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明日からなれる、あなたも名物解説者――もしくは「くそインテリ」のすすめ

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 NHKの女子カーリング、ソチ五輪最終予選を見ていた人は少なくないだろう。カーリングママ二人の活躍、ピンチ以外は大体不敵な談笑を繰り返す不気味なノルウェー、そしてカーリング界でおそらく二人・三人目に当たるであろう良い具合にツボを突いて来る解説者たちの姿、興味を持った向きも多いのではないだろうか。

 ここで私は少し踏み込んで考えていきたいのである。世の中のどうでもいいことに対して「踏み込んで考えていく」という試みは概してインテリがいつでも陥る哀しきインテリホイホイなのであり、そこらの真っ当なインテリ達はまず自分から陥ろうとはしない。「世のため人のため」のつもりで学究していくうち、知らず知らずに陥ってしまう。これはかなり性質が悪いもので、何しろ当の本人は「世のため人のため」の研究だと思っているのだが、いかんせんいくら地下アイドルの研究をしようが、「だからどうした」レベルのものにしかならないのであり、いわくありげなタイトルの新書を出してアマチュア読書家ホイホイを繰り返すか、黙殺されるかなのである。
 この点、私は自分の正当性を訴えて然るべきものだと考えている。なぜなら私は落ちこぼれであり、真っ当なインテリになり損ねた一方で、狂人にもなれず――狂人になるには私はひとつだけ、十分条件を揃えることができなかったのである。「誰かに見られる、もしくは誰かに知られることで状況を顕在化させること」である。残念ながら、世のひとりぼっちは、それが真のひとりぼっちであれば、誰もが狂人になり得ないという、哀しい現実がある。(逆に言えば、ひとりぼっちの癖に「自分は狂人だ」とのたまっている輩は思い込みの徒となってしまっているか真のひとりぼっちたりえていないかのどちらかである。)――宙ぶらりんの存在であるからだ。宙ぶらりんのインテリは、それがインテリホイホイだと知りつつも勇んで足を踏み入れることができる、恥知らずにして大胆不敵な存在なのである。

 話は逸れたが、ともかくも私のようなエポケー中のインテリは、いいのである。何がいいのかって、「世の中のどうでもいいことについてぐだぐだと論じて」いいのである。どうだろう、素晴らしいだろう。君も私のようなくそインテリになってみないか? 興味があるなら近所の掲示板に貼ってある《自衛官募集》のポスターをそっとめくってみて欲しい。制服姿の女性自衛官が下着姿になっている同構図のポスターが寸分違わぬ重なり方でその下に貼られているはずである。多くの人はここでピンク映画のポスターでも貼られているものだと思ってすぐさま目を逸らす。だが、だからこそ君たちのようなくそインテリ予備軍にとってはチャンスだと思って頂きたい。そうである、そこに書かれた電話番号に、思い切って電話してみて欲しい。健闘を祈る。
 でもって本題であるが、今回のカーリングの中継では、敦賀・石崎の両氏が解説であった。視聴率が良かったのか悪かったのかはよくわからないが、そんなことはくそインテリにとって露ほどの参考にもならない。とにかく、私の、そして私とおそらく同様の皮膚感覚を持って時代と対峙している同時代人たちの、琴線に触れているか。それだけである。そこから考えると今回の両氏の解説は実に良かった。あんた、本当良かったよ。おれ、泣けたよ。そんな言葉を掛けたくなって来るのだ。
 これは民放のフィギュアスケートやプロ野球中継などとは一線を画すものである。その違いはどこにあるのだろうか。

 蓋し、「中立の度合い」である。NHKは国営放送であり、基本的にプロ野球中継などの日本の国内チームによる対戦の場合、中立を貫く。それはどれほどの割合でガイドライン化されているのかは与り知らないが、少なくとも民放のそれよりは火を見るより明らかである。NHKはそれが地方局制作であろうと応援実況のようなことは決して行われない。民放は金の出所が民間である以上、ある程度の外圧は免れ得ないし、地方局のニーズに合わせて個性=ひいきチームの応援を行なうことは自然である。しかしながら、ここに解説者側から見た問題がある。
 解説者の個性は、番組の個性に内包された時点から始まる。視聴者もはじめは番組それ自体のカラーしか見えないはずである。しかし、そこから実況と解説とのやりとりを繰り返していくうち、ふと解説者が番組の個性から飛び出る瞬間、もしくは他の一般の解説行為から逸脱していく瞬間が生じるのである。われわれはそれを言葉通り垣間見ることによって、その解説者の「解説者」たらざる所、つまり人間臭い一面を発見し、親近感を感じることになる。しかしながら番組自体の個性が際立っている応援実況や、やたらと扇情的なアナウンスを行なう場面においては、解説者の個性は死んでしまって、注目されることが無くなるのだ。
 今回の女子カーリングでも、ある程度の「国内版ガイドライン」が応用されていたように思われる。国際試合でも、NHKはあまり出しゃばって応援することが無い。それが民放と比べて良いことなのかどうかはわからないし、どだい我々には好きな競技を好きな局で見る権利が無い。放映権はいつも向こう側にある。しかし、今回のように、こと解説者の人間臭さを見る機会においては、ニュートラルな番組作りを行なうNHKのほうが、ニュートラルであるが故に差異に気付きやすいのではないだろうか。そうやって「名物解説者」は産み出されていく。
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