ボクの目の前にふわふわとした薄い金色の髪をした制服姿の女の子が立っている。美少女といっていいだろう。頭には猫耳をつけていて、背はとても低い。その眼差しは鋭いけれど、奇妙な制服の先から覗かせる幼さを感じさせる腕や脚。中学生くらいだろうか。
彼女はボクをずっと睨みつけているので、ボクは戸惑いながらも話しかけた。
「あの……」
「私が誰かって? キミが小説をちゃんと書けるように突如数年前に彗星の如く現れた人生指南と小説の指南をしている☆ちゃんです。星、またはほしと呼べです」
少女はまくし立てるように喋る。どうやらボクの知り合いらしかった。
――ボクはあまり昔のことを覚えていないのだ。適当に相手をすることにした。
「はいはい。星ちゃんね」
「何故一向に長編が書けないのか、です。一向宗だったら一向一揆起きてるレベルですよ」
「書く気がなかったから。あとそういう語彙だけの脊髄反射ギャグやめようぜ」
「そうですねうるさいですね。ってかですね、毎日書くと一日あたりの執筆パワーが上がるそうです。だから毎日書くべきです」
「話が思いつかないんだ星えもん」
「思いつかないんじゃなくて考えてないだけですよそれは。一行もメモも取らずに腕組みして考えてるだけとかって、正直おこがましくないですか?」
「ウザッ!」
「いいですかー、話なんて単純でいいじゃないですか。大体キミは基本コメディでゴリ押ししか出来ないんですから」
「会話文はすらすらいけるんだけどな~」
「そりゃ会話の内容ないですからね。要はだべってるだけですよ。内容あるものを考えて描写するっていう訓練を全然してないじゃないですか」
「感情は出せるぜ?」
「だから、感情を文章に載せるためには【下地】が必要だってことを言っているのです。下地を作るための訓練をするべきです。誰でも感情くらい文章に載せられますよ。私が言っているのはそれ以前の問題です。ちゃんとしたお話にするための【我慢】のことを言っているのです」
「下地か……」
「主人公は誰かとか、ヒロインは最終的にどうなるとか、そういうこと考えていかないと長編なんて終わりっこないじゃないですか。死ぬ前に一度くらい公募に投稿くらいしておこうかな、とか、そういうヘタレな思考がダメなんです。ダメなんです。ダメなんです」
「3回も言うんじゃねえよ。一週間で一本とか無理」
「むしろ星ちゃん的には一週間くらいで一本書き上げろと言いたいです」
「超無理」
「妄想逞しければそのくらい行けますよ。何回も分析した竹宮ゆゆこ先生の【わたしたちの田村くん】では作品はどうでしたか?」
「主人公の思春期故の女の子に対する誤解がベースになって、前半と後半で女の子の感情の変化が二段階に小さな感情の波と大きな感情の波に分けられていた……ような気がする。実際はもうちょっと細かったけど、大局はそんな感じかな」
「そうでしょ。だから私達が物語を作るときもそれに従えばいいんですよ。面白いものには必ずルールが有るんですから」
「……でもそれってパクリじゃないのか?」
「骨子だけもらってくるのは別にパクリじゃありませんよ。物語なんて一部違うだけで大きく変わってくるものなんですから。大体そしたら人体デッサンしている人は全部パクリになってしまうじゃないですか。物語の面白い法則なんてそんな何十パターンもないんですから、ほら、簡単に4行プロット作ってみればいいんじゃないですか? やってみなきゃ何も変わりませんよ」
「分かったよほら。しょーがねーな……」
1.女の子と道端で出会う
「はいカットぉぉぉーーーーー!! 道端で出会うとかもう星ちゃんはM○文庫で正直見飽きました。飽食世代です」
「具体的に書く前に駄目だしするなヨォー。そういうのが大作家の芽を摘むんだよ」
「大作家()」
「うっぜ!」
「いいですかー、読者が読んでくれるんじゃなくて、アンタが面白くするんですよ。面白くなるかも、じゃなくて面白くなるようにするんですよ。肉付けした所でどうせつまんないでしょこれ。骨が腐ってるもん」
「まだ始まってすらいないのに……じゃあこれはどうだよ」
1.全裸の女性が夜の新宿の街を走っている。
「ハハ、これなら読者は『何で全裸で……!?』と興味を惹かれざるをえない。違うか?」
「いえ、自信満々に劇画塾の丸パクリはやめてくださいよ。リンク貼りますよ?」
「すいませんでした。じゃあこれはどうだ」
1.女の子が道端で死んでいる
「悪くないですね。何で死んでるんですか?」
「知らねえよ」
ほしはキミに強烈なビンタをお見舞いした!
「暴力は良くないです!」
「てめーが言うな」
「いいから少しは考えてください」
「あーだりー」
じゃあまあ可能性としては、
A.女の子は本当に死んでいる(モブの死)
B.女の子は死んでない(偶然)
C.女の子は死んでない(故意)
D.女の子は半分死んでいる(幽霊?)
「こんな感じか?」
「そうですね。月並みですが悪く無いと思います。ただ、Aは基本的には却下しましょう」
「何故?」
「人の死を扱うと物語が重くなってしまいます。人の死は安易に扱ってはいけません。ほし的にはコメディ世界にはそぐわないと思います。死を扱うなら、本当に丁寧に扱わなければならないと思います。筆力のないキミにはまだ早いです」
「……そうかよ」
「Bだと女の子は単純に倒れていたって感じになるんですかね」
「うーん。別に血を流しててもいいと思うけどな」
「そうするとドジっ子的、あるいは世界観的に何かそういう制約が必要になりますね」
「ふーん。じゃあCは?」
「女の子が故意に死んでないとすると、これは当たり前ですが『何らかの目的があってそれを行った』ということになります」
「? もっと分かりやすく言ってくれ」
「ですから、要は属性持ちってことですよ。魔女っ子とか、メンヘルとか、少し遠回しには他の要素がそれを強制しているとか『魔女っ子にならなければならない決まりがある』、とかですね」
「ああ、なるほど」
「Dの設定は……これはもっと大きく縛ってきてますね。これだと幽霊で姿が見えるとか見えないとか、あるいは超常的な何かということになります。コメディの枠を少し超えがちになるかもしれません」
「で、一番楽なのはどれだと思うよ?」
「楽で応用が効きそうなのはCですね。この設定ならどうとでも取れます。逆に言うとちょっと幅広いですけどね」
「じゃあCで行くわ」
「……まあいいですけどね。じゃあ次は『死んだふりの理由』を考えておいてください」
「何故?」
星は微笑んで、両手を広げた。
「星は、あなたを助けに来たんです。この場所に取り残されたあなたを、この二人だけの場所で」
ゆっくりと滑らかに動かした人差し指でその先を示す。――地球。
辺りには暗い空が広がっている。――僕たちは月に立っていた。