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 城からの帰途を、セアドは思い悩みながら歩いていた。
「白雪姫を、殺しなさい」
 それが王妃から彼に課せられた任務だった。

 セアドは有能な狩人だった。
 それ故に、今までも城に呼ばれたことはあった。大抵が「美しい狐の毛皮が欲しい」等のくだらない王族の願いで。
 だから今日もきっとその類だと思っていたのだ。
 それがこんなことになるとは。
 セアドは頭を抱えた。しかし自分に拒否権がないことも分かっている。拒否すれば命を落とすのは自分であろう。
 そして王妃に従ったとしても、事が露見すれば自分は王妃に簡単に切り捨てられるであろうことも。
 つまるところ、なんとか上手くやるか、拒否して逃げ出すかしかないのだ。
(どちらも避ける方法は……ないよなぁ)
 セアドは嘆息した。
 王妃が義理の娘を殺そうとしているという事を知り、それを断わった者を彼女が野放しにしておくとは思えない。
 国王が妻よりもちょっと腕がいいだけの狩人を信じるとも思えない。それは楽観的すぎるというものだ。
 では白雪姫を上手く殺すのは……これは王妃を敵に回すよりも随分と現実的に可能なことに思えた。
 なにしろ相手は蝶よ花よと育てられた王女だ。鹿を仕留めるよりもたやすいだろう。お膳立ては王妃がしてくれる。いくらいつでもセアドを切り捨てられるとしても、成功するに越したことはないのだから。
(白雪姫を殺すしかない、か)
 自宅のある森は夕闇に包まれており、いつもは何とも思わないその薄闇が妙に彼を不安にさせた。
 翌日――

 セアドは獲物を持って森の奥深くへと進んでいった。
 一晩眠ると少し落ち着いた。とは言っても状況は全く変わっていないのだが。
 ずんずんと木々の間を進み、ようやく少し開けた場所に出る。
 そこには一軒の家があった。
 セアドが扉を叩くと、中から一人のドワーフが顔を出す。
「やあセアド、待ってたよ」
 袋を担いで家から出てきたドワーフと近くの切り株へと腰を下ろす。
 セアドはこの家に住む七人のドワーフ達に定期的に肉を運び、代わりに彼らから鉱石や宝石を受け取っていた。
「随分と浮かない顔じゃな。何かあったのかい?」
 セアドが受け取った鉱石を確認している時に、ふとドワーフが尋ねてきた。
 口外できるわけがないと思ったセアドだったが、少し考えた後に話してもいいかと思い始める。
 なにしろ相手は人間社会と関わりのないドワーフだ。お喋りな性質でもない。何よりセアド自身が誰かに話してしまいたかった。
 彼は王妃から受けた命をドワーフに話した。
 セアドの話を聞き終わるとドワーフはふむ、と髭に手をやる。
「そいつは難儀じゃな」
「ああ、難儀ってもんじゃないさ」
「しかし何故王妃が王女を殺そうとする?」
「さあね」
 セアドは肩をすくめた。
 気にならない訳ではなかったが、王妃に理由を問いただすほどの命知らずでもなかった。王妃のようなタイプが欲しているのは、理由も聞かずただ言われたことを成し遂げる手駒だということをセアドは知っていた。
 ドワーフはしばらく目を閉じ何事か考えていたが、再びセアドを見ると言った。
「その王女、ワシらに預けてはみんか?」
「え!?」
 話をしたところで特にどうなる訳でもないと思っていたセアドにとって、その言葉は予想外のものだった。
「預けるって……白雪姫をどうするんだ?」
「なに、小間使いが欲しいだけじゃよ。ワシらが採掘に行っている間、家事をしてくれればそれでいい。今までのようなお姫様生活とはいかんが……理由も分からず殺されるよりは随分とマシじゃないかね?」
 それはそうだろう。
 誰だって殺されるくらいなら小間使いになる方を選ぶ。
 そもそも貴族の女達でも、何らかの理由で一家の男が死ねば家は断絶、小間使いになるのが一般的だ。命がかかっている白雪姫にできないということはないだろう。
「本当にいいのか?」
「二言はない」
 ドワーフは深く頷いた。
「ただ殺される王女というのも不憫じゃしのう。仲間達も家事をしてくれるなら文句はないじゃろう。何より、お前さんの身に万が一の事があれば、ワシらはまたここまで肉を運んできてくれる狩人を探さねばならん。ワシらドワーフの為にそこまでしてくれる人間はなかなかおらんさ」
 セアドはしばらく考えたが、これは最良の選択に思えた。
 ここに隠れ住んでいれば、見つかる事はまずないだろう。
 王妃には白雪姫の肝臓を持ち帰るように言われているが、適当な動物の肝臓でも持っていけばいい。
 それにドワーフは女というものが存在しない妖精種族、即ち性欲がない。白雪姫の貞操の心配もないだろう。
「分かった。甘えさせてもらおう」
 思いがけず道が開けたことに半ば驚きを感じながら、セアドは帰途についた。
 白雪姫がおとなしく己の運命を受け入れてくれることを願いながら。
2, 1

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