起【竒】
人間ならば誰しも、それぞれの生き方に深く関わる出来事が存在するだろう。例えば尊敬できる人に師事して進む道を見つけたり、例えば突出した才能を認められて華々しい世界に進出したり、あるいは、この人と一緒になりたいと思える恋人に出会えたり。
いわゆる、人生の分岐点というものだ。
後で思い返して、良くも悪くも「ああ、あのときにああなっていなかったら、今の自分は無いだろうな」と考えられるような出来事だ。
もちろんそれは私にもある。
だが私にとってのそれは進路を大きく曲げて変えるような類のものではなく、むしろ横に飛び出しかけていた枝葉を切り落として、大樹を直に伸ばすよう働いていたと思う。
私という人間を、人生を、木の成長する様になぞらえて言うならば、先にひとつその芽吹きについて語っておこう。
明治以来、我がサメジマ家の男は代々国政に携わってきた。今の国会が、かつて帝国議会と呼ばれていた頃からずっと衆議院議員を輩出しており、またそれを誇りとしていた。私の父に至っては、政治家になることを使命だとか宿命だとか言っていた。
まったく愚かな話だ。戦後の日本国憲法が職業選択の自由を擁し、それに従う国民の代表であるべき政治家が、子に世襲を強いるとは。高い志をもって身を立てたご先祖様は確かに素晴らしいと思うが、代を重ねるうちに目的と手段が入れ替わっているのはいささか滑稽が過ぎる。父が私に政治家となるべき英才教育とやらを施すのは、国民の生活を良くするためなんかでは決してなく、単にエリート家系という体裁を保ちたいだけなのである。
とはいえ、そう思っていても口には出せないのが子供の辛いところだ。感じていても言葉に出来ないのが、子供という立場の歯がゆいところだ。
反すれば必ず制される。
小さい頃から、勉強しろと言われ続けた。成功し続けろと教え込まれた。いつか日本を背負い立つ男になるのだからと。嫌だと拒めば殴られて、芳しい結果を出せなければ蹴り飛ばされた。高校受験は緊張しすぎて腹痛のために失敗し、滑り止めの公立校に行かざるを得なくなったと知られたときにはゴルフクラブで殺されそうになった。まるで絵に描いたような歪んだ父性権力の構図だが、その重圧と閉塞感に、私は耐え忍ぶ以外の道を知らなかった。
そしてここから先は、私にとって「人生の分岐点」と言うべき記憶の断片。まだ私が、自分のことを『俺』と呼んでいた頃の話である。
*
勉強。受験。塾通い。受験。夏期講習。受験。受験、受験、受験――
俺が本志望じゃない学校に進んでから、かれこれ二年半。高校生活最後の夏休みも、ついに勉強漬けで終わってしまった。
人生で大切なのは最終学歴なのだから、高校受験に失敗しても大学受験で挽回すればいい。そう言って親父を説得し、おかげでなんとか五体満足で通わせてもらっている身としては、元より花の青春学生生活など――夏休みに海へ行ったとか、部活で合宿をしたとか――期待してはいなかった。だがこうして真夜中の自室で、ぼんやり九月のカレンダーを眺めていると、なかなかにクるものがある。
もちろん、四六時中が勉強ばかりで、日々の生活に何の潤いも無いほど枯れていたわけではなかったが、それでも同年の人間に比べれば無味乾燥な生き方だろう。そういうことを考えて、ふと、俺の人生設計は何か間違ってるんじゃなかろうか。
正直、自慢じゃないが現時点で既に、東大でも京大でも充分に狙えるだけの学力はある。だが俺には親父の影がある以上、いつでも勉強をしているというアピールが必要だった。そうだ。俺は勉強するのは自分を磨き高めるためじゃなく、身を守るためだ。だから仕方がない。そもそも、高校受験なんかでつまづいた俺が悪いんだ。俺の人生が間違っているとしたら、そうするしかなくなったのは自業自得なわけだ。
ため息をつくと、程なく机の上でポケベルがピリピリと鳴った。世間じゃPHSだのケータイだのが、さも若者の必需品であるかのように、まるで持たざるものには青春の資格無しとでも言いたげに広まっているが、時流に縛られない俺たちにとってはまだまだポケベルが現役だった。
『あ、サメぴー? 電話ありがとねー』
眠気覚ましのガムを買ってくるからと親父に言い置いてコンビニに行き、近くの公衆電話から呼び出しに応じる。ずっと相手は家の電話の前で待ってたのか、すぐに繋がり、飛び跳ねるような声が届いてきた。
『急にごめんね。いま大丈夫?』
「うん。俺のほうは大丈夫だよ」
『サメぴーは、家で電話とか出来ないんでしょ? 大変だよねー』
「まあね。それで、次の活動の話?」
『そうそう。今度はさ、原宿とか行ってみない?』
「原宿かあ……そんなところにいるかな? 若者の街だろ?」
『ふっふっふ、分かってないねサメぴーは。いなさそうなとこで見つけるのがいいんじゃん』
まだじっとりとした暑気が残っている夜空の下、俺はときおり十円玉を追加投入しつつ、屈託ない喋り方をする彼女と来週日曜の予定を詰めていった。
電話の向こうの彼女・ミヤコは、俺と同じ高校の生徒だ。クラスは違うが学年も同じ。そして俺にとって数少ない、いや唯一と言ってもいい友人だ。気心が知れているし、互いの家の愚痴も言い合えるし、何より趣味が合う。ミヤコと俺は同好の士でもあるのだ。
『……あ、もうこんな時間! サメぴー、ごめんね長話しちゃって』
いつの間にか十一時を過ぎている。向こうにしてみれば娘の長電話は褒められたものではないだろうし、俺もあまり勉強をサボっているように思われるのは好ましくない。
「いや、いいよ。とにかく次の日曜だな?」
『うん。それじゃあ最後にいつものね。“スカートの長さは?”』
「“モラルの高さ”」
『ふふ、おやすみー』
俺たちだけの秘密の合言葉を交わすと、ミヤコは何がおかしいのか、いつもこうして恥ずかしそうに笑ってから締めのあいさつをする。
「ああ、おやすみ」
俺も含み笑いをしながら話を終えると、ややあって、ガチョンと通話が切れた。毎回この音で夢から現実に引き戻される。俺は電話の、こういう余韻を残させてくれない感じがちょっと嫌いだ。
ミント味のガムを握りしめて家に戻れば、門の前で偶然、妹のアヤカとはち合った。
「なんだお前、また帰りが遅いな。どこ行ってたんだ?」
「いいじゃん別に。あたしの勝手でしょ? っていうかさ、あんたまでお父さんみたいなこと言わないでよ。ウザいから」
実の兄をあんた呼ばわりする生意気極まりない妹は、この生活態度を体現するように服装も品が無い。ゆるんだネクタイに、ももの半ばまでしか丈の無いミニスカート。そして、だらしないという名前の通りのルーズソックス。これが「今どきの女子高生」の流行りだそうだが、まったく理解に苦しむ。女性がこんなに生脚をさらしていいのは水着で海やプールにいるときか、あるいは売春婦が客寄せをするときくらいだろうに。それをこいつは……。
「どこ見てんの? キモいんだけど」
アヤカは俺の視線を察し、上目遣いに睨んできた。
「見られたくないなら格好に気をつけろよ。そんな短いスカートで恥ずかしく――」
「…………」
そして俺の反論を無視し、ピーピーうるさいたまごっちを操作しながら門を開けて家に入っていった。俺には何が面白くて何が誇らしいのか分からないが、アヤカは三つもたまごっちを持っていて、その中でも特に白いやつが自慢らしい。
仕方なく俺も続くと、玄関口で親父とアヤカが「帰りが遅い」「お父さんうるさい」の不毛な口論をしていたが、俺に気付いた親父はすぐさま怒りの矛先を変えるのだった。
「どこで油を売っていた?」
「はい、すみません」
「コンビニでガムを買うのに何時間かけているんだ?」
「はい、申し訳ありません」
「怠けている余裕なんぞあるのか、たわけめ。こないだの模試の結果を忘れたのか?」
「はい、ごめんなさい」
「東大合格率60%。その程度で調子に乗るな。阿呆が」
「はい、すみません」
特に怒鳴りもせず、だけどいっぱいに開いた狂おしい眼差しで滾々と問い詰めてくる親父に、俺は頭を下げるしかない。
いつもこんな具合いだ。この隙にアヤカは階段を上り、自分の部屋に戻っていく。
男児である俺と違い、端から娘には期待していないということの裏返しなのかもしれないが、なんだかんだ言ってアヤカは親父に甘やかされているんだろう。
日々の課題をこなして、待ちに待った日曜日。
俺は図書館に行くと親父に嘘をつき、原宿駅に降りる。そして改札を出て邪魔にならないよう端に寄り、何をするでもなくぼんやりしていた。
五分、十分と、待ち合わせの時刻を過ぎてもミヤコは現れない。ポケベルも鳴らない。何かあったのだろうかと心配にはなったが、思えばこれくらいの遅刻は珍しくもなかったなと経験が導き、そのまま待機を決めた。
しばらく何も考えず壁に背を預けていると、だんだん眠くなってきた。昨日も遅くまで机に向かっていたせいだろう。
やがて意識が途切れがちになったところで、不意に肩を叩かれた。横に振り向こうとすれば、頬にぷにっと指が刺さる。
「“スカートの長さは?”」
相手がそう訊ねてくるとき、俺の返しは決まっていた。
「“モラルの高さ”」
合言葉を交わして、ようやく目を合わせる。
「ふふ。おはよ、サメぴー」
こどもっぽいイタズラを仕掛けて、ミヤコはにんまりと笑っていた。
彼女はやや丸っこい顔つきで、決して美人とは言えなくても愛嬌があって、あんまり化粧っけも無くて、そして何よりロングスカートを好んで穿いた。今日も小豆色のボックススカートがふくらはぎまでを覆っている。とにかくアヤカが象徴するような「今どきの女子高生」という感じとは無関係だ。
「ああ、おはよう」
「ごめんね、遅れちゃって。待った?」
「いや、そんなには」
「あ、ちょっとは待ったんだ」
「うん。少しね」
「ほんと、ごめん。服を選んでたら時間かかっちゃって」
ミヤコは手を合わせ、ばつの悪そうな顔をした。
「いや、いいよ。待つのは嫌いじゃないし」
「許してくれる?」
「うん」
「ありがと。サメぴーは優しいね」
半分寝てたとは言うまい。
「じゃあ行こっか」
それからミヤコは気持ちを切り替え、俺を先導して竹下通りへと歩いていった。
《ロングスカート保存会》――それが俺とミヤコの秘密の活動の名前だ。総会員数は二名。昨今の女子高生のスカート丈が短くなる傾向、短ければ短いほど可愛いという風潮に警鐘を鳴らし、ミニスカートは下品かつ邪道であるという理念を掲げている。
だからといって別に、例えば俺たちが声高にそれを主張して、旗を振るったりデモを行ったりと人権運動の真似事をするわけではない。
活動といえばせいぜい、こうして週に一回ほど街に出て、特に女子高生をメインターゲットにして、ロングスカートの女性を観察して楽しむくらいだ。後で素晴らしいロングスカート美女の姿を思い出してノートに書き出し、あれやこれやと議論するくらいだ。そしていつか自分の作ったロングスカートを女子高生たちに浸透させたいと、ミヤコが夢を語るくらいだ。
「あ、サメぴー。あれあれっ! ナイスロング!」
「おお、確かにあれはナイスロングだな」
「すっごく綺麗だよねー」
顔立ち、体型、着こなしの三拍子が高水準で揃った女性のことは「ナイスロング」と勝手に品評する。清楚で優雅で、しかも知的な雰囲気が漂っていればなお良いが、逆に活発そうな人が敢えてロングスカートを上手に穿いているのも、甘いスイカに塩をかけるのと同じ要領でポイントが高い。要はバランスだ。ちなみに二人での活動中にナイスロングを三人以上見つけることが出来れば、一週間はいい事ずくめになるというのが保存会のジンクスである。
しかしせっかく見つけたロングスカート女子高生が、あっという間に人混みへ紛れてしまう。どんなデザインのスカートで、靴で、上着と合わせていたのか、憶える前に消えていく。
「うーん。でもこんなに混んでると、あれだね。にぎやかなのはいいんだけど、あんまりLSWしてる余裕が無いよね」
早い段階でナイスロングを見られてご機嫌に跳ねるミヤコだが、次第にこの動きにくさで疲れてきたらしい。なおLSWとは、ロングスカートウォッチングの略である。
竹下通りは往来する人数の割に道幅が狭くて、特に休日だったから、立ち止まってきょろきょろしていようものならそれだけで周りの通行の邪魔になる。肝心の腰から下がすぐに見えなくなるし、じっくり観賞するのには不向きな場所だったようだ。
「ねえあれ、あそこ行ってみない? ちょっと気になる」
そこでミヤコは無理してLSWに専念しようとはせず、その興味は若者の街の散策にスライドした。そんな彼女が指差したのは、十字路の角にある一軒の占い屋だ。
「こういうところ、一回来てみたかったんだよねー」
引っ張られるかたちで中に入り、受付で簡単に名前と性別と年齢を書いて少し待つと、薄暗い奥へと通される。ロウソクの灯りだけに照らされた占い師は、若いのか年寄りなのか判別がつかなかった。
「何を占ってほしいのかしら?」
「うーん。えっと……そうですねえ」
普段は無縁な占い屋に、ミヤコは好奇心の赴くまま訪れたらしく、何を占うのかと訊かれてしばらく迷っていた。まさか女子高生のミニスカブームを食い止めるにはどうすればよいかなんて真剣に伺うはずもない。
「じゃあ、恋愛。恋愛運を観てください」
適当に思いついたであろうところで、当たり障りの無いことをお願いしていた。
占い師はテーブルクロスの上にタロットカードを配置したり、裏返したりして、そこに何らかの意味を見出したようだ。
『もうすぐ、意外に身近な相手と恋に落ちる』
雰囲気作りのために持って回った言い方をした占い師の言葉は、要約すれば以上のことだ。見知った顔で普通に会話をすれば、それはもう身近な人物だろう。逆に、身近じゃない人間に恋するほうがおかしい。
「へえー、身近な人だって。誰だろうね、ふふ」
だがミヤコは、この結果にまんざらでもないようだ。
「じゃあ次。サメぴーの番ね」
「いや、俺はいいよ」
「いいからいいからー。今日は遅刻しちゃったお詫びに、ここの代金は私が持つからさ」
辞退しているのは別に金銭面を気にしてのことではないのだが、「そういうの信じてないから」とは占い師本人を目の前にして言うことでもないので、仕方なく俺はミヤコが空けた席に着く。
「ようこそ。あなたは何を?」
「では……学業面での成否を。望んだ進路に着けるかどうか」
占いなんかに頼りたくはないが、ミヤコの厚意を無碍には出来ず、強いて挙げるならばということで当面の問題を口に出した。
『辛いこともあるけれど、それを乗り越えれば大きな成功が得られる』
対する結果がこれだ。当たり前のことしか言っていない。成功するには壁を乗り越えなければいけないし、そこで挫けた場合を失敗と呼ぶのだから。
「……ありがとうございました」
だからこそこの程度の、俺の親父を知らない他人の無責任な発言であっても、努力はちゃんと報われるかもしれないという内容に安堵している自分がいた。またそれが少し、余計に腹立たしくもあった。
占い屋を出た俺たちは、それから適当に買い食いをしてから竹下通りを抜けて、今度は明治通りを進むことにした。ここなら道幅に余裕はある。
LSWに勤しみつつ、ゆっくり渋谷方面へ。途中で二人目のナイスロングを発見してミヤコは興奮しきり。
「……?」
片や俺には、首を傾げることがあった。いやむしろ、目を疑うというべきか。駅に近づき、また人通りが増えたところで、ふと、車道を挟んだ向こう側に見慣れた人物の影が見えた気がしたからだ。
「ん、どうしたのサメぴー?」
「……いや、ちょっと気になる女子高生がいてさ」
「え、ほんと? ナイスロングだった? どのくらいのナイスロングっぷりだった?」
「いや、ミニスカートだけど……ただ、追いかけなきゃ」
「なんで? どうして?」
確信は無い。無いからこそ、寄って確かめなければいけない。
「…………」
自然と俺は無言のまま、来た道を引き返していた。
ゆるやかな坂道を急いで駆け上れば、すぐに例の女子高生の姿を再び視界に捉えることが出来た。そして適度な距離を保ったまま、様子を窺いながら尾行。派手な看板の風俗店なんかを脇に過ぎて行き、ついにはその女子高生が自分の父親ほど年の離れた男とホテルに入っていく瞬間を、横顔を、俺は目に焼き付ける。
不思議とショックは感じなかったし、落胆も憤りもしなかった。
ただ、醒めた。
どうせあれが真っ当な恋人付き合いなわけはないだろうが、それが「今どきの女子高生」のやることなら、別にもう俺が首を突っこむ話でもないだろう。だらしない生活態度を改めさせるとか、そういったことは考えるだけ無駄だろうし、どうだっていいことだ。まだ日の沈まないうちから誰と寝ようが、好きにやってろと思う。
所詮、ミニスカートを穿くような程度の低い女は、そういう人種だというだけの話である。
「もーう。どうしたのサメぴー? いきなり走っちゃって」
立ち尽くしている俺のもとに、ちょっとだけ息を乱したミヤコが遅れて追いついてきた。
「知り合いでもいたの?」
「いや、見間違いだった。ごめん。別に何でもなかったよ」
「そう? でもここって……」
俺が穏やかに嘘をつくと、ミヤコは辺りを見回して目を丸くした。
「で、で、サメぴー? こんなとこに来て、これからどうする、の?」
それから彼女は俺に向き直り、妙に緊張した面持ちで次の予定を訊ねてくる。
「いや、うん。そうだな。だいぶ歩いたことだし」
「そ、そうだね。ちょっと、疲れてきちゃったよねー」
「じゃあそろそろ、いつもみたいにマックとかに入って、ノートへの書き出しでもしようか」
俺が駅のほうを指してそう提案すると、ミヤコはこわばった肩を落とし、ホッとしたような、でもガッカリしても見えるような、何とも言えない難しい表情を浮かべた。
「あ、あーそう? そうなんだ」
「うん。行こう」
いずれにせよ、こんないかがわしい区域に用は無い。
「あれ、ミヤコじゃん?」
立ち去ろうとした矢先、俺たちの背に声がかけられた。
声の主は、髪をほんのり茶色く染めた軽薄そうな男。こいつがこれまた尻の軽そうな女に腕を組ませ、コンビニから出てきたところで俺たちに気付いたという構図のようだ。
俺は最初、こいつが誰だか分からなかった。どこかで見たような気はするが、それだけだ。
「あーウサダくん!? びっくりしたー」
「おう。オレもだよ。こんなとこで何やってんの?」
「え? ふふ、秘密ー」
だがミヤコとは顔見知りらしく、名を呼び合いながら街中で遭った偶然に驚いている。このウサダという名前を聞き、ミヤコの交友関係を類推したところで、ようやく俺も記憶に当たりをつけた。
おそらく、多分、ミヤコと同じクラスの生徒だろう。いつも他クラスと合同でやる体育の授業で、ウサダという奴がいたはずだ。
俺がこいつを値踏みするように観ていると、向こうも俺と目を合わせてきた。その感じからしてウサダも、俺の顔を覚えてはいても名前までは憶えていないのだろう。
「んで、秘密ってあれか? ひょっとしてお前ら付き合ってんの?」
ウサダは半分笑いながら、人を小馬鹿にした態度で訊いてきた。
「ううん。違うよー」
「いや、別に」
対して俺とミヤコは、揃って交際を否定した。
「ふぅん……」
するとウサダは急に真剣そうな顔になり、今度は舐めまわすように俺たちを見てくる。その視線が、目つきが、何故だか分からないが不快だ。
「んじゃな」
やがて連れの女に肘を引っ張られると、ウサダは面倒くさそうにホテルへと消えていった。
予期せぬ出会いに流れを止められはしたが、気を取り直して俺たちは、適当にお茶をしてから解散する運びとなった。ノートに今日の活動をまとめている間、ミヤコは何度か筆を止めてぼんやりしていたが、その理由を訊いても「ううん、別に」としか答えなかった。
ちなみにこの日、俺たちの前に三人目のナイスロングは現れなかった。