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私とアイ・ディー

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「キミは今、とても眠いね」
 責めるような、それでいてどこか優しいような、そんな複雑な矛盾をはらんだ声色だった。
 私は口を開かず、静かに首を振ることで肯定を示す。
 少し間をあけてから、目の前の男は眼鏡の縁を撫で、再び口を開く。「キミは昔、とても酷い目にあった」
 その瞬間、歪な頭痛が私を襲った。まるで私の首から上が一本のアンテナになり、たくさんのノイズを受信しているようだった。
 私は口を大きく開けて叫ぼうとした。ただ何故か声は私の喉を通らなかった。頭に響く雑音は鳴り止まない。
「…………」男が何かを言った。私は聞き取れなかった。それでも必死に首を振って肯定を示した。
 何故か?
 最初にそうしなければいけないと教えられていたような気がするから。
 誰に?
 目の前の男に。
 この人は誰?
 思い出せない。さっきまで、知っていたはずなのに。
 脳裏に、IとDの文字が浮かんだ。黒をバックにして流動的に色の変わる二つの文字が、伸び縮みしながら私を嘲笑う。
 段々と視界は不明瞭なものになり、意識も同様に泡沫の域を漂い始めた。
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