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序章

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.序章
 どうしてこんなことになったのだろう・・
・・・・。
 あんな憂さ晴らしさえしなければ・・・。
あんな湿った生臭い感情を吐き出さなければ・・・。

いや、遅かれ早かれこんなことになっていたのだろう。根本的に自分が変わらなければ意味はないのだ。
そういう意味ではチャンスを与えてくれたと神に感謝しなければ。そして今だけでいい、神よ、われを救いたまえ。いや、ほんとにね、お願いします。ぁぁああ・・・
「ぎゃああああああああ!!!」
 文字通り絶叫と言える声を上げて走るのは生まれて初めてかもしれない。
しかし叫ぶのをやめた瞬間、肉食動物から逃げるのを諦めた草食動物のように、後ろから迫り来る恐怖に無残にも俺の心は喰い散らかされてしまうのではないか。ジェットコースターに乗ってひたすらに声を上げ続ける人が多いのはのは恐怖心を紛らわせるためだと聞いたことがあるが、今ならその論理もよくわかるというものだ。
まあ実際に息を切らしながら走っているわけであり、止まると物理的な意味で喰い散らかされる可能性も否めないのだけれども。
「あqっくぇdrfgy!!!」
 声にならない雄たけびを上げながら全速力で俺を追ってくるその恐怖の対象は、顔を左右に振りつつも上半身は前傾姿勢を保ちながらすさまじいスピードで迫ってくる。長い黒髪が方々に散らされる様は、風によって巻き上げられているにもかかわらず浜辺に打ち上げられた海草のようだ。
まさしく妖怪と形容されるにふさわしいその姿をは2度と後ろを振り返らなくとも脳裏にこびりついて離れない。
雄たけびとは言うものの実際彼女は女性なわけだからこの際どういうのだろう?雌たけび?雌は猛っちゃいかんでしょ。おしとやかにしようよ。ってなことを言うから俺はもてないんだろうな・・・。でもね、俺の初めては満月に照らされた静かな湖畔って決めてるの!こんな形で奪われるなんて死んでもごめんだ。同時にきっと死ぬんだけどな。
 しばらく繁華街から離れた裏の路地を走っていたものだからなかなか相手の視界から逃れられなかったが、人通りの多いメインストリートへの曲がり角まであと20mのところまで来ている。後ろとの距離は徐々に縮まってはいるがまだ目測で50mほどあるか。大丈夫だ。このまま行けば逃げ切れる。
かれこれ数分だがほぼ全力の状態で走り続けているため、脳にはすでに酸素が十分行き届いておらず、今足を止めたらその場で倒れこんでしまい二度と起き上がれないのではないだろうかとさえ思える。
もともと文科系の自分にしてはこの走力と肺活量は期待以上のものだ。火事場のバカ力というものをまさしく今自分で体現したわけだ。
走行しながらそうこう考えているうちに左右を行きかう人の波に見事にまぎれこんだ。
このまま人ごみの中をすりぬけつつ通りに並ぶ店のどこかに入ってやりすごせればとりあえずは凌ぎ切れるはず。3件目・・・4件目・・・まだだ、まだ早い。ここだ!
都会の繁華街の地下には地下鉄が通っていることが多い。そのため、通りに並ぶ店の合間に地下への階段が何箇所も設けられている。長年この周辺をホームとしてきた自分にとってどこに地下への入り口があり、またどこに地下からの出口があるかなんてことに思考する必要がない。このまま13番入り口を降りて通りの向こう側に出る11番出口から再び地上に上がる。さらにそこから少し南下したところで路地に曲がり路地を抜けた先の居酒屋に逃げ込めばそれで安全は保障される。あそこの居酒屋はに知り合いがいる。無理を言ってでも厨房の奥でかくまってもらおう。とにかく今は全力で逃げる。逃げるんだ!
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