実弾が、毎秒にして三百六十発。
長い銃身の限界熱量を突破しない、ギリギリの速度に留まり超乱射。
潰えることのない〝無限〟の鉛雨が降りまくる。
――論理盾展開【Defensive_Shild_CODE】――
敵性の改竄力【Attacking】が、下層世界の『学園』に触れる寸前。薄緑色の正六角形の論理防壁が発動した。
校舎全域に広げられた防壁が、『鋼の鳥』の銃撃を防ぎ、鉛弾の破壊力を相殺し、最少の『結晶』へと還元する。しかし、次から次へと、徹底的に叩きこまれた校舎の一角が、ついに「ピシリ!」と甲高い悲鳴をあげていた。
(ひょーてき、はんい、しゅうせ)
――【Target_LOCK_ON_PHASE_2!!】
狙うべき『的』の範囲がぎゅうっと縮んだ。
白銀の鳥はさらに高度を下げつつ、精度を上げた二次照準を発動した。
(いっけぇー!)
――機銃掃射【BLAM!】――機銃掃射【BLAM!】――機銃掃射【BLAM!】――
やや散開的になっていた弾道が、正確無比に変わる。校舎の一所を狙い澄まして撃ちまくる。叩き込む。ひたすらに暴力的に圧倒的に穿って壊して突破する。
――【Break_Out!】――
学園校舎の一角が、爆ぜ飛んだ。
最少の『結晶』を桜吹雪のように散らしつつ、掃射された弾丸は、ついに論理防壁を撃ちやぶった。重たい振動音が周囲に響く。
警告【WARNING!】
内的妥当性領域からの直接改竄行為が発生!
現実世界の各生徒は、速やかに避難してください!
破壊された校舎の一角が、最少の電糸素子『結晶』となって舞いあがる。
――【CONNECTION.to->world.REAL】――
廊下の蛍光灯が、不規則に明暗し、盛大な音を立てて一斉に破壊される。
さらに特定の部屋からは「どんがらがっしゃーん!」 と盛大な音がした。なにかが燃えて、部屋の中から飛び出した。
「あ、あれはァ!?」
現実世界で悲鳴があがった。
「いやあああぁああーっ! 私の電糸固有機器【PC】ちゃんがぁあっ!!?」
ハッキングの影響を受けて破壊された個室。電糸世界と繋がっていた校舎の一角は大惨事と化していた。
【PC】が爆発し、外装部らしい破片が派手に吹っ飛び、窓硝子を飛び出し。もうもうと灰色の煙をあげつつ地面を横転し、さらに横転し、さらに鎮座。
「わ、私のウインドウ・パソ美【PC】ちゃんがあああああぁっっ!!?」
「おちついて部長ぉーっ!?」
眼鏡をかけた女子が駆け寄って抱きしめようとする。それを別の女子生徒らが慌てて確保。それでもなお、前へ進もうとしたので地面に押し倒した。
「と、止めないで頂戴ッ! パソ美のお腹の中にっ! 私の書きかけの同人誌が眠ってるのよ!?」
「分かってます! それは分かってます! だけど今アレ、物理的に火を噴いて燃え上がってますから危険ですっ!!」
「それがなに!? 私が漫研部に四年在籍した最高傑作!『キミは可愛い百合奴隷(7)』の最新原稿が入ってるのよ!?」
「部長っ! もう手遅れですっ! っていうか、だから物理的な媒体に保存した電糸記録は、アレほど予備保存しておけって言ったじゃないですかぁっ!」
「だってこれから編集して印刷しようとしてたんだもん~っ!」
「また書けばいいんですよ部長! 大丈夫、下位次元は我々を裏切りませんっ!」
「うっ、うっ、うああぁん~~、もう徹夜はいやあああぁーっ!!」
もうもうと灰色の煙が立ち込める。
青春の一ページが、萌えていく。女子生徒は地面に突っ伏し、号泣した。
――【CONNECTION.to->world.Another】――
『鋼の鳥』は機首を持ちあげる。機体の角度を地上と水平に保ち、破壊した校舎のすぐ上空を飛ぶ。音速が遅れてやってきて、三人が隠れている桜の樹を震わせた。
『――こちら、プレイヤー〝01〟。共有領域の解放を確認。聞こえるか』
『こちら〝02〟領域の解放を確認。……で、なんなのよアレは! ちょっとシャレになってないんだけどっ!?』
『手練れだな。速度だけでなく、火力も申し分ない』
『ですね。あ、こちら〝03〟です。01と牛に報告。どうやら学園の構造体が漏れているみたいですよ』
『なんだと。確証はあるのか?』
『ちょっと! アンタ別のところに突っ込みなさいよ01ッ!』
『えぇ。ほんの十分ほど前に〝私の〟オペレーターが、不審な電糸連絡を受けたとの事でして』
『無視!?』
『……不審な、とは?』
『今すぐ指令室に行かないと、私達が死ぬかもしれない、とのことです』
『ふん。あの鳥にやられるとでも言いたげだな』
『おそらくは』
『アンタたち……、さっさとやられてしまえばいいのに……』
三人が一様に空を見上げる。
その先にいる『鋼の鳥』は、ゆっくりと旋回行動を描いた後、
(いかるのが、とぶの、じょうず)
挑発するように。くるりと身を捻った。
(このそらで、いかるは、まけないよ)
ふたたび尾翼に焔をともす。
(ここまで、おいで)
超速度で雨に向かって上昇した。
――【CONNECTION.to->world.REAL】――
愛花とエリスは、元の現実に戻り、即座に行動した。
プレイヤーを没入【Dive】させる「ゆりかご」から飛び出して、部屋で制服に着替え、地下へと続く昇降機に乗り込んだ。
扉が閉まり、降下が始まると、早々にエリスが言った。
「やっぱり、お嬢さまに任せると碌なことになりませんねっ」
ぷんすか(怒)。
「え、えーと。エリスちゃん……。あの敵が来たのは、べつに、フィノ先輩のせいじゃないと思うんだけど?」
おろおろ(焦)。
「いいえ! 不測の事態は大概、お嬢様のせいですからね」
血の繋がらない妹は言いきった。少し灰色を帯びた瞳もまた、自らの主人は、まったくもって役に立たないと糾弾する。
「お嬢様は昔からお節介な方なんです。他人様の事情に顔を突っ込んでは自滅する。といったパターンを繰り返す、困ったちゃんですよ」
「でも、エリスちゃんは、フィノ先輩のそういうところ、好きなんだよね?」
愛花が言うと、エリスはちょっとすねた。
「……内緒ですよ、お嬢様は、すぐに調子に乗りますので」
「うん。えへへ~」
ほわりと呑気に笑うと、エリスにしては珍しく、ちょっと気恥ずかしそうに眼を逸らした。もじもじと、俯いて聞いてきた。
「ところで、愛花ちゃんは……」
「赤城先輩と、その、にゃんにゃん、したことは御有りなのですか?」
「……えっ、そ、それはっ!」
「あるのですね。いやらしいことを、したことが、あるのですねっ!」
「は、はぅん……」
今度は愛花の方が顔を真っ赤にして俯いてしまう。二人は気まずげに佇み、重低音はしばらく続いた。
「ね、ねぇ、エリスちゃん」
「はい?」
「エリスちゃんは、その、フィノ先輩と……まだ?」
「……!」
ふるふる! 首だけ振って否定する。銀色のコネクタもぷるぷる揺れた。
「お、お嬢様は私のことを、そういう対象とは見ていないというか……っ! そ、そもそも倭国民の皆様のように、必ずしも『電装少女』の遺伝糸【Plag_CODE】を残す必要はない、とお考えのようですのでっ」
「そ、そっか……。うん、そうだよね。世界的に見ても、電装少女の子供を作らなきゃダメって考えてるの、この国ぐらいだよね」
「はい、倭国は電糸技術で大きく発展してきた国ですし。なにより皆さん、愛国心がとてもお強いです」
「う、うん……、でも時々、それがちょっと……苦しく、なったりするけどね」
困ったように微笑んだ時、昇降機が停止した。
扉が開くと、管制室と呼ばれるその部屋では、悲鳴のような、喧騒のような声があちらこちらから上がっていた。
「――来たか! 愛花! エリス!」
「リーア先生っ」
「先生、これは一体どういうことなんですか?」
「わからん。急に学園上層部の構造【CODE】が書き替えられた。昔のものにな」
「昔の、ですか?」
「あぁ。現状構造【CODE】の脆弱性を突いたのではなく、旧盤の構造【CODE】文がいきなり、自動で更新されたらしい」
「一体なにをどうしたら、そんなことになるんです……?」
「今のところ、皆目見当つかん。とりあえず相手のハッカーは、『学園』の関係者かもしれないと見られているが、今はとにかく時間を稼いで欲しい」
『EXEC.』
「よし、では席につけ。こっちだ。瑞麗はすでに沙夜と繋がった」
リーアヒルデが二人を案内する。
「先生、【武装】の許可は出ているのですか?」
「あぁ。珍しく即座に出た。ただし先ほども言ったとおり、構造【CODE】文が昔のものに書き変えられている。〝世界改変〟の要請には相当な時間がかかるだろう。
実世界の法則と著しく矛盾する、敵対象への魔法【spell_CODE】の効果は期待できないと考えておけ」
『EXEC.』
二人は応え、用意された自分たちの椅子に掛けた。
「……お姉ちゃん」
愛花の隣には瑞麗が座っていた。すでに目を閉じて、コネクタを、電糸装置と接続させている。その接続先は蒼月沙夜の深層意識だろう。
「愛花ちゃん、今は急ぎましょう」
「うん」
少し思うところはあったが、愛花も意識を切りかえた。椅子に座り、開いた穴にコネクタを通し、カチリと差し込む。
目を閉じる。下層へと向かう構文【CODE】を呼び起こした。
――【Dive_in_to_the_WORLD】――
――【CONNECTION.with.YOU】――
――【PLAYER_DIVE_LEV_3】――
――【system_CODE_UNLOCKED】――
【Re_CODED;】
【EXEC.keep your dignity.PRAYER】
――【OPEN_COMBAT】――
色移る。鮮やかに。世界の感覚が〝生〟へと変わる。
多感に。より質感を伴う現実に等しい感覚野へ移行する。
此処にいる。ここに自分が在る、その手ごたえ。
血、肉、骨、魂、すべては一片。
深層領域に満ちる、電糸の信号と混じって呼応する。
浮遊する半透明の装甲が、自らの急所を防ぐように漂っている。
『こちら学園指令室、オペレータ01です。プレイヤー01.聞こえますか?』
「EXEC.上々だ。電装の更新【update】を要請する」
『すでに更新許可は得ています。構文【CODE】の発令をどうぞ』
意識は広がり拡散する。受信し相互に介し合う。赤城鳴海は正しく、ヒトが作った構造体の一部に在るのだと、強く強く認識した。
「 私の声に応えよ。顕現せよ 」
想いが、左手を動かした。
五指、大空を掴むように力を込めた。
唇、蒼穹へ向けて高らかに。音に響かせその名を呼んだ。
『 翼広げ、ここに来たれ! 【黒雅】! 』
【 !!!! EXEC.MY・LORD !!!! 】
【武装】展開。
雷の煌めきと、破裂音が八つ重なった。
現れた緋色の八翼が、赤城鳴海の支配下に収まる。鋼の翼は、彼女の構造の一部として認識され、命令神経と直接繋がった。
「行くぞ」
【EXECUTION】
――飛翔。
音速の衝撃波と共に、両足が地上から離れた。
引き絞られた矢の如く。電装少女たちは、地上から跳んだ。
まずは灰色の雲を目指し、上空へ突き進む。
各々の翼を従えて、一途に昇る。
目指すは銀の残光。その先にいる『鋼の鳥』。
――加速。
二次関数的に増加する速度。即座に音速付近に達すると、続けて空気圧と共に音の壁がやってくる。
『こちらオペレーター01.上位次元より演算を開始します。上昇時に関する空気抵抗、熱力学の値を分散するため、黒雅の形式を変更してください』
「EXEC.黒雅の壱式と漆式に『斥翼』の【属性】を付与する」
――【UPDATE】――
一対の翼が、形を変える。
上方への推進力のみを排出していた翼は、平たい籠手の形状となり、上位世界から与えられた指数値を得て、斜め前に踊り出た。そして、空間に流れる〝加速に不要な〟特定要素を〝下方斜めに向かって切り捨てた〟
『ベクトル変化の演算に成功。加速度上昇。音速、超えます』
――咆哮。
上位次元からの援護を得て、翼が唸る。
緋色の軌跡がさらに加速。
高度が一気に上昇し、大気圧と気温が著しく変化する。演算する、相殺する。
血液成分の流れ、付加される正面重力【G】と引力を演算する、相殺する。
「……!」
様々な要素が目まぐるしく変動し、数値そのものが全身を流れたが、そのすべてをオペレーターが独自の【変数】を用いて演算し、正常域の範囲へと【戻り値】を置き変えることで、プレイヤーは己の意識を保てていた。
上昇。高度一千五百。
色濃くなりはじめた雨雲の中に飛び込んだ。視界がすべて灰色の霧に包まれるも、敵影の姿は逃さない。
――ピ。
黒雅の壱翼に内包された探査機構【Rader】が、標的【Target_Marker】を示す。
上昇。高度三千。
地上の仮想都市群は、すでにおぼろげな霧雨の下。
拡がった蒼穹の向こうに見えるのは、倭国で最も高くそびえる山脈。霊峰・石嶺(いしみね)の山頂だ。
上昇、高度五千。
『鋼の鳥』の全容を捉えた。相手はそれ以上に昇ることはせず、太陽から放たれる光を受け、自らの鋼に反射させた。
(♪)
左翼が地上の方角へ傾いて、大きく旋回する。高度が下がったかと思えば、銀色の尾翼より炎を吹いてふたたび上昇。すくい上げるように勢いよく宙返り。さらに背面から内へ向けてひねり、水平線に等しく向きを戻していた。
『鋼の鳥』は、青の大海を泳ぐように。
とても幸福そうに翔んでいた。
*
『やんちゃっ子ですねぇ』
ほんの少し楽しげな声で、右後方から通信が来た。電糸窓を展開させると、蒼い焔の軌跡を描く電装少女が見えた。
剣先のように鋭い四翼、右手に持つ【近接特化】された翼は尚も鋭い。
総計五翼。鳴海の八翼とは対の色。蒼月沙夜の【武装】名は【五月雨】といった。
『プレイヤー03より01へ。どうやら魔法【spell_CODE】の使用に制限があるみたいですね。どうします?』
「制限?」
『あ、あのっ! こちらオペレーター01ですっ、言い忘れてましたっ!』
「こら」
『ごめんなさい! えと、領域の構造【CODE】が旧式に変わっているようで、物理条件を根底から無視する属性の付与に、すごーく時間が掛かるんですっ! 相手の速度を考慮すると、演算してる間に【標的】を外されるかなーと……』
「つまり【必的】が使えない、ということだな」
『EXECですっ!』
「なら、このまま正攻法で行くしかないか」
自意識を、沙夜の方へと向ける。
『ひとまずこのまま、相手の正面に回らない様、背後を取り続ける。私が射撃と牽制で時間を稼ぐから、03は演算が完了次第、一気に仕留めてくれ』
『あら。美味しいところを頂いていいんですか?』
『構わん。問題の解決が最優先だ』
『相変わらず真面目ですね。でも、この後に私との決着をつける約束をしてること、ゆめゆめお忘れなく』
『もちろんだ』
応える。そして共に翼の速度を引き上げる。
競うように音を切り捨て、接敵する。
*
「さぁーて、一番頼れる、今週のお姉さんはど~こ、かな~?」
地上。両手を広げて一人もとい一匹。むなしく発言するヒトもとい牛がいた。
「それでは正解です。じゃ・じゃ~ん! ここは学園の屋上です! 地上から推定、四十メートルはあるかなって高さです。きゃ~ん、たか~いっ! ってそんなわけあるかーい! なんで私だけお留守番やねーんっ!?」
『拗ねないでください。あと、誰も見ていない下層世界で、独り裏平手【hitori_tukkomi】はなんだか切腹したくなるので、やめてください』
「エリスが見てるもん!」
『やめてください』
「う~、だってだって! 私だって! ぶいぶい飛んで、大活躍してやりたかったのにぃ~っ!!」
『駄々をこねないでください。相手はたったの一機。しかも基本的に遮蔽物のない上空での高機動戦です。多様な局面に秀でた赤城先輩と、一撃必殺の技能を持つ蒼月先輩が、負けるはずがございません。私たちには、やるべきことがございます』
「わかってるわよ。私だって、貴女と同じ考えよ」
不貞腐れた声をあげつつ、フィノは両手を広げた。牛の【武装】名は【シンデレラ・アンバー】。
「それじゃ、私たちもお仕事しましょうかね。――斥翼・形態変化【update】!」
【 ☆☆ えぐぜぐ☆にゃ~ん ☆☆】
フィノの翼が変化する。
黄金色に広がっていた四翼が、くるりと丸くなる。
ふわふわと漂う四つの球体に姿を変えたうえ、ぴょこっと二つ、三角形の耳に似た探索機能【Radar】が生えてくる。
最後に「ぱちり☆」と見開いた一つ目が、なんだかとっても、不気味にキモ……キュート☆
【♪♪ NYAAAAAN ♪♪】
空を飛ぶ、一つ目の、猫の頭が顕現×4。
其はひどく怪奇であったうえに、あろうことか、あざとく鳴くのであった。
「えーと、それじゃ、みけ、たま、くろ、しろ。とりあえず周辺十キロ、ぐるっと偵察お願いね~。不審な構造体とか、『学園』から認可を受けていない電糸コード、他にも敵が増援しちゃいそうな『穴』を見つけたら報告するよーに」
【【にゃん、にゃ、にゃ~ん】】
これ以上にない、不審な未確認飛行物体【UFO】が応え、それぞれ素早く移動した。
『学園』を起点とした東西南北の方角へ、地上から二百メートル前後の高さを保ち移動する。
『――こちらプレイヤー01.聞こえるか02』
「えーえー、聞こえてますわよ。小隊長。たった今、周辺にいるはずのハッカーの気配を辿ってるところ」
『アレを放ったのか」
「なによ。可愛いじゃない」
『絶望的なまでに埋めようのない認識差はともかく、今更だが、なんでアレを猫にしようと思った』
「うち、ペット禁止だからね。代わりに【武装】ぐらいは、カワイイのにしたいじゃない?」
『それなら、せめて目玉を二つにしてやったらどうだ』
「一つ目のほうが、おめめパッチリでカワイイじゃない!」
『了解。話すだけ時間の無駄のようだ』
「ちょ!? 私の美的感覚【taste】に文句あるわけ!?」
『では、こちらは交戦に移る。ハッカーの探索の方は頼んだぞ』
――ぷつん。ツーツーツー……。
通信が途切れた。
「なによーもー、失礼しちゃうわよねー」
ぷんすか怒って空を見上げれば。
ほんのわずかな光条が三つ。蒼穹の一点で、交わった。
【EXECUTION】
――飛翔。
音速の衝撃波と共に、両足が地上から離れた。
引き絞られた矢の如く。電装少女たちは、地上から跳んだ。
まずは灰色の雲を目指し、上空へ突き進む。
各々の翼を従えて、一途に昇る。
目指すは銀の残光。その先にいる『鋼の鳥』。
――加速。
二次関数的に増加する速度。即座に音速付近に達すると、続けて空気圧と共に音の壁がやってくる。
『こちらオペレーター01.上位次元より演算を開始します。上昇時に関する空気抵抗、熱力学の値を分散するため、黒雅の形式を変更してください』
「EXEC.黒雅の壱式と漆式に『斥翼』の【属性】を付与する」
――【UPDATE】――
一対の翼が、形を変える。
上方への推進力のみを排出していた翼は、平たい籠手の形状となり、上位世界から与えられた指数値を得て、斜め前に踊り出た。そして、空間に流れる〝加速に不要な〟特定要素を〝下方斜めに向かって切り捨てた〟
『ベクトル変化の演算に成功。加速度上昇。音速、超えます』
――咆哮。
上位次元からの援護を得て、翼が唸る。
緋色の軌跡がさらに加速。
高度が一気に上昇し、大気圧と気温が著しく変化する。演算する、相殺する。
血液成分の流れ、付加される正面重力【G】と引力を演算する、相殺する。
「……!」
様々な要素が目まぐるしく変動し、数値そのものが全身を流れたが、そのすべてをオペレーターが独自の【変数】を用いて演算し、正常域の範囲へと【戻り値】を置き変えることで、プレイヤーは己の意識を保てていた。
上昇。高度一千五百。
色濃くなりはじめた雨雲の中に飛び込んだ。視界がすべて灰色の霧に包まれるも、敵影の姿は逃さない。
――ピ。
黒雅の壱翼に内包された探査機構【Rader】が、標的【Target_Marker】を示す。
上昇。高度三千。
地上の仮想都市群は、すでにおぼろげな霧雨の下。
拡がった蒼穹の向こうに見えるのは、倭国で最も高くそびえる山脈。霊峰・石嶺(いしみね)の山頂だ。
上昇、高度五千。
『鋼の鳥』の全容を捉えた。相手はそれ以上に昇ることはせず、太陽から放たれる光を受け、自らの鋼に反射させた。
(♪)
左翼が地上の方角へ傾いて、大きく旋回する。高度が下がったかと思えば、銀色の尾翼より炎を吹いてふたたび上昇。すくい上げるように勢いよく宙返り。さらに背面から内へ向けてひねり、水平線に等しく向きを戻していた。
『鋼の鳥』は、青の大海を泳ぐように。
とても幸福そうに翔んでいた。
*
『やんちゃっ子ですねぇ』
ほんの少し楽しげな声で、右後方から通信が来た。電糸窓を展開させると、蒼い焔の軌跡を描く電装少女が見えた。
剣先のように鋭い四翼、右手に持つ【近接特化】された翼は尚も鋭い。
総計五翼。鳴海の八翼とは対の色。蒼月沙夜の【武装】名は【五月雨】といった。
『プレイヤー03より01へ。どうやら魔法【spell_CODE】の使用に制限があるみたいですね。どうします?』
「制限?」
『あ、あのっ! こちらオペレーター01ですっ、言い忘れてましたっ!』
「こら」
『ごめんなさい! えと、領域の構造【CODE】が旧式に変わっているようで、物理条件を根底から無視する属性の付与に、すごーく時間が掛かるんですっ! 相手の速度を考慮すると、演算してる間に【標的】を外されるかなーと……』
「つまり【必的】が使えない、ということだな」
『EXECですっ!』
「なら、このまま正攻法で行くしかないか」
自意識を、沙夜の方へと向ける。
『ひとまずこのまま、相手の正面に回らない様、背後を取り続ける。私が射撃と牽制で時間を稼ぐから、03は演算が完了次第、一気に仕留めてくれ』
『あら。美味しいところを頂いていいんですか?』
『構わん。問題の解決が最優先だ』
『相変わらず真面目ですね。でも、この後に私との決着をつける約束をしてること、ゆめゆめお忘れなく』
『もちろんだ』
応える。そして共に翼の速度を引き上げる。
競うように音を切り捨て、接敵する。
*
「さぁーて、一番頼れる、今週のお姉さんはど~こ、かな~?」
地上。両手を広げて一人もとい一匹。むなしく発言するヒトもとい牛がいた。
「それでは正解です。じゃ・じゃ~ん! ここは学園の屋上です! 地上から推定、四十メートルはあるかなって高さです。きゃ~ん、たか~いっ! ってそんなわけあるかーい! なんで私だけお留守番やねーんっ!?」
『拗ねないでください。あと、誰も見ていない下層世界で、独り裏平手【hitori_tukkomi】はなんだか切腹したくなるので、やめてください』
「エリスが見てるもん!」
『やめてください』
「う~、だってだって! 私だって! ぶいぶい飛んで、大活躍してやりたかったのにぃ~っ!!」
『駄々をこねないでください。相手はたったの一機。しかも基本的に遮蔽物のない上空での高機動戦です。多様な局面に秀でた赤城先輩と、一撃必殺の技能を持つ蒼月先輩が、負けるはずがございません。私たちには、やるべきことがございます』
「わかってるわよ。私だって、貴女と同じ考えよ」
不貞腐れた声をあげつつ、フィノは両手を広げた。牛の【武装】名は【シンデレラ・アンバー】。
「それじゃ、私たちもお仕事しましょうかね。――斥翼・形態変化【update】!」
【 ☆☆ えぐぜぐ☆にゃ~ん ☆☆】
フィノの翼が変化する。
黄金色に広がっていた四翼が、くるりと丸くなる。
ふわふわと漂う四つの球体に姿を変えたうえ、ぴょこっと二つ、三角形の耳に似た探索機能【Radar】が生えてくる。
最後に「ぱちり☆」と見開いた一つ目が、なんだかとっても、不気味にキモ……キュート☆
【♪♪ NYAAAAAN ♪♪】
空を飛ぶ、一つ目の、猫の頭が顕現×4。
其はひどく怪奇であったうえに、あろうことか、あざとく鳴くのであった。
「えーと、それじゃ、みけ、たま、くろ、しろ。とりあえず周辺十キロ、ぐるっと偵察お願いね~。不審な構造体とか、『学園』から認可を受けていない電糸コード、他にも敵が増援しちゃいそうな『穴』を見つけたら報告するよーに」
【【にゃん、にゃ、にゃ~ん】】
これ以上にない、不審な未確認飛行物体【UFO】が応え、それぞれ素早く移動した。
『学園』を起点とした東西南北の方角へ、地上から二百メートル前後の高さを保ち移動する。
『――こちらプレイヤー01.聞こえるか02』
「えーえー、聞こえてますわよ。小隊長。たった今、周辺にいるはずのハッカーの気配を辿ってるところ」
『アレを放ったのか」
「なによ。可愛いじゃない」
『絶望的なまでに埋めようのない認識差はともかく、今更だが、なんでアレを猫にしようと思った』
「うち、ペット禁止だからね。代わりに【武装】ぐらいは、カワイイのにしたいじゃない?」
『それなら、せめて目玉を二つにしてやったらどうだ』
「一つ目のほうが、おめめパッチリでカワイイじゃない!」
『了解。話すだけ時間の無駄のようだ』
「ちょ!? 私の美的感覚【taste】に文句あるわけ!?」
『では、こちらは交戦に移る。ハッカーの探索の方は頼んだぞ』
――ぷつん。ツーツーツー……。
通信が途切れた。
「なによーもー、失礼しちゃうわよねー」
ぷんすか怒って空を見上げれば。
ほんのわずかな光条が三つ。蒼穹の一点で、交わった。