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事件勃発? 四天王雪のロース!

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 ナナミと別れた僕たち一行は定期便を使って次の街へと移動することにした。
 港町ルーブルきっての巨大客船。世界各地の国々を渡り、旅人を新たな土地へ運んでくれる。
 その名も定期便コーラン。
 速度と、安定したバランスで船旅に弱い人でも快適に過ごす事が出来る。利用客も多いからかお金も安い。そして何より、高い安全性を備えている。旅の始まりにこんな強力な船に乗っても良いのかって言うくらいである。
「それにしても勇者様、よく三人分も定期便代がありましたね」
「君らが逃げ惑っている間に着実にモンスターを倒して金を稼いでいたからね」
 経理担当なら金の収支くらいキチンと管理して欲しいものである。
「すごいですね師匠! 僕こんな巨大な船に乗るのは初めてです!」
「私も」
「僕はもう飽きるくらい乗ってるよ」
 広い甲板でミロちゃんとキトは遠ざかる母島を眺めている。彼らからすれば、これからの旅は間違いなく壮大な物になるに違いない。
 空は既に茜色で、潮風が強い日だった。定期便がいくら早いとは言え、大陸から大陸への移動は大分時間を取られる。
「部屋は客室の三○三号室だよ。僕は先に行って荷物を置いておくから。二人は船内を観光してくれば良い」
「ありがとうございます! 師匠!」
「そうします、勇者様」
 目を輝かせる二人。やれやれ、まるで子供だ。とてもじゃないが付き合ってられない。僕は潮風にスカートをめくられる若い女性を細目で眺めながら甲板を降りた。

 今回も三人部屋で、ちゃんとシャワールームもある。まだ旅が始まって間もないとは言え、宿に恵まれ過ぎてはいまいか。まさかここにもシャワーがあるなんて。今夜は楽しいことになりそうだ。ヒヒヒ。
 僕は三段ベッドの一番下に寝転がる。
 実を言うとこういう完全に一人になる空間は昔から少し苦手だった。いつも誰かに見られている気がしてならないのだ。
「いつからだっけな、この感覚に脅えるようになったのは」
 多分それは、初めて魔王討伐に出かけたとき以来。
 自分が成長すればするほど、魔力や気配を察知する感覚が鋭くなっていく。それと同時に、いつも誰かが自分を見ている気がするようになった。
 多分それは、僕が倒してきた魔物たちの視線だった。全く意識していなかったが、知らず知らずのうちに僕は魔物を倒す事に脅えるようになっていたのかもしれない。
 それでも一度目の旅や、二度目の旅は良かった。最初の旅は新しい物ばかりで、見るもの全てが新鮮だった。二度目の旅も、一度目には行くことの無かった大陸へと足を運び、新たな魔物と戦い、魔王の謎を追求した。誤魔化しが効いたのだ。目の前にある物に集中する事が出来た。
 三度目の旅からだ。苦痛を感じ始めたのは。
 何せ行ったことのある場所ばかりである。一度目、二度目の魔王討伐でそれなりに苦労し、世界の街を幾度も巡った。行ったことがあるどころか、行き飽きた感すらあった。そこへ三度目である。知ってる街しかない。そこで売っている防具の種類まで知っている。どの街も魔法で渡り歩く事が出来た。それはもう冒険ではなくて作業だった。誤魔化しなんて効かない。
 だから僕は三度目の旅でそれはもう酷い事をした。
 手を抜いて旅してしまったのだ。
 僕は魔法を使いでかでかと建てられた魔王城へ直接乗り込んだ。邪悪な結界でも張られているかと思ったが、何の防犯もされていなかった。
 魔法を使い、城を半壊させ、怒った魔王を魔法で一閃した。
 更に勾と呼ばれる宝玉を使い魔力を増加させ地獄王と化した魔王を魔法で一閃した。
 ようやく本気を出せる相手が現れたかと二十メートルほど巨大化した魔王を魔法で一閃した。
 まさかあんなに弱いとは思わなかったのだ。戦闘時間より魔王の変身時間のほうが長かった。しかも魔王の攻撃になる前に倒してしまった。
 悪かったかな……。もうちょっと苦戦してあげれば。

「うーん、ごめんよ、ごめんよ……」
 自分のうめき声で目が覚めた。いつの間にか眠っていたらしい。体が重い。電気がつけっぱなしだ。
 部屋の壁に掛かっている時計を見ると一時間ほど経過していた。疲れが溜まっていたらしい。まだ旅を始めて二日目なのに疲れも糞もあるのだろうかとは思ったが。
 部屋を見渡す。ミロちゃんとキトの姿はない。
「遅いな。まだ船内を見てるのか?」
 この定期便では行商人達が船のいたるところで商いを行っている。世界中の貴重な道具やアクセサリー品が売られているのだ。ただ、港町とは違い価値のない物が法外な値段で売られている事もあるし、本来売ってはいけない、いわゆる『裏モノ』が扱われていたりもする。何も知らずに買ってしまうと次の街に行った時、いきなり犯罪者扱いされることだってある。
 僕も昔、女子校生の使用済みパンツ生写真付きを購入して頭に装備していたら変態呼ばわりされて大変だった。あんな目には二度と遭いたくない。今度からはちゃんとポケットに入れておこうと思う。
 起き上がった僕は二人を探そうと部屋の入り口を開けた。すると偶然目の前をミロちゃんが通り過ぎた。風が吹く。ヒヤリと肌を突き抜け、寒気がした。
「ミロちゃん」
 彼女もこちらに気付いて振り向く。
「勇者様。良かった。部屋を探してましたの」
「部屋の番号言わなかったっけ?」
「忘れてしまって……。困っていたんです」
「キトは?」
「途中で姿が見えなくなって。はぐれてしまいました」
「あとで迷子の呼び出しをしてもらわないと駄目だな……。まぁとりあえず入りなよ」
「はい」
 ミロちゃんが部屋に入るのを確認して、僕は扉の鍵を閉めた。
「うわぁ、すごい。三段ベッドなんですね。それにソファに机まで」
「古い船だけど長く慕われるのにはそれなりに理由があるって事さ」
 ミロちゃんは部屋をきょろきょろと見回している。僕はベッドの近くに置かれているソファに腰掛けた。ふかふかだ。体がずんと沈む。
「船の中はどうだった?」
「色々なものがあって楽しかったですわ」
「そうか。それは良かった」
 そこで会話が止む。扉の外から聞こえてくる賑やかな旅人達の喧騒、船が揺れる度にキシリと音を建てる側壁。
 ミロちゃんは何も言わずに僕の隣へ座った。ソファにかかる、二人分の体重。
 気がつけば僕の肩に、ミロちゃんは頭を乗せていた。なんだかロマンティックだ。優しく香るシャンプーの匂い。室内灯に照らされ、浮かび上がる頬の産毛。長く艶やかなまつ毛。小さな顔。優しい瞳。いつもだったら胸がドキリとしていたところだ。
「勇者様」
 呟くように、ミロちゃんは言う。
「私たちの旅はこれからどう言うルートを?」
「とりあえず別の大陸に行くよ。まずは魔王の情報を集めなくちゃ。それにナナミから聞いた噂が気になる」
「噂?」
「魔王を作る『神』がいるんじゃないかって話さ。魔物を作る魔王、その魔王を作る神。魔族はみんな、その『神』の創作物ではないのかって。神話ではなく、正に現在進行形でこの世界に魔族の創始者がいる、そんな噂だよ」
 ミロちゃんは吐く息を震わせる。
「魔王を、作った存在がいるだなんて……」
「あくまで噂だけどね。火のない所にはってやつさ」
 すると手をギュッとつかまれる感触がした。か細く、柔らかな手だ。
「勇者様、私、怖い……」
「よせやい」
「本当です。この目を見てください」
 彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめてくる。少し茶色がかった透明な目の奥に、潜む感情。
 僕たちの顔は鼻がぶつかりそうなほど近かった。彼女の瞳は、唇は、すぐそこだ。
 僕は片手で彼女の頬を掴むと、真顔で言った。
「誰だか知らないが、僕にチャームが効くと思ったら大間違いだ」
 するとそこで、ミロちゃんの瞳に潜んでいた見えない感情が姿を現した。憎悪、いや、殺意か。光の差していた目が澱み、暗い穴ぼこみたくなる。ずっと見つめていると吸い込まれそうになる。
「いつから気付いていた?」
 ミロちゃん、いや、魔物か。声は一緒だが、放つ気配がまるで違う。
「最初からだよ。部屋を開けた時の気配で鳥肌が立った。魔族が放つ独特の殺意だ。僕を見かけて思わず漏れたんだろう。一発で分かったよ」
「それだけか?」
「ミロちゃんはキトとはぐれて落ち着いていられるような子じゃない。町で迷子になって不安で泣きそうになるような子だ。それにこんなに僕に近づかない。積極的な様だが実は内気だ。あと最後に」
「最後に?」
「何で制服なんだよ!」
 魔物は胸のところに『魔族専用』と小さく刺繍された制服を着ていた。チェックのスカートに、カッターシャツに、ブレザー。意味が分からない。
「勇者は制服フェチだと部下の残した調査書にあったが……」
「さっきまでバリバリ登山スタイルの人が急に制服着てたら誰だって怪しむわ!」
 そもそも一体僕の何を調べていたのだ。何故そこまでばれているのだ。不可解である。
「お前はどうやら僕を見くびりすぎたね。今ここで君を消し去る事だって出来るんだ。覚悟しろ」
 すると魔物はニヤリと唇を歪めた。
「ふん、馬鹿め。私がのこのことやられる為だけに貴様のところへやってくると思っているのか?」
「え、もしかして幻術?」
 そんな馬鹿な。今も僕達は互いに寄り添い、ここまで密着している。ソファがふかふかすぎて二人とも上手く身動きが取れない。素晴らしい髪の香りに、互いに触れた肌の感触だってしっかりする。体温だって感じる。幻術にこんな効果はないはずだ。そんな素晴らしい効果があるのであれば僕は自分に幻術をかけてハーレムで生活する幻覚を見る。
「この娘、ミロと言ったか。こいつの精神を私が支配している可能性だってあるのだぞ?」
 魔物は決してハッキリとは自分の手口を話さない。こうやって混乱させることで、会話の誘導権を握ろうとしている。僕はグッと拳を握った。
「うぐぐ、卑怯な。そんなことされたらMPを使って精神回復の魔法をかけなければいけないじゃないか。面倒くさい」
「え、治せるの?」相手は目を見開いた。
「うん」
「そんな馬鹿な……。これからこの娘の体を使って色々しようと思ったのに」
 魔物はあからさまにうろたえだした。目が泳ぎ、呼吸も荒れる。威厳も糞もない奴である。奴の反応から察するにミロちゃんの体を乗っ取っている事は間違いない。そもそも一体ミロちゃんの体で何をしようとしているのだ。
 ナニをする気なのか。
 畜生、許さない。くそう、なんて羨ましい、いや、けしからん。そう、けしからんおっぱい。
「ミロちゃんの体を好きにはさせない。その体を好きにするのは僕だ!」
「口を慎め!」
「うるさい! 欲望には勝てないんだよ!」
「勇者の風上にもおけん奴め」
 魔物に言われるとは。僕もそろそろ終わりかもしれない。そんな僕の考えをよそに奴は僕から距離を置いた。
「正体がばれたのであれば長居は無用だ。この娘は私がいただく。さらばだ、勇者よ」
 魔物はがばりと立ち上がるとそのまま入り口に向けて駆け出した。
「まて!」
 僕も慌てて追いかけようとする。しかしソファがふかふかすぎて立ち上がれない。魔物はあれだけスムーズに立ち上がったのに。何てことだ。奴に出来て僕に出来ないなんて。まさか本当に柔らかいものに座ると立ち上がれないなんて。
 もがいていると入り口からミロちゃんの声音で「アチチッ!」と叫ぶ声が聞こえた。ようやく立ち上がり後を追う。
 魔物は取っ手を握ろうとしてはすぐ手放していた。熱すぎて握れないのだろう。当然だ。
「諦めろ。お前が部屋に入ったとき、鍵をかけるフリをして結界を張っておいた。魔族にだけ効く結界だ。僕じゃないと解けない」
「こしゃくな……」
「お前の手口はもう分かっている。本体が魔法で化けて勇者である僕の前にノコノコ現れるとは考え難い。そこから導き出せる答えは、お前がミロちゃんの精神を乗っ取っていると言う事だ。さぁ、ミロちゃんを開放するんだ。さもなければお前の精神はこの世から消えるハメになるぞ」
「ふ、勇者よ、体を支配している今、私の精神が死ねばこの娘も同時に死ぬ事になるやもしれんぞ?」
「知ったことか。あとで生き返らす」
「この人でなし!」
 僕はじりじりと魔物と距離を詰める。一歩近づくと魔物が一歩下がり、やがてやつはドアのところへ追い込まれた。ここまで来たらもう勝負はついたも同然だ。
 しかしその時、ふいに鍵が外れ、ドアがギィと音を立てて開いた。僕は驚いてドアの先を見る。
 そこには、真っ白な男がいた。髪も、肌も、目も白い。雪のような男だ。
 よくよく考えたら結界はドアの内側にしか張っていなかったので鍵を使って外からドアを開けば普通に脱出できるのである。なんと言う詰めの甘さ。
 先ほどまでドアを開けようと躍起になっていたミロちゃんは意識を失っているのかまるで魂を失ったようにピクリともしない。彼女は白い男に体を支えられていた。
「お前が本体か」
 ミロちゃんを操っていたのはこいつで間違いない。
 すると男はふっと笑みを浮かべて髪をかき上げる。仕草がキザっぽいののが腹立たしい。そもそもこのシチュエーション、傍から見ればただ恋人を取られているようにしか見えないではないか。
「我は魔王軍四天王の一人、雪のロース」
「魔王軍四天王だって?」
 早過ぎないだろうか。まだ旅を始めて二日目ですよ。
「女には弱い奴だと思っていたが、一筋縄では行きそうにないな」
「生憎世界を救う英雄として最低限の自覚はあるんでね。魔物の暗殺くらい常に予測してるよ」
「ふふ、それでなければ面白くない」
 ロースの周囲にはどこから降り出しているのか雪が舞っている。これも魔法だろうか。と、いつの間にか部屋の中一面に雪が降り注いでいることに気がついた。雪の量は徐々に増え、ミロちゃんと、ロースが雪景色に埋もれる。まるで霧が漂うように朧になる。視界が白く染まり、吹雪の中を歩いているように雪だけが全てを覆う。
「待てっ!」
 叫んだが雪が風と共に強く吹き付けてきて視界が遮られた。
 やがて二人の姿が完全に見えなくなり、目を開けるといつの間にか雪も止んでいた。どこからか、ロースの声だけが聞こえてくる。
「勇者よ、この娘を返して欲しくば氷の塔へ来い。そこで私は待つ。お前の墓場となる場所だ」
 ハッハッハッハと言う笑い声が山彦のように徐々に遠くなり、僕だけが取り残された。先ほどまであれだけ降っていた雪は微塵も残っていない。そう言えば雪の冷たさがなかった。恐らく幻術だろう。
 呆然と立ち尽くしていると、何事もなかったような顔でキトが姿を見せた。買い物袋を両手に抱えている。
「ただいま戻りました、師匠。部屋が開きっぱなしですけど、どうかしたんですか」
「あ、あぁ。なんでもないよ」
 何となく誤魔化してしまった。
 重そうなので袋を片方持ってやる。中身を覗き込むと、不思議な形状をしたアクセサリーや、飲み物、それに書物が入っていた。少々お金を渡していたが、あんな少額でよくここまで買い物できたものだ。
「随分買ったね」
「学術書と、魔道書と、旅に関する一般書籍、それにお菓子と、特殊効果を秘めたアクセサリーを。ほら、師匠見てください。この腕輪なんか、魔力が倍になるんですよ」
「それワイがはめたらアカンやつやん……」今でもバランス崩壊しているのにこんなもの装備した日には魔族を一瞬で消し炭に出来る人間兵器になること間違いない。「ところでキト君、この一般書籍、全世界観光ガイドブックって書いてあるんだけど……」
「それミロさんが買ってましたよ」
「あの女……」やはりただの旅行気分だったか。年頃の娘はこれだから困る。
 そこでふとキトが手に持っている指輪が気になった。妙な魔力を帯びている。
「キト、その指輪は?」
「あ、これ船で知り合った占い師のおばあさんからいただきました。師匠にって」
「僕に? どういう事?」邪悪な感じはしない。呪いはかかってなさそうだ。随分小さく、小指ならなんとかはまりそうだった。
「さっきそのおばあさんに旅の命運を占ってもらったんです。色々と話を聞いてもらっていたんですけど、勇者の話になった途端顔色が変わって急にこの指輪を渡されたんです」
「何で?」
「分かりません。ちょっと力を抑えたほうが良いって。この指輪は、つけている間だけ能力の上限を全て五百にしてくれるって言われました」
 確かに、緊張感も糞もない旅だからマンネリ化していた事は否めない。この指輪をすればそれなりに緊張感のある旅になるだろう。でもこの指輪を外し終わった時、果たして僕の能力はそれまでと同じ様に戻ってくれるのかそれが問題だ。呪いはなくても、思わぬ副作用があるかもしれない。
「あれ? そう言えば師匠、ミロさんは?」
「さらわれた」僕は指輪から視線を外さずに答えた。
「えっ?」
「さらわれた」
「触られたって、どこをですか? 僕も触りたい!」
「この思春期!」
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