一度村長宅に戻った僕達はミロちゃんに旅の準備をさせることにした。これから命がけの旅に出るというのにさすがにジャージはきつい。顔に塗りたくられたペンキも剥がさないと駄目だ。
「それじゃあ勇者様、リビングで待っていてください」
「言っておくけど、ホットパンツにニーソックスとか、スカートにロングブーツとか、およそ旅に相応しくない格好はしないでくれよ。旅を舐めちゃ駄目だ」
「パーカーにジーパンの人がそれを言いますか」
そう言えばそうだった。五回目だから旅を舐めきっていた。
改めて自分の服装を確認していると、ミロちゃんはフッと笑って部屋に消えていった。リビングに僕とキト、そして石像のように固まる村長と息子夫婦が残る。
「でも師匠、本当に良かったんでしょうか」
「何がだい、キト」
「だってミロさん、このままご両親に挨拶もなしに出ちゃうつもりなんでしょう? じゃないとわざわざ時間を止めてなんて師匠に頼まないでしょうし」
この家の中の時間は止まっていた。僕がミロちゃんに頼まれて時間を一時的に止める魔法を使ったのだ。効力は約一時間である。
「まぁ勇者と旅に出るなんて言ったらろくなことにならないだろうからね。アリネクさん達には悪いけど僕達はあの洞窟もろとも死んだことにしておこう」
ミロちゃんも就寝中にいつの間にか生贄にされて、両親を見限ったのだろう。これを機に完全に縁を断つつもりなのかもしれない。
「お待たせしました、勇者様、キト」
「早かったね、ミロちゃ……」
出てきた彼女の姿をみて言葉に詰まる。
ミリタリーブーツにカーゴパンツ、そしてマウンテンパーカー。
ガチだった。
本気で旅に出る人の格好ですやん。ペンキも綺麗に剥がれている。どうやったんだ。これが女子力か。女子ってすごい。
「うわぁ、ミロさん格好いいですね!」キトがはしゃぐ。
「キト、そんなに褒められたら照れるわ」
ミロちゃんは優しく笑みを浮かべたあと、僕のほうを恥ずかしそうに見つめてくる。
「ど、どうでしょうか、勇者様」
僕はぐっと親指を立てた。
「ギターとか、似合いそうだよね」
村を出た僕たち旅の一行は次の目的地へと足を運んだ。もう夕暮れである。急がねば夜になってしまう。本当は村で一晩休むつもりだったのに、なんだかゴタゴタして宿泊どころではなくなってしまった。散々だ。
「それで師匠、次はどこに向かうんです?」
「就職センターだよ」
「就職センター? 何ですのその給食センター的なノリの施設名は」
「平たく言えば職業案内所だよ。自分の適性職を調べてくれたり、職業に関して色々教えてくれるだけでなく転職案内もしてもらえる。生業を立たせる以外に、旅でも職業っていうのは必要不可欠だからね」
「旅に職業ってそんなに重要なんですか?」
「旅で重要なのは職業による役割分担と、自分のステータスを把握することだ。僕がよく自分の強さを具体的な数値で表しているだろう? あれは就職センターで鑑定してもらうんだよ。まぁあくまで目安でしかないけど、自分の強さを測り間違えないと言う点でも重要ではある」
「へぇ……、ちょっと面白そうですね。自分の能力値や適性を調べてくれるなんて」ミロちゃんが目を輝かせる。自分の故郷からそう離れてもいない施設の存在すら知らないなんて、田舎者はこれだから困る。
就職センターには随分お世話になった。僕の職業が何故か介護士だった事は今でも忘れない。
歩く中でいつしか陽は沈み、空は宵の色に染まる。微弱な光を放ちながら星が瞬き、無数の欠片として空を埋め尽くしていた。
僕達は果てない草原をただ歩く。草原には一本だけ真っ直ぐに伸びた道があった。多くの人がその土を踏むことで作られた道だ。そしてこの道は、就職センターへと続いている。
夜道を歩いていると、やがて大きな館が見えてきた。一面ガラス張りになった窓からは光が漏れ、多くの旅人が中でくつろいでいるのが分かる。
ここが就職センターである。
「す、すごい大きさですね」キトが目を丸くした。
「この国一番の職業案内所だからね。モンスターがうろうろしているこの地域でガラス張りって言うのもどうかと思うけど。さあまずは宿を取ろう。鑑定してもらうのはそれからだ」
扉を開けると広いフロントが広がる。高い天井には大きなライトがあり、館内を明るく照らす。全四階建てとなった建物は吹き抜けとなっていて、階段を上る人の姿や上階で椅子に座っておしゃべりしている旅人達の姿が目に入った。
就職センターは宿屋も兼ね備えている。就職や転職が目的でなくとも、多くの旅人が寄ることの出来る施設でもあるのだ。
僕たちも宿を取るため受付で簡単な手続きを済ます。こんなときの為に印鑑を持ってきておいて良かった。まさか未成年が利用する時は保護者印がいるなんて。僕が未成年だった時も仲間が印鑑を持っていたのだろう。まさか人の苦労をこんな場所で知ることになるとは。
無事手続きを済ませた僕達はまず部屋に行って荷物を整理することにした。大きいベッドが室内に三つ。安価の割に結構豪勢だ。
しかしミロちゃんは露骨に顔を強張らせる。
「勇者様、まさか三人部屋ですの?」
「そうだけど、何か問題が?」
「だって……」
渋るミロちゃん。年頃の娘だ。男の人と一緒の部屋と言う事に抵抗があるのだろう。だけど、そういう問題じゃない。僕はガックリと肩を落とした。
「あのねミロちゃん。これから旅をするんだよ? 言ったよね、遊びじゃないって」
「……はい」
「宿が取れずに野宿する事だってこれからあるかもしれない。こういうのは今のうちに慣れておかないと。お風呂にだって数日入れないこともあるんだから」
「そうですよ、ミロさん。これだけ広い部屋が取れたんだし、文句はなしです」
「……ですわね」ミロちゃんは眉を下げながら弱々しく微笑む。どうやら納得はしてくれたらしい。
すこし可哀想ではあったが、ここは僕も心を鬼にしないと。それにしても今夜が楽しみですな。はははこやつめ、あははははは。
部屋を出て廊下を進むとそこには食堂がある。高い天井に、大きな窓。そこから眺めることの出来る夜の草原は美しい。
「ご、豪勢ですわね。造りも、食べ物も」
和食、イタリアン、フレンチ、ファーストフード、メニューにはなんでも並んでいる。
「でも値段は安いんだよ。美味いしね」