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 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です

 風景やみんなといつしよに
 せはしくせはしく明滅しながら
 いかにもたしかにともりつづける

 因果交流電燈の
 ひとつの青い照明です


                宮沢賢治 『春と修羅』



 「……何読んでるの?」
 不機嫌そうに僕の顔を覗く朝木 志保は、言うなれば共犯者だった。世辞にも美女とは言えない彼女と行動を共にする理由は目的が同じであることに他ならない。強制も無く、僕は今自らの自由意志で深夜の校舎に忍び込んでいる。
 そして今、朝木は今職員室から理科室の鍵を持ってきて、僕は理科室前の廊下で座り込み好きな詩を読んでいた。
 「宮沢賢治」そう端的に答える。
 「面白いの?」
 「わからない」
 「面白いかわかんないものを読んでるの?」馬鹿にしたような口調で彼女は訊く。
 「他人の日記のようなものだから」
 「どういう意味?」
 「心象スケッチといって、宮沢賢治なりに心の現象を研究したんだよ」
 「人間の心を理解しようとしたってこと?」
 朝木は理科室の扉を開ける。横に連なる窓の向こう側から住宅街の微かな光が差し込んで、戸棚のビーカーや水槽に反射していた。不気味なばかりの静けさに足音は響き渡り、暗闇に消えていくようだった。
 「そういうこと」開けられたドアを閉め、「なのかなぁ」
 「おこがましいね」振り返り、朝木は微笑んだ。
 「おこがましい?」
 「そう」教卓の引き出しを開け、鍵を取り出した。「須臾秒で心が変わるほど人間なんてワガママなんだからさ。長くても100年しか生きられない人間がそんなこと出来るわけがないじゃん」
 朝木は鍵を僕に投げ渡し、鍵は不恰好な音を立てて僕の手のひらに落ちた。それを受け取り、黙々と戸棚を開ける。
 「……いや多分、宮沢賢治は知りたかっただけだと思う」
 目当ての薬品に手を伸ばし、空のリュックサックに仕舞い込んだ。からん、と今にも割れそうな音が鳴る。深夜の校舎に忍び込む背徳感と不安定な音が僕の心を絞るようだった。
 「人の心を?」
 「いや」
 僕はリュックサックのチャックを閉じ、担いで朝木に鍵を投げ返してこう続ける。


 「自分の心を」
 

 僕らは、夏の爆弾を作ろうとしていた。
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