【プロローグ】
施設で送る生活に、カレンダーは必要ない。
既に決められたスケジュールの中、予定の書き込めない私にできるのは、
過ごし終えた日を黒く塗りつぶすことだけ。
塗りつぶされたカレンダーに込めるのは、小さな達成感。
その積み重ねで出来ているのが、今の私。
こうして何一つ変化の無い生活を、私は施設で過ごしてきた。
それはこれからも変わらないだろうし、それで納得していた。
何故?
それが、「みんなのため」と聞かされていたから。
「みんな」が誰かは分からないけど、
「みんな」の役に立てるのは良いことだと思った。
だから今日も、私は一日を塗りつぶす。
この数が増えていくだけ、「みんな」が幸せになるのだと信じて。
そんな風に考えて過ごしていたある日、
いつも決まった時間に開くドアが開かなかった。
耳障りな警報が鳴り響く中、私はまだ部屋に閉じ込められている。
何とかドアを開こうと苦心したが、どうしても開けることはできず、
連絡も取れないまま、ただ、無為に時間が過ぎていく。
やがて警報は止まったが、結局ドアが開くことはなかった。
その日は初めて、予定の無い日……いや、予定が狂った日となる。
――ドンドン!
まどろみの中、ドアを叩く音が響く……いつの間に眠ってしまったのだろう?
「急いで」
開かれたドア。
その心強い腕に、手を引かれ
息が詰まる様な闇の中を、走り続ける。
未だ事態を把握しかねる頭で、それでも確信する。
これから向かう先に何が待ち構えていようと
私は決して、この手を離すことはないだろうと。