城下町を抜けるとそこが入り口となっている。我が故郷が魔物に攻められないのは街自体が強力な城壁に囲まれているためだ。高い壁で、分厚い。
「勇者様、門は開けておきましたよ。いってらっしゃい」
「あ、あぁ、どうも。いってきます」
門番が言う。城の扉は閉まっていたくせに何故街の入り口は開けっ放しなのだ。警備体制がザルである。いってらっしゃいじゃありませんよ。
こうして僕の冒険は始まった。五回目だからワクワク感とかまるでない。
まずはここより北に十キロほど歩いたところにある村に行かねばならない。あそこは何故かいつも魔物に脅されて生贄を捧げている気の毒な村である。しかし村人が引っ越す様子はまるでない。全員ドMではないかと言うのが僕の見識だ。
果てない空と風に揺れる草原をゆらゆらと歩く。至極平和だ。本当に復活したのか魔王。もしやかつがれているのではと不安に思っていると、不意にどこからか助けを呼ぶ声がした。見ると平原で少年が一人、魔物に囲まれている。さっきから全然魔物に遭遇しないと思ったらなるほど、のこのことやってきたエサを狙って集結していたのか。
スライムが七十五匹。
対して少年が一人。
悲鳴も上げるわ。そりゃあ上げますよ。
仕方なく魔法でそれらの魔物を一掃した。全体魔法。MPを四百ほど使ってしまったが、僕のMPは八万飛んで七百二あるので出し惜しみはしない。寝れば全回復する。
魔力をええ塩梅で放出すると強い光が魔物を包み込み、その肉体を浄化した。
突然脅威となる存在が消え、呆然とする少年に僕は近づく。少年はボロボロのクサビかたびらに、鍋を頭にかぶっていた。新手の芸人に見えなくもない。
「大丈夫かい、君」
「あ、はい。大丈夫です」
「気をつけたほうが良いよ。ここらへんエサが少ないし、一度見つけられると全部寄ってきちゃうから」
「き、肝に銘じます。……あなたが助けてくれたんですか?」
「うむ」
すると少年はキラキラと目を輝かせた。
「すごい、あの数の魔物を一瞬で……」
そのとき、僕の体を一陣の風が突き抜けた。
なんだ。
なんだこの高まりは。
「なんて強いんだ。尊敬します!」
ドクン。
ドクン、ドクン。
僕は天を仰いだ。
魔王が世界に魔物を放ったとされるのが八年前。
僕が初めて魔王討伐に出たのが五年前。
当時僕はまだ十八歳だった。今はもう二十三。魔物を片付けても魔王を倒しても勇者なんだから出来て当然だよね的な扱いしか受けなくなってしまった。
これだよ。
僕が求めていた本来受けるべき賞賛はこれなんだよ。
「尊敬だなんて、そんな」もっと敬え。
「謙遜しないで下さい。僕は今まであなたほど強い人に出会った事がありません」
「言いすぎだよ」胸が高まる。鼻息が荒くなるのを感じた。フゴフゴと鼻が鳴る。
僕が歓喜の感情に体を震わせていると少年は正座をし、地面に両手をついた。
「お願いします。僕を弟子にしてください!」
「弟子だって?」
「僕、強くなりたいんです。住んでいた村を魔物に滅ぼされて……。村の敵が討ちたくて旅に出たんですけど、やっぱり弱くて。まだ魔物を倒したことないんです。でも、あなたについていけばきっと強くなるって、そんな気がして。お願いです! 師と呼ばせてください!」
「あかんて」
「お、お願いします!」
「あきませんて。これ以上はあきませんて」
「強くなりたいんです! お願いします! 師匠」
「ハフゥ……」
すごい。あまりの感覚に乳首が立つのが分かる。俗に言う鳥肌である。
「修行は、厳しいぞ……」
気がつけばそう言っていた。
そう、僕は褒められることに飢えていた。
「えっ? じゃあ」
「少年よ、名は何と言う」
「キト、と言います」
「ではキトよ。私の弟子になったからには強くなってもらう。数ヶ月もすれば貴様は『地獄から現れた現世における巨大精霊と言う名のハデス』という無駄に壮大な二つ名で恐れられるだろう」
「なんだか知らないけどすごいや! 師匠! これからよろしくお願いします!」
「よろしくな、キトよ」
挨拶も終わらないうちに先ほどのスライムたちが落としたお金を這いつくばりながら回収した。計七百五十ゴールド。僕が悪いのではない。二ゴールドしか与えなかった王様が悪いのである。